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14.ないとは限らないだろ?









 エドラの腕をつかんでいたのは、見たことのある顔だった。その顔を見た瞬間、エドラは「あ」と声をあげた。


「ハンカチ」

「僕の顔を見た瞬間に言う言葉がそれ?」


 借りたハンカチがそのままだった。近衛連隊長のレンナルトである。

「あなた、何やってるの。仕事は?」

「国王陛下と妃殿下のお忍びデートに付き合わされてたんだ。グレーゲル元帥に押し付けて来たから大丈夫」

「まったく大丈夫な要素が見いだせないんだけど……」

 明日、からかわれるじゃないか。別にいいけど。エドラは基本的に気にしないので、からかいがいのない相手である。


「それより、君こそここで何やってるの? どう見てもひとりだよね」


 にこにこしながらも、レンナルトが威圧感を放つで通りを歩く人がびくっとしている。エドラはやはり気にしないので平静に答えた。

「友達とお茶会をしていたの。今はその帰り」

「……いや、やっぱり一人でいる意味が分からないんだけど。迎えは?」

「歩いてきたし、妹たちにお土産を買って行こうと思ってねー」

 だから腕を放して、と言ったのだが、逆にレンナルトは強く握ってきた。

「いたたた。痛いって」

 無理やり引き離そうとするが、さすがに無理だった。いつも笑顔のポーカーフェイスであるレンナルトは、顔をしかめてつぶやいた。


「……君は」

「は?」


 エドラも眉をひそめると、レンナルトは息を吐いて「何でもない」と微笑んでエドラの腕を放した。強くつかまれていたところを軽く撫でる。

「じゃあ、僕が送っていくよ」

「いいよ、仕事に戻りなよ」

 面倒くさいことになるから、とエドラが断るが、レンナルトも引かなかった。

「駄目。送っていく。可愛い恰好をしているのに、一人で歩かせられるわけないでしょ」

 などと言われて自分の恰好を見下ろす。濃い青のワンピース。ひだの多いスカート部分がエドラの動きに合わせてゆれている。

「……いや、大丈夫なんじゃないかな」

 いくら女性らしい恰好をしているといっても、エドラはエドラだ。ワンピースも中流階級の人たちが普通に着るくらいの仕立てのもので、顔立ちも貴族的な華やかさはなく、妹のマリー曰くクール系美女だ。ちょっと背も高すぎる気がする。まだ日も高いし、何なら暗くても平気で歩き回れる。


「エドラ、君、マリーを一人で歩かせられる?」

「無理」

「でしょ。それと一緒」


 即答したエドラに、レンナルトは笑ってそう答えた。彼はことあるごとにマリーを引き合いに出すが、マリーとエドラでは条件が違うと思うのだ。

「……理解不能だわ」

「君、結構頭堅いよね」

 ちょっとムッとしたので彼の足を蹴った。


 弟妹達にお土産としてクッキーやタルトを買い、辻馬車を拾った。別に歩いて帰ってもいいのだが、レンナルトに強引に乗せられた。

 窓の外の景色を眺めていたエドラはふと思い出して言った。

「そう言えば、ハンカチ、今度必ず返すわ」

「ああ、別にいいよ、持っていても。君のところに僕のハンカチがあると言うのもなかなかいい」

「何それ」

 訳の分からない返答をしたレンナルトは、眉をひそめたエドラを見て「何でもないよ」とはぐらかす。

「今日の恰好、可愛いよ。よく似合ってる」

「さっきも聞いたわ。どうもありがとう」

 先日、マリーやカーリンと出かけた時に購入したものだ。妹たちにも似合う、と言われたので、似合っていることはわかっている。向かい側に座っていたレンナルトが移動してきて、エドラの隣に座る。その動きを目で追っていた彼女の顎が持ち上げられた。

「ねえエドラ。君はきっと、理解していないね。男に自分がどう見えているか」

「……何の話?」

 わかるような、わからないような。ただ、美人だと言われることは多いし、客観的に見て自分の顔立ちが整っている方だと言う自覚はある。だが、レンナルトが言わんとしていることはそう言うことではないのだろう。


