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12.聞いてきてください!









 今日も今日とて朝食の席で新聞を読んでいたエドラは、末の妹にこんなお願いをされた。


「エドラお姉様。買い物に行きたいわ」

「買い物?」

「そう。お姉様、今日はお休みって言ってたわよね」


 確かに言ったが。フランと領地の経営状況を確認しようと思っていたのだが、それは後からでもいいか、と結論づける。

「わかったわ。いいわよ」

「いいの!? お姉様、大好き!」

 足のあたりにしがみつかれてエドラはカーリンの頭を撫でる。首を動かしてマリーの方を見た。

「マリーも一緒に行く?」

「行きますわ。殿下に何かお渡ししたくて」

 と、少し頬を染めるマリーはどこからどう見ても恋する乙女……と思ったら、違った。

「お姉様も、フルトクランツ隊長に何かお渡しするのでしょう?」

「……菓子でもつけて渡そうかね」

 面倒くさそうにエドラが言うと、マリーは「男性にそれはどうなんですの」と冷静につっこんできた。うん。それはわかっているよ、一応。


 アルノルドとマリーの美術館デートの時に借りたレンナルトのハンカチは、まだそのままになっている。まあ、まだ三日くらいしかたってないけど。基本的に会おうと思って会いに行かなければ会えない相手なので、そのままになっているのだ。何か添えて返す方がいいだろうか。

「なぜそうなるんですの。こういう時は刺繍したハンカチがセオリーですわ」

「どこのセオリーかな、それは。そんな時間はないよ」

 事実、エドラは忙しい。刺繍をしている時間があるくらいなら、寝る。それくらいには忙しい。単純に面倒くさいのもある。


 どちらにしろ、エドラも女子っぽい私服が必要であると痛感したところなので、買い物に行くことになった。母とフランは留守番である。一応誘ったのだが、フランに拒否られたし、母はこれから社交のお付き合いがあるらしい。母も母で大変なのだ。

「で、お姉様、なんで男装なんですの」

「かっこいい~」

 単純に喜んでいるカーリンはともかく、マリーからは痛いツッコミが入る。エドラだって好き好んでこんな格好をしているわけではない。


「さすがに十代のころのワンピースは着れないでしょ……」


 十代後半で身長が止まっているエドラだが、さすがに二十代に突入して十八歳のころのかわいらしいワンピースを着る気にはなれない。まあ、家の中ならいいけど、どちらかと言うとクール系の見た目であるエドラが、かわいらしい服を着るのが自分で許せない。なしだなし。

 ついでに、確かにシャツにスラックスにベストにブーツ、さらにループタイなんかもしてコートを羽織っているが、断じて男装ではないと言い張るエドラである。どこからどう見ても男装である。髪も束ねればかわいらしい系の少年に見えなくもない。


 店に到着すると、カーリンが嬉しそうに店内を見回る。オートクチュールと言うほどでもないが、貴族が着ていてもおかしくないくらいの品質の衣服を扱っている店だ。主に婦人服になる。

 色とりどりの衣服を見ているだけでも楽しいのだろう。駆けまわるカーリンをなだめていると、店員が声をかけてきた。


「妹さんのお買いものでしょうか。どのようなものがよろしいですか」


 にっこりと笑う店員は悪意がなさそうだ。だが、完全にエドラは兄だと思われているなと思った。この格好では仕方がないけど。

「よろしいかしら」

 声をあげたのはマリーだ。彼女はエドラの腕をひっつかむ。


「身長百七十センチ越え、長身痩躯のクール系美女に似合いそうな服ってありますかしら」


 マリーにそう言われた店員は、エドラを上から下まで眺め、「まあ!」と声をあげた。

「お姉様だったのですね! 失礼しました。あまりに格好いいので思わず」

「いや、ややこしい恰好をしている私が悪いから」

 騎士団の中にいるとそうでもないのだが、やはり周りが女性ばかりだとエドラもこの格好では男に見えても仕方がない。

 ひとまず、マリーの見立てでエドラのワンピースを三着ほど購入する。ドレスに関しては、仕立て屋を呼ぶことになっているのでひとまず、簡素な外出着だけ。エドラの意見も反映されたが、基本的に面倒くさいエドラはマリーに丸投げした。


 カーリンも気に入ったワンピースを見つけたらしく、購入。マリーはつばの広い帽子とショールを購入していた。何となく、アルノルドとのお忍びデートを想定しているような気がした。

 続いて紳士用の装飾品店に向かった。装飾品と言っても幅広く、ネクタイやハンカチ、果ては靴まで置いてある。


「アル様に送っても失礼にならないでしょうか」


 不安げに尋ねてくるマリーに、エドラは一瞬『アル様って誰だよ』となったが、すぐにアルノルドの愛称だとわかった。そこまでの仲になったのか、単純に外なので身元が分からないようにしているのか……両方だろうか。

