97 都会での理不尽な逮捕劇
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
だが結局アタナシアは何も語らず、マキナ達の後を追ってペトラスポリスに入った。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、シュトラウス一家は初めての都会に心を躍らせていた。
「いやー、こんなに大きい街は初めてだ。城壁の中ってこんなに建物が密集しているんだな」
「わたしも都会は久し振り。何年ぶりかしら」
「ばぶー」
「ほう。これは金沢や江戸、京のいずれとも異なる趣の街並み。蘭書で少々拝見した街が真に有ったとは……」
加賀百万石に仕える侍も、祖国・日本にない光景に右に左に目をキョロキョロさせる。
「ところで皆さん、どうしてペトラスポリスに? 見たところ職人や行商人ではないようですが……」
「ふっふっ、将来は腕利きの職人になる予定だけどな」
アタナシアの質問に対し、わざとらしく格好つけて答えるマキナ。その様子にコロナは冷やかな視線を浴びせる。
「私は一回止めたのですけど」
「コロナ、一言多いよ」
「とにかく、拙者達はこの街の職人を求め、参った次第にござる」
マキナ達の話に、アタナシアは納得したようにウンウンと頷く。
「なるほど。昔からこのペトロポリスには職人修行で多くの方々が来ていますからね。ですが、数ある弟子の中から職人になれるのは3割もいないと聞きます。結構厳しい世界みたいですよ」
「さ、3割……」
「う~ん、なかなか大変そうだねえ」
「されど、争い無き世を作る上で避けては通れぬな。元より茨の道は覚悟の上」
マキナやコロナが難色を示す中、氏澄は真剣な表情で覚悟を示す。
「ちなみに職人と言っても様々ありますが、何の職人になるつもりで?」
「そうだね……鍛冶職人とか家具職人あたりかな?」
世界平和のため、ペトラスポリスで職人の知恵や技術を学ぶところまでは考えていたマキナ。だが、いざ「何の職人になる?」という基本的な質問の回答までは思い至らなかった様子。
「どちらも、独り立ちできるまで数年の月日はかかりそうですね。両方を極めるとなると10年単位の時間がかかりますが大丈夫ですか?」
「あなた、その間私たちはどう生計を立てるつもりなのか、そろそろ聞かせてちょうだい」
「う、それは……」
アタナシアとコロナに迫られ困惑気味のマキナ。高い理想と眼下の険しい現実の間で揺れ動いていた。
「氏澄~、助けてくれよ~」
「ふむ、然れども拙者もこれまでの旅では、村人の厄介になるか自ら道中の草花、魚を調達していたでござる。故郷においては父が郡奉行や遠所奉行を務め、生活に困った事はござらんかったし……」
「そ、そんな……」
頼みの綱の氏澄すら有効な解決法を見いだせずじまい。しかし今更、モントドルフ村には戻れない。マキナの立場は窮地に立たされた。
八方塞がりのマキナ達。そんな彼らの元に、ある1人の青年が声を掛けてきた。
「アタナシア! ようやく見つけたぞ」
「え……?」
突如、アタナシアの名を呼んだのは紺の燕尾服の青年。アタナシア同様、相当裕福な家庭育ちのようで気品あふれる振る舞いでマキナ達に近付いた。
「さあ、早く城に帰るのだアタナシア。父上も母上も心配しておったぞ」
「す、すみませんお兄様! 少し街の外の景色が見たくて城外に……」
「お兄様……?」
アタナシアの発言に首を傾げるマキナ達。しかし青年は気にも留めず、アタナシアを城に連れ戻そうとする。
「城外は魔物が多くて危険だとあれほど言っただろう。まったく、護衛もつけず無断外出とは嘆かわしい」
「申し訳ありませんお兄様! 叱責は覚悟の上で……」
「叱責すべきはそれだけではない。領主の息女とあろう者が、そこの小汚い田舎者や素性の知れない異邦人と屯していた点も不届きである。身分を弁えよ」
そう言って青年はマキナ達を指差し、彼らと妹を強く糾弾した。
「小汚いですって!?」
「俺達はアタナシアちゃんに普通に街を案内してもらっていただけだ。それすら非難する気か?」
「言葉遣いも作法もなっていない上に、上位の身分の者を『ちゃん』付けで呼ぶなど言語道断。衛兵! 直ちにこの者共を捕えよ! 領主の娘を誑かし誘拐した罪も含め、監獄できっちり問い質すとしよう」
青年の命令で、護衛の衛兵が一斉にマキナ達を縄で縛り始める。途中エルネスタも大きな泣き声を上げるが、薬で眠らされてしまう。
身分社会の中で育った氏澄も、権威を笠に着た理不尽な捕縛に不満の顔を隠さない。
「待ってくださいお兄様! この人達は……」
「口答えをするなアタナシア。お前も十分処罰の対象であることを弁えよ」
「……」
アタナシアの抗議も傲慢な兄には届かない。結局青年の指示で、マキナ達はペトラスポリスの監獄に連行されたのであった。
次回の執筆者は、まーりゃんさんです。
※まーりゃんさん脱退により、以後は新規参加者が現れるまで企画者の呉王夫差が執筆を続けます。新規参加者募集します。