99 裏事情と死刑宣告
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
暫く黙りこむ3人。しかし氏澄がようやく口を開いてワルワラに質問する。
「ワルワラ殿と申したか。そのデメトリオスなる者は、何故父や兄を差し置き権勢を振るえるでござるか?」
「その喋り方、東方の島国の人ね」
「今はその話、置いておくべきにござる」
本来ペトラスポリスの領主は父・バシレイオス。次期領主の地位も、兄のソティリオスが受け継ぐべきもののはず。
通常であれば、デメトリオスが入り込める隙は無い。だが現実問題、彼がこの街を仕切っている。
「――実は現当主のバシレイオスは今、病床の身なの」
「病床? 何の病気で?」
「あたしの主、ソティリオスの話では、喉に大きな悪性腫瘍があるみたい。それもかなり進行してて余命残り僅か。2か月前の時点で声が出せなくなったらしいわ」
バシレイオスの深刻な病状に、コロナは意外とばかりに喫驚する。
「そ、そんなに? でも去年、先陣を切って北方の遊牧民を退けたって聞きましたけど」
「諸外国にはそう発表してるけど、実際の最高指揮官はソティリオス。内政はデメトリオスが預かってたわ」
巡回の衛兵が来ない間、廊下と鉄格子越しに裏事情を詳細に説明するワルワラ。
事態を把握するため、マキナ達は真剣な表情で彼女の話を聞く。
「ならば、嘘の報せを流したのは領主の病を隠すためにござるか」
「端的に言えばそうね。元々2人は後継者問題で揉めてた上に、政治的なポリシーも違っていたしね」
「政治的なポリシー?」
「ソティリオスは基本、多文化主義で外国系住民にも寛容な人。反対にデメトリオスは自民族中心主義で外国人排斥、少数民族追放を掲げているわ」
なおも淡々と続く彼女の話から、知られざる背景が次々と明かされていく。
もう1人の『自分』曰わく、兄弟の政治的思想は後の氏澄の人生にも影響するらしいのだが、それはまだ先の話。
「どちらにせよ、領主の病や後継者問題が他国に知られれば、バシレイオス死後に混乱に乗じて攻められる危険性もあった。だから真実を隠蔽したの」
「じゃあ、わたし達が逮捕されたのは政治的理由で……」
「もっと言うなら、あたしの投獄理由も同じ。あたしも北方の遊牧民国家――トラボクライナの人だから」
「え? でもさっきソティリオスの秘書だって……」
「彼とは去年の戦争で一騎打ちを演じたわ。結構良い線いったんだけど、結局負けて捕虜になっちゃって。でもあたしの実力を認めた彼が、自分の側近に登用してくれたのよ」
「されど、敵国の者をよく登用したでござるな。間者の可能性は考慮されなかったでござるか?」
「最初はスパイ疑惑もあって強く反対されたけどね。でもソティリオスの強い希望もあって、なんとか登用が決まったわ。まさか採用数カ月で牢屋行きは予想外だったけど」
「……」
ワルワラの複雑な過去を、ただ黙って耳に入れる3人。
途中、見回りの衛兵が通りかかったが、皮肉にもその態度が衛兵達を安心させることに。
そして彼らが去った後、マキナはさらに質問をぶつけた。
「そもそも何の理由で、デメトリオスは外国人排斥を行うんだ? ペトラスポリスには世界中から多くの人々が職人修行に来ている。外国系の職人だって沢山いる。彼らだってこの街の経済を担う存在のはずだ」
するとワルワラは、デメトリオスが秘かに企む悍ましい計画を打ち明ける。
「近々、この街に巨大な工場を建設する計画があるらしいの。でも収容できる人口が限界に近付いてて、空いてる土地も殆ど無い。そこで、外国人街を一掃して土地を強引に作るって噂が立ってて」
「外国人街を一掃って、住民はどうするつもりなのでしょうか? 無理に衛兵を使って追い出すのは現実的じゃありませんし……」
「絵図としては、最初に一部の住民を適当な罪状で逮捕。形だけの裁判を行い、外国人だけを集めて見せしめに公開処刑。見物者全員に『数日以内に街から退去しないと同じ目に遭う』とでも脅して、自主退去を迫るつもりかもね」
「されど、一斉に反旗を翻されれば意味は無きにござるが」
「仮にそうなったとしても、デメトリオスを倒すことは出来ないわ」
「何故だ? 衛兵以外は全員外国人。倒せない訳が……」
するとワルワラは「そこがミソなのよ」と付け加える。
「彼とて高名な音楽一家の一員。しかも彼は、聞く者全てに苦痛と恐怖を与える『暗黒の旋律』の使い手。衛兵達の耳さえ塞げば、外国人全員を恐慌状態に陥れるなんて造作も無いわ」
「そ、そんな……」
明かされたデメトリオスのチート級の強さ。マキナ達は悲観するあまり床に手をつく。
そしてワルワラは「で、ここからが本題だけど」と前置きし、彼らにさらなる絶望と落胆を与える。
「公開処刑の対象は、恐らく数十人~数百人に上る。でも現状、地下牢にそれだけの人数を収容できる余裕はないし、地下牢の拡張も一朝一夕には不可能。そこで既存の囚人達を一斉処刑し、スペースを作ることも考えられるわ」
「え? ではわたし達も……?」
「話を聞く限り、キミ達の罪状は不敬罪に貴族略取罪、不法入国罪、そして外患罪。小さな娘さんも含め、即刻死刑は確実ね」
「そんな……エルネスタまで……」
「なんでだよ! そんなの絶対間違ってるじゃないか! 略取だって? 単純に女の子を魔物の群れから助けただけじゃないか……!」
「デメトリオスにとって大事なのは真実じゃない。生贄、自らの理想郷づくりに必要な人柱なのさ」
「っ……」
人の命などなんとも思わない。そんな独裁者と出会ってしまったことに、マキナ達は自らの運の無さを無言で噛み締める。
「されど、ワルワラ殿もタダでは済まないように思えるが……」
「ま、キミ達と同じくお迎えは近いわね。あたしの場合、ソティリオスやトラボクライナに対する人質として生かされてるだけだろうし」
「……」
自らの悲惨な立場にも淡々と語るワルワラ。そんな彼女の顔も、どこか悲しく悟っているように見える。
「この後の裁判や公開処刑の準備等も考えると、キミ達に残された時間は――良くて2日。裁判前後には拷問も待っているだろうし、助かる道は全くないわね」
「なんてことだ……」
理不尽極まりない死刑宣告。もはや彼らに一切の希望は残されていなかった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
皆様のリレー小説企画参加、心よりお待ちしております。