「……まあ、あの人もお前が贈ったものなら何でもうれしいんじゃないの」

「またそんな適当なことを!」

 マリーがむくれる。カーリンは退屈そうで、店員に遊んでもらっている。女性三人で紳士用品店に入店している状態だが、エドラの男装のおかげで微妙に浮いていなかった。

 午前中なので客は多くはないが、ちらほらといる。そんな客の一人に、エドラは声をかけられた。


「エドラ?」


 疑問形の声にそちらを向くと、何やら見覚えのある女性がいた。

「マーヤか」

「あ、やっぱりエドラ。すっかりハンサムになっちゃって」

「褒められたと思っておくよ」

 エドラがまだちゃんと伯爵令嬢をしていたころの友人、マーヤ・クルームだった。最も、エドラが最後に会った時はヴォルゴード子爵令嬢だったが。二年ほど前にクルーム伯爵子息と結婚したのだが、エドラは結婚式にも行けなかった。従軍していたからである。

「結婚おめでとう」

「二年も前の話だけど、ありがとうと言っておくわ。結婚式にも来てくれないんだから」

「それは申し訳なかった。そう言った苦情は各方面からもらっているよ」

 どうしても、男装していると話し方が男性っぽくなる。


 エドラは現在二十一歳であるが、彼女と同世代の友人たちの結婚ラッシュが、今から二年から三年ほど前だったのだ。三年ほど前に開戦し、エドラは二年前から従軍しているので、それらの結婚式にはほとんど出られなかったので、各方面から苦情が来ているのである。

 マーヤはエドラと同い年の友人だ。一歳になる息子がいるはずであるが、今日はさすがに連れてきていないらしい。代わりに。

「マーヤ。知り合いか?」

「どうも、彼女の元恋人です」

「適当なこと言わないで」

 ふざけてあいさつをしたら怒られた。当たり前だけど。何しろ、今の言葉をマーヤの夫に言ったのだから。

「バート、今の嘘だからね。友人のエドラよ。エドラ、夫のバート」

「先ほどは失礼しました。エドラ・ラーゲルフェルトと申します」

「いえ、楽しい方ですね。マーヤの夫で、バートと申します」

 と、ここで握手。普通、異性相手に握手はしないのだが、エドラの恰好で淑女相手の挨拶をされても困るのでこれで良い。


「……バート、一応言っておくけど、エドラは女性だからね」

「! ああ、そうか、言われてみれば」


 エドラの中途半端な男装は完全に男に見えるほどではないのだが、思い込んでいればそう見える。


「だが……エドラ・ラーゲルフェルト? どこかで聞いた気が」


 バートが首をかしげる。マーヤが「妹さんが王太子殿下にプロポーズされてるからじゃないの」と言った。どうやら、クルーム伯爵家の若夫婦も例の夜会に参加していたらしい。まあ、それもあるだろうが。

「婚約者が三人亡くなってるからね、私」

 エドラと同じ年代なら、これだろう。立て続けに婚約者が三人亡くなると言うのは、たぶん、めったにないことだろう。印象に残るはずだ。バードも「ああ」と言うような表情になったし。

「まあ、それはいいの。ねえエドラ。今度、みんなでお茶しましょうって言ってるんだけど、来ない?」

「みんなとは?」

「私たちの同年代の子たちかな。みんな既婚者だけど」

「だろうね」

 この国の貴族で、二十歳を越えても独身である女性は珍しい。昔に比べて女性の社会進出は進んでいるが、エドラの同年代だと既婚者が大半であるはずだ。


「行ってきてはいかがですかお姉様! そこでぜひ、男性の籠絡方法を聞いてきてください!」


 何故かテンションが上がっているマリーに、エドラは「殿下に使うの?」と尋ねたが、彼女は首を左右に振った。

「わたくしではありませんわ。お姉様がやるのです」

「使うタイミングないわよ……ってか、みんな政略結婚じゃなかったっけ」

「まあ、そうね。大体は」

 と言うことは、恋愛結婚の人もいるのかもしれない。だが、何故籠絡方法なのだろう。

「マリー、決まった?」

「あ、はい」

 話を戻してエドラが尋ねると、マリーがうなずいた。マリーが選んだタイピンを購入し、エドラはカーリンと手をつなぐ。

「エドラ、連絡するからね!」

「はーい。カーリン、行くよ」

「エドラ姉様、チョコレートが食べたいです」

「はいはい」

 では、チョコレート店にも寄って帰ろうか。エドラはカーリンと手をつないでいる方とは逆側からマリーに抱き着かれつつ、紳士用品店を後にした。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なんだかんだで面倒見の良い姉なのです。


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