「……まあ、しょうがない面はあるよね。君はずっと曲がりなりにも婚約者がいたし、その後はすぐに騎士団に入ったからね」

「まあ……そうだけど」


 人に言われると、自分の状況は異常だなぁと思うエドラだ。当時ほぼ勢いだったとはいえ、すごい決断をしたものである。その時の決断が現在、ラーゲルフェルト伯爵家のためになっているのだから、世の中何があるかわからないものだ。


「騎士団に入ったあとも、君はグレーゲル元帥やラウラさんの庇護下にあった。危機感がないのはある程度仕方がないのかな? でも」


 レンナルトが距離を詰めてきた。反射的に下がったエドラを囲うように彼を手をつき、言った。

「こんなふうに捕まったらどうする? さっきも僕の手を振りきれなかったでしょ」

「本気じゃなかったからね」

「本気ならどうするの?」

「普通に魔法で吹き飛ばすよね」

「やってみてよ」

 挑発的に言うレンナルトに、エドラは顔をしかめた。

「あなたに? やるわけないでしょ」

「そう言うところが甘いってわかってる?」

 レンナルトは再びエドラの顎に指を当てた。自分の方を向かせる。彼は少し意地悪く笑った。


「知り合いがみんな、下心がないとは限らないだろ?」


 レンナルトの整った顔が近づいてくる。エドラはぱちぱちと何度か目をしばたたかせたが、しっかり目を見開いていた。二人の唇が触れ合うかと言う瞬間、馬車が停まった。目的地に到着したらしい。レンナルトがあからさまに舌打ちをした。


「ちっ……惜しかったなぁ」


 彼はエドラからのくと彼女の隣に座り直し、何事もなかったかのように御者を出迎えた。先に降りた彼が手を差し出す。

「ほら、エドラ」

「ありがとう」

 一応貴族令嬢としての教育も受けているエドラは、その手を取って馬車を降りる。ラーゲルフェルト伯爵邸の前だった。馬車を降りたエドラは、レンナルトから妹たちへのお土産を受け取る。ひとまず、礼を言った。

「送ってくれて、どうもありがとう」

「うん。一人で出歩いちゃだめだからね」

「くどいわ」

「ちょっと気にしすぎくらいでちょうどいいんだよ。君も、マリーの時はそうするでしょ」

「するけど……」

 やっぱり釈然としないエドラだった。レンナルトはそんな彼女を見て笑うとポンポンと軽く頭をたたいた。

「それじゃあ、またね。次のお出かけが決まったら連絡するから」

「了解」

 この『お出かけ』はアルノルドとマリーのデートのことだ。エドラがうなずいたのを確認して、レンナルトは辻馬車に再度乗り込んだ。仕事を抜けてきているとのことだったので、戻るのだと思う。


「ただいま~」

「あ、姉上お帰り」


 領地から届いた帳簿とにらめっこをしていたフランが、助かった、とばかりに顔をほころばせた。そして、エドラが持っている紙袋を見て眼を輝かせる。

「姉上、それは?」

「ああ、クッキーとか買って来たけど、食べる?」

「食べる!」

 勢いよく返事をしたフランに苦笑し、エドラは言った。

「じゃあ、マリーとカーリンを呼んできて。母上もね」

「わかった」

 フランがうなずき、言われたとおりに母たちを呼びに行く。エドラは通りかかった使用人にお茶を入れるように頼んだ。

「お姉様!」

 駆け寄ってきたのはマリーだった。彼女はその勢いのまま抱き着く。

「お似合いですわ。フルトクランツ隊長と一緒に帰ってきたそうですわね。デートでしたの?」

「お前、耳が早いね。マーヤたちとお茶をしに行くって言ったでしょ」

「そう言えばそうでしたわね」

 マリーは思い出したようにうなずいた。遅れてきたカーリンが「わたしもー」とエドラにたきついてくる。腰のあたりにしがみついたカーリンの頭を無意識になでた。

「でも、隊長と一緒だったのでしょう? 殿下もご一緒でした?」

「……いや」

 首を左右に振りながら、エドラは「あら?」と思った。王太子に対して関心の低そうだったマリーが、アルノルドのことを気にしている。


 これはいよいよくっつくのだろうか……とエドラは遠い目をした。


 そんな折、事件は起こった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エドラさんもレンナルトさんも感情が読めません。


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