第5話 探し求めていた出会い
「さ、この都市を出るとするか。でもどこから出るかな」
この第一層の都市クウェスタットは、非常に広い。北門、西門、東門から村に行くことができ、俺はどこに行こうか悩んでいた。
「お、そうだコイツで決めよう」
武器を手に持ち、投げる。
カランカランという効果音とともに武器は落ちた。
「刃先は左、つまり西だな」
そんな適当な方法で決め、俺は都市を出た。
そして西門から出発し、村を目指していると、狼のような敵に襲われた。
「名前は? えーと『キラードッグ』か、くそ、俺より動きが早い」
キラードッグは素早さを活かし、一撃離脱を徹底して攻撃してきている。
「この戦い方……参考にできるな」
俺はキラードッグの徹底した一撃離脱の攻撃をガードしつつ、攻撃を入れる。
「ここか! くそ、あたらない、攻撃を入れようとすると距離をとりやがって……」
スキルを使ってしまえば楽に倒せるのだが、この一撃離脱を理解しなくては倒したくない。
だが、一方的防御しているだけでは理解できそうにないので、時折攻撃を挟む。
その工程を何回か繰り返していると、キラードッグの牙が俺の首に突き刺さりそうになる。そこで俺は咄嗟にキラードッグを倒そうとスキルを発動させようとすると、キラードッグは攻撃を止め、距離をとった。
「なぜ距離をとった。今のはそのまま噛みついてきてもよかったはずだ」
その後しばらくキラードッグの攻撃を受け流しながら、思考を巡らせる。
すると、ある結論に至った。
「あーぁなるほど、お前は今、俺がスキルを発動して殺そうと思った瞬間に、距離をとったな?」
そう、『思った瞬間』にだ。
「つまり、殺気を感じて俺の攻撃を避け、その一撃離脱をしているわけか」
俺はキラードッグの戦闘スタイルを理解した。
理解してしまえば、攻撃を受け続ける必要もない。
キラードッグは再びお襲い掛かってきたが、俺はモーメントスレイを発動し、キラードッグに急接近する。
「お前から盗めるところはもうないし、もう用済みだ」
キラードッグは慌てて距離を取ろうとしたが、遅い。 キラードッグがその動作に入るころにはすでに、その首筋に斬撃を放っていた。
「じゃあな、少しの間だったが楽しかったよ。お師匠様」
そう一言呟き、俺は再び村を目指して歩み始めた……。
* * * * *
「はぁ、やっと着いた……」
そう言って村を見回すと、大きな水車が見え、畑を耕している人が見えた。
だが一番気になったのは、簡易的な寝袋の数だ。村のあちこちに置いてあり、なぜ置いてあるかは容易に想像できた。
「冒険者の寝袋だよな、やっぱり」
おそらく宿が満室で野宿するしかなかったんだろう。
多分宿は空いてないだろうし、俺も野宿かな。
そんなことを考えながら歩いていると、人とぶつかってしまった。
「きゃっ」
「あ、すいません。えっと、大丈夫です……か?」
俺は言葉に間が出来てしまっていた。
なぜなら、ぶつかった衝撃で尻もちをついている女の子の目が、俺に似ていたからだ。
身長は160cmくらいだろうか、真っ黒で艶やかな髪と、それと同じ色の瞳、表情は暗く、誰も寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
ローブを着用していて名前が見えない、俺と同じ装備だからだろう。
そんな彼女に、俺は知らずのうちに手を差し伸べていた。
「大丈夫です。一人で立てますから」
差し伸べられた手を取らず、一人で立ち上がる。
彼女は、『一人で』という部分を強調していた。それは、誰にも頼らないという強い意志が含まれており、彼女への干渉を拒むものだった。
だが、俺は差し伸べた手を振り払われたことと、彼女が強調した『一人で』という言葉で、彼女を見たときから感じていた疑問が、確信に変わる。
彼女は俺と同じだ……。その在り方が、その自分への干渉を拒む態度が、彼女の今までの人生を物語っている。
きっと彼女は俺と同じように、 友達だと思っていた人に裏切られ……信用できると思った人に陥れられ……周囲からは嫌悪の視線を向けられ……一人孤独に生きることを選んだのだろう。そうでなければこんな目はしない。
今まで散々そんな目を鏡で見てきたのだ、間違うはずもない。
彼女は砂埃を払ってからこちらを向いて、固まる。
おそらく彼女は、俺がさっきまで抱いていた疑問を、俺に抱いているのだろう。
俺も彼女と同様の目をしているだろうから。
「『一人で』か、そうだな……。一人でできるよな、誰の力なんか借りなくても俺達は一人でできる。甘い言葉で騙され、誰かと行動して、結果裏切られることはもう知ってるもんな」
この一言で、彼女に俺が同種であると伝えられるはずだ。
「あ……あなたも私と……」
彼女の警戒が緩くなったのを感じた。
彼女は信じられないようなものを見るようにして、俺を見つめる。
そんな彼女の視線を感じながら、俺は言葉を続けた。
「でも、そう知っててもさ。思わずにはいられない、望まずにはいられない、そんな願いを君も持っていないか?」
そう問うてはいるが、その言葉には確信が含まれている。
きっと彼女も、俺と同じ望みをもっているはずだ。
希望や夢なんかを捨て、ほとんど望みなんてなくなってしまった俺と彼女のような人間にとって、きっと唯一の望み。
人と簡単に仲良くなれて、気さくで明るい人なんかお呼びじゃない。
幅広い知り合いがいて、リーダーシップがあって人が集まってくるような人間も信じるに値しない。
信じられるとすれば、自分と同じか似たような経験をし、同じように一人で生きることに覚悟を決めた人間だけ。
そんな人なら自分を絶対に裏切らない確信がある。
自分と同じように裏切りの痛みを知り、同じように人の嫌悪の視線に怯え、同じように一人で生きることを選んだ、そんな自分と似ている人間を。
きっといないだろうと、そんなのは夢でしかないと、そう自分に聞かせ諦めようとしても諦めきれず、一緒にいて心から安心できる人間が、たった一人でもいいから欲しいと、そう望み続けているはずだ。
そんな俺と彼女が、出会った。
「俺もきっと君と同じ望みを持っている。ずっと、ずっと探していたんだ。俺と同じ考えを持ち、同じ望みを持っている人を」
「そうなんですね……。それは、私もだと思います。でも、それは本当に私なんですか?」
私なんかでいいのかと聞いているのだろう。
「君でなければ駄目だ。それは、君もよく分かっているんじゃないのか?」
俺も遠回しに同じことを聞き返す。
「それも……そうですね」
彼女の意思も確認したところで、俺は彼女にもう一度手を差し伸べる。
「だからさ、これからは二人で行こう。今まで一人で生きてきた俺達なら、誰にも負けない。誰よりも強くなれる。今まで笑ってきた奴らを見返してやろうぜ」
そして彼女は、その手を握り、
「はいっ」
彼女は涙を流しながら、そう答える。
そうして、俺と彼女が持っていたただ一つの願いは叶った。