93 旅人・砺波氏澄
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
その旅人は笠をかぶり、まるで幕末の武士の格好をしていた。
中世ヨーロッパ的な雰囲気が漂う中、1人異質な格好をしていたのだ。
「あの、あなたは?」
恭子に似た人が、旅人に問いかける。
「――拙者は、加賀藩士の砺波松之助氏澄と申す者にござる」
(……砺波?)
声質や顔から見て、旅人はマキナや恭子似の人よりも年下。
下手すると俺と同じ位、10代後半だ。
「もしかしてその名前、遥か東方にあると言う島国の人間か?」
「何の話にござるか?」
加賀藩……えっと確か、今の石川県だっけ?
つまりそう名乗ったと言うことは、この武士――砺波氏澄はこの世界の人間ではないということか。
『砺波松之助氏澄――コノ世界「ギーメル」ノ者ニ非ズ。コレヨリ数カ月前、オ主ノ世界ヨリ迷イ込ミシ者……』
もう1人の俺曰く、氏澄という男は俺達と同じ世界の人間だそうだ。
迷い込んだ、と言うことは訳も分からず『ギーメル』を旅していたらしい。
つまり、彼が俺のもう1人の先祖。
一方、マキナ達の反応を見ると、当時から『ギーメル』