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1.王都に帰れる

新連載です。

やる気のない主人公ですが、よろしくお願いします。










 夜明けが近づき、空が白んできた。春とはいえ、まだ明け方は寒い。現在、隣国アスガード王国との国境にある基地ブレイザブリク城塞に配置されている魔法騎士エドラ・ラーゲルフェルトは、冷えてきた手に息を吹きかけた。彼女は、アスガード側のバルコニーから、隣国……敵軍の様子を見ていた。

「お疲れ様、エドラ」

 背後から声がかかり、エドラが振り返るとそこには団長のグレーゲル・ラーシュ=エリク・フェストランドの姿があった。

「団長。早いですねぇ」

「エドラもな。ほら、冷えるだろう」

「わぁい。ありがとうございます」

 エドラはグレーゲルが差し出したマグを受け取った。ホットミルクが入っている。戦場、しかも最前線であるブレイザブリク城塞ではぜいたく品にあたるものだ。

「アスガードの動きはどうだ?」

「今日あたり、仕掛けてきそうですね」

 エドラはさくっと答えた。グレーゲルも「だろうな」と苦笑を浮かべる。

「さて。どう戦おうか」

「今、それを考えていました」

 エドラはそう言ってホットミルクを一口すすった。


 今、エドラの国、ニヴルヘイム王国は隣国アスガード王国と戦争中である。もう二年にもなるか。アスガード王国の領土拡大戦争に巻き込まれた形だ。

 ブレイザブリクはこの二国間戦争の最前線であり、最大の戦場だ。配置されているのはニヴルヘイム王国騎士団元帥であるグレーゲル。第一騎士団長を兼ねており、今回の戦争の総司令官でもある。

 一方のエドラは第一騎士団副団長である。騎士と言うよりも魔導師に近い彼女は、騎士を束ねるグレーゲルとは違い、魔導師を束ねあげていた。


 副団長などと言っても、エドラは癖の強い魔導師を束ねあげているだけだ。そもそも、この地位だって上の方々が戦死して回ってきたおこぼれのようなものであるし、責任も増すのでちょっと面倒、とさえ思っているエドラだ。

「戦力的には互角ですし、この場所だとどうしても野戦になります。攻撃魔法でもぶつけましょうかねぇ」

 あまり考えていなさそうにエドラが言ってのけると、グレーゲルは「適当だな」とツッコミを入れる。

「だが、ものぐさなお前が自分から考えるのも珍しいな」

「ここががんばりどころですからね。うまくやらねば王都に帰れません」

 きりっとして言うと、グレーゲルが苦笑を浮かべて「切実だな」とエドラの頭を撫でた。


「厳しい戦いになりそうだな」


 グレーゲルの言葉に、エドラも「同意見です」と述べる。


「あちらとしてもここが踏ん張りどころでしょう。我が国もですが、あちらもそろそろ勝ち目が見えてこないと戦争継続が厳しくなります」


 どちらかと言うと、今はニヴルヘイムが押しているところだ。早く王都に帰りたい彼女としては、もうちょっとつついて崩しておきたい。

 エドラはもうぬるくなってしまったミルクを飲みほした。

「では団長。私はお先に」

「ああ。家族が心配だろうが、もうしばらく頼むな」

「わかってますよ」

 たぶん、本気を出した方が早く終わるだろう。終わる、と思いたい。


 太陽が中天に差し掛かるころ、ニヴルヘイム軍とアスガード軍は広原にて対峙していた。兵力はほぼ互角。後方支援として総司令官グレーゲルよりさらに後方に待機していたエドラは、目を細めて両軍の様子を見た。

「そろそろかな」

 今はにらみ合いだが、間もなく武力と武力のぶつかり合いが始まる。そう感じた時だ。

「副長!」

 近くにいた魔導師に言われるまでもなく、エドラはその魔法による花火を目撃していた。

「え、何あれ。停戦信号?」

 黄色の魔法花火は、停戦信号である。どういうことだろう。降伏ではなく、停戦、と言うところも良くわからない。

「副長!」

 別の魔導師、今度は女性の魔導師から声がかかった。振り返る。


「ニヴルヘイム王国騎士団第一騎士団副団長、エドラ・ラーゲルフェルト侯ですね。アスガード王国との停戦が成立いたしました。今すぐ戦闘の停止をお願いします」

「……」


 伝令は息を荒げながらも冷静に言ってのけた。エドラはその言葉がなかなか頭を貫かず、機能停止。そして。

「……停戦」

「はい。停戦です」

 エドラは即座に停戦信号と撤退信号を打ち上げる。グレーゲルも気づくはずだ。何があったのかを。そして、エドラは馬上で叫んだ。

「やったぁぁあ! 王都に帰れるぅ!」

 身もふたもなく喜んだエドラであるが、そうは問屋が卸さないことはすぐに証明された。


 あのあと、アスガード軍が撤退していくのを見ながら、グレーゲルも兵を引き上げてきた。彼はエドラと、彼女の側にいる伝令に説明を求める。

「停戦したのか」

「はい。先ごろ、アスガード王国との停戦交渉が成立しました。これ以上の戦闘は不要です」

 伝令は笑ってそう言った。グレーゲルは「はは……」と力ない笑みを浮かべる。

「まあ、それならよかった……んだよな」

「いや、私に聞かれても。よかったんじゃないですかね」

 これまでの私たちの労力は、とエドラも思わないではなかったが、これ以上戦わなくても良いと言うのはいい。そして、王都に帰れる。

「いいじゃないですか。ブレイザブリクは空に出来ませんが、別の部隊と交代になるでしょう? ということは、新婚早々引き離された奥様の元へ帰れますよ」

 とエドラはグレーゲルを励ます。彼はやはり力なく笑い、「そうだね」とうなずいた。団長副団長の話が落ち着いたのを見て、伝令はさらに告げた。

「これより五日後、このブレイザブリク城塞で停戦後の交渉が行われます。その時に交代の部隊を連れてくるので、もうしばらく待機せよ、と言うのが国王陛下からのお言葉です」

「……もう一仕事しろってことか」

 停戦後の交渉の見守りをしろと言うことである。面倒くさい。非常に面倒くさい。もう帰りたい。


 一応、アスガード軍の動きは注意して見ていたのだが、停戦の為の交渉官が来るまでの五日間、動きはなかった。本当に停戦するのだ。できればそのまま終戦してほしいけれど、難しいだろうか。


 そして五日後。やってきた交渉官は国王だった。


 大事なことなのでもう一度言う。国王だった。


 ニヴルヘイム国王と、アスガード国王が停戦交渉の場に立つことを条件に、停戦したらしい。何それ。先に言ってほしかった。

「思い切ったことをなされますね、兄上」

 そう言って苦笑いを浮かべたのは、グレーゲルだ。グレーゲルはニヴルヘイム国王ゴッドフリッドの弟なのだ。年は一回りほど離れているが、仲の良い兄弟である。

「ああ。お前だけに苦労を掛けるのはどうかと思ってな」

「現在進行形で苦労を掛けているとは思わないんですか」

「辛辣だな、グレーゲルよ」

 ははは、とゴッドフリッド王は豪快に笑った。グレーゲルの言葉は厳しいが、兄を思う故であるし、エドラもちょっと思ったので何も言わない。

 ふと、国王の護衛の青年と目があった。淡い紫色の瞳がエドラを見つめ、それからにこりと笑った。エドラは数度瞬きして小首をかしげる。

「エドラ。交渉の場では、私たちも陛下の護衛だ」

「了解です。何人か連れてきましょうか」

「いや、私たちだけだ。近衛連隊もいるからな」

「なるほど。我々はアスガードに対する脅迫材料なのですね」

「もう少し言い方はないのか」

 グレーゲルからつっこまれた。ゴッドフリッド王は「楽しいなぁ、お前の副官は」と笑っている。おおらかすぎるだろう、国王。


 アスガードとの最前線で国境を守り切ったグレーゲルとエドラは、アスガード軍でもちょっとした有名人だ。グレーゲルは『鮮血の悪魔』と呼ばれているし、エドラは直球に『ニヴルヘイムの魔女』と呼ばれているらしい。知名度はばっちり。アスガード軍に対するけん制にもなる。

「っていうか、どうしてこんな小娘が怖いんでしょうねぇ」

 エドラは本気で分からなかったが、グレーゲルは「私も君が敵だったら怖いかな」と評した。解せぬ。エドラもグレーゲルが敵だったら怖いが。

 まあ、その甲斐あってか、停戦後の交渉はすんなりと進んだ。グレーゲルもエドラも笑っていたのだが、それが逆に威圧感を与えていたらしい。ゴッドフリッド王に「有利に進められた、ありがとう」などと言われた。あまりうれしくなかった。

 すんなり終わったおかげで、エドラは覚悟したよりも早く王都に帰れることになった。ゴッドフリッド王に「帰ったらお前たちの論功行賞の宴だな」と言われ、ちょっと帰りたくなくなった。心配だから帰るが。

 そんなわけで、戦場の最前線にいた彼女は、ほぼ二か月ぶりに、ニヴルヘイム王都スルーズヘイムに足を踏み入れたのだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今日はもう1話。


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