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13.それでいい










 いつものようにやる気なさそうに書類を読んでいたエドラは、目の前まで来た自分よりも若い騎士を見上げて言った。

「何」

「あ、いえ。副長、珍しい恰好をしているなと思って」

「……」

 言われてエドラは自分の恰好を見下ろす。今日の彼女は青のクラシカルワンピースを纏っていた。足元はブーツだし、眼鏡もかけているが恰好が違うだけで結構違って見える。事務仕事中なのでできる格好でもある。訓練をするのなら、こんな格好で出勤できない。


「デートですか」

「妹さんの身代わりをやるのでは?」


 い同僚たちが邪推してくるが、さすがにマリーの身代わりは打診されたことがない。体格が全く違うからだ。


「私がどんな格好をしていようと、関係ないわよね」


 戦争が起こらない限りは。そもそも、魔法騎士であるエドラは後方にいることが多いので、言うほどいつも気にしていない。

「ひとまずこれ、中盤の動きに穴がある。もう一回練り直し」

「はい……」

 すごすごと若い騎士が引き下がっていく。少しかわいそうな気もするが、そんなことを言っていては伸びない。

 ひとまず必要な裁決を終えたエドラは、午後に早上がりした。荷物を持って立ち上がる。

「それじゃ、私先に上がらせてもらうから」

「はーい、お疲れ様でーす」

「どこに行くんですかー」

 首を突っ込んで来ようとした人もいるが、エドラは「あとはよろしく」と言って無視して帰る。どこに行くかはプライバシーなので話さない。正確には帰るわけではないが。


 エドラが訪れたのは、貴族御用達しのカフェテリアだ。正確には、貴族のご婦人が御用達しなのであり、エドラもちゃんと伯爵令嬢をしていたころ、何度か訪れたことがある。高級レストランほどではないがドレスコードがあるので、下手な格好では入れてもらえない。いや、騎士服なら入れてもらえたと思うけど。

 貸し切られた部屋では、すでに華やいだ声が聞こえている。店員が部屋の扉をノックして、「失礼します」と扉を開けた。中から「あらっ」と声が上がる。

「エドラ、やっと来たわね」

「もう来ないかと思ったわよ!」

 一応、変人と言われるエドラにだって友人くらいいる。先日誘ってくれたマーヤが主催席で手を振っていた。

「ごめん。できるだけ急いできたのだけど」

「仕事が忙しいんだって? 旦那と同じこと言わないでよ」

 エドラの隣の席のアンナが言った。彼女も既婚者だ。ちなみに、七人いるがエドラ以外は既婚者である。まあ、二十一歳前後で結婚していない方が珍しいし。


 エドラが来る前から始まっていたおしゃべりが再開される。とりあえず紅茶を一口飲んだエドラに声がかかる。

「エドラ、なんか凛々しくなったよね。昔はもっと『お嬢様~』って感じだったのに」

「……まあ、数年戦場にいれば擦れてくるわよね」

 遠い目になる。いや、騎士団はそこそこ楽しいが、戦場は結構ひどかったのだ。あれのおかげでエドラは短気になったような気もする。

「ねえ。ベアトリスも誘ったのだけど、返事がなくて。あなた、城の中で会ったりしないの?」

「ビー? いや……そもそも政庁にいる彼女にはめったに会わないし。最後に会ったのはブレイザブリク城塞ね」

「……ブレイザブリクって最前線じゃなかった?」

「そうね。彼女、外交官だから」

 話題に上ったベアトリスは、外務省交渉課に所属する女性だ。リンドハーゲン侯爵の娘で、れっきとした貴族なのだが官僚になった女性だ。エドラと同じく、変人扱いを受けているが、彼女の場合は頭が良すぎてちょっとおかしいのは認めざるを得ないだろう。年はエドラより一つ上。


「へえ~。じゃあ、ベアトリスがアスガードとの交渉をしたんだ」


 感心したようにうなずく。その場にいたエドラは「そうだね」とうなずいた。


「私たちの仲間の中でも、もう結婚してないの、ビーとあんただけね」

「……まあ、現状見て私もビーも厳しいんじゃないかしらねー。私はひとまず、妹の婚姻と弟が伯爵として立派になってくれればそれでいい」

「……何人生に疲れたおじ様みたいなことを言っているの」


 ツッコミが入った。いや、最近自分でもちょっと発言が年よりじみてきたと思う。

 エドラは騎士侯だ。自分一人くらい何とかなる。騎士団でも戦場でも鍛えられた。たぶん、とても気を使われていたのだと思うが、それでもある程度は何とかなる。

 ならないのは弟妹たちだ。母がいるが、母は前伯爵夫人にすぎず、決定権は伯爵であるフランにある。十四歳の彼が思い決定を担えるわけがないところに来て、上の妹マリーが王太子に求婚された。少なくともこれが片付かない限りはエドラは動くつもりはない。


「妹さん、王太子殿下に求婚されたんですってね。うらやましい話だわ~」


 王太子アルノルドは十九歳。二十歳前後であるエドラたちも一応、未来の王妃候補に数えられた。まあ、アルノルドにその気がないのは一目瞭然だったので、みんな次々と結婚して行っているけど。

「実際のところ、どうなの? うまくいきそう?」

 他意はないのだろうが、興味津々に尋ねてくる友人たちに、エドラはすげなく言った。


「騎士侯位を陛下から預かる身としては、答えられないわね」


 エドラが漏らした情報がどう利用されるかわからない。彼女たちを信用していないわけではない。だが、誰が聞いているかわからない場でうかつなことは言えない。


「ああ~。騎士様っぽいわ。ちょっと惚れそう。何で騎士服着てこなかったの」


 隣のアンナが残念がる。エドラは「着て来たら着て来たで文句言うでしょ」と苦笑する。実際、一度経験済みだからわかる。妹にも非難されたし。あのあと、自分の衣装の少なさにも愕然としたし。

「アンナは停戦祝いの宴にいなかったんだっけ? エドラ、格好良かったわよ」

 マーヤが言った。そう言えば、彼女は来ていたのだったか。エドラはやはり苦笑を浮かべる。

「私も大概やる気がなかったけどね」

「そうなの? あれで?」

 同じく会場にいたらしい友人が不思議そうに首をかしげたので、エドラは「うん」とうなずく。早く終わらないかな~と思っていた。特に、婚約破棄騒動。

「ちゃんとしてたら、男装でも化粧していくよ」

 世の中にはちゃんと男装メイクと言うものがあるのだ。もちろんそんなことを知らない彼女らは「へえ~」と言う返事のみ。まあ、知らなくていい世界だ。

 ほかにも友人たちの近況を聞いたり、遠くに嫁いだ知り合いの噂話を聞いたり、ケーキやクッキーを食したりしてお茶会はお開きとなった。来る時も歩きだったエドラは、アンナに声をかけられる。


「エドラ、歩き? 送って行こうか?」


 屋敷の方向一緒よね、と声をかけられるが、エドラは笑って首を左右に振る。

「いや、いいよ。少し歩きたいし」

「……そう? まあ、エドラの魔法があれば一人でも大丈夫なのかもしれないけど……」

 アンナは不安そうだったが、本人がいいと言っているのに押し切れず、「気を付けてね!」と念押しだけして馬車に乗りこんだ。エドラは、まあ、疲れたら辻馬車を拾おう、くらいの勢いで歩き出す。弟妹達に何かお土産でも買って帰ろうか。

 社交シーズンで天気の良い日なので、街には活気があった。いくつか店をのぞきながら、お土産を考える。やはり甘いものだろうか。フランもなんだかんだ言って、ケーキなどをおいしそうに食べている。


 よし、ではそうしようと思って店に入ろうとしたところで、エドラは腕をつかまれて珍しくびくっと体を震わせた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


サブタイは台詞の中から選んでいるのですが、結構難しい。


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