98 監獄
今回の執筆者も呉王夫差です。
「では処分が決まるまで、ここにいることだ。どのみち全員有罪だがな」
連れられた先は鉄格子と冷たい石壁で区切られた薄暗い一室。マキナ達は全員そこに収監された。
当然、刀や弓矢などの武器は既に取り上げられてしまった。
「あんた、ちょっと待てよ。俺やコロナならまだしも、幼いエルネスタまで監獄にぶち込むことは無いだろ!?」
「黙れ。所詮身分を弁えぬ者の子ども。一緒に牢に閉じ込めておくのが筋と言うものだ」
冷たい言葉を残し、青年は衛兵と共にマキナ達の雑居房から去っていった。途中、彼からは高笑う声すら聞こえていた。
「くそ! 俺達が何したって言うんだ! 感謝されこそすれ、監獄に入れられる筋合いなんてないじゃないか……!」
やり場の無い怒りを拳に込め、鉄格子にぶつけるマキナ。
当然その程度ではビクともしない。近くの衛兵に怒鳴り散らされるのがオチだった。
「わたし達、これからどうなってしまうのかしら……」
コロナもお先真っ暗の様子でオロオロするばかり。
だが氏澄は、この場面でも冷静さを保っていた。
「マキナ殿、コロナ殿。かの男は何者にござるか?」
「知らないよ。アタナシアを『領主の娘』と呼び、彼女からは『お兄様』と呼ばれていたんだから領主の息子なんだろ」
「このペトラスポリスを治めるのは、エグザルコプロスという音楽一家の貴族。代々、歌や様々な楽器の演奏に長けた人を大勢輩出しているそうです」
「ふむ、して男の名前は分かるでござるか?」
「いや、領主がバシレイオスって名前だったことしか……。そもそもモントドルフ村とペトラスポリスは国が違うから、断片的な情報しか手に入らない。アタナシアちゃんが領主一家だった事も初耳だったし」
置かれた状況や今ある情報を確認するマキナ達。だが情報は少なく、結局青年の詳細な素性を知るまでには至らなかった。
「おぎゃああああああああ!!」
「よーしよし、怖くない怖くなーい。お母さんとお父さんがついてますよー」
そんな中、薬で眠らされていたエルネスタが目覚め大声で泣き出す。
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
直後、監視の衛兵が雑居房に押し入り、コロナの腕からエルネスタを強引に引き剥がす。
「や、やめてください!」
「このガキがいると監獄の治安が悪くなる。コイツだけ別室に連行だ」
「いい加減にしろあんたら!」
「待つでござる!」
マキナと氏澄も衛兵に噛みつくが、さらに10人前後の衛兵が突入し、首元に槍の先を突きつけ2人を壁に抑える。
そしてエルネスタを薬で再び眠らせ、どこか別の場所へと連れて行った。
「え、エルネスタ……エルネスタ……」
「コロナ……くそ、何て奴らなんだ」
「刀があれば、斬り伏して脱出も可能にござるが……」
エルネスタを奪われたコロナは泣き崩れ、マキナと氏澄も歯を軋らせ地団駄を踏む。
彼らはひたすら座して悔しがるのみであった。
◆◆◆◆◆
数時間後、食事の時間になり監獄内の衛兵達の数が減少。巡回の兵が2、3人来るだけの状態になった。
だが鉄格子と壁はかなり頑丈。地下牢らしく窓も無い。武器があろうと無かろうと脱出できないことに変わりは無かった。
「ちっ、脱獄には絶好のタイミングなのに……」
この隙に何度も体当たりしたり、鍵穴に爪などでピッキングを試みるも全て徒労に終わった。
「なんで……なんでなんだよ……!」
マキナも理不尽な境遇を前に、ついに涙を流す。
「無駄よ」
「――!」
すると雑居房の外からある女性の声が。
「ここは数ある犯罪の中でも、特に重罪の容疑者が収容される地下牢。頑丈さは監獄内一よ」
発生元は右斜め前の小さな独房から。
中には、全身ボロボロだが整った顔立ちをした赤髪の若い女性が1人。涼しげな表情でマキナ達に解説していた。
「えっと……あなたは?」
「あたしはワルワラ・ネステレンコ。この街の領主、バシレイオス・エグザルコプロスの長男ソティリオスの秘書と言ったところね」
「領主の息子の秘書、だと?」
領主の秘書を名乗る若い女性――ワルワラ。そんな彼女の自己紹介に、マキナが溜まりに溜まった怒りを放出する。
「あんたの主か、俺達を監獄にぶち込んだのは! おまけにエルネスタを、娘を無理矢理引き離しやがって……。俺達が何をしたって言うんだ? 答えろ!」
もの凄い剣幕と大声でワルワラを問い詰めるマキナ。しかし彼女は「それは違う」と語る。
「残念だけど、キミ達を捕縛したのはあたしの主じゃない。彼なら絶対こんな真似するはずないから」
「じゃあ、あの男は一体誰なんだよ!」
さらにワルワラに噛みつくマキナ。そして彼女の口から語られたのは衝撃の事実であった。
「あの燕尾服の青年はソティリオスの弟、デメトリオス。この街で恐怖政治を敷く、戦好きで傲慢な独裁者よ」
「何? きょ、恐怖政治……?」
「独裁者……」
「……」
マキナ達を絶望に落としれた男。その正体に3人は唖然とするばかりであった。
次回の執筆者も呉王夫差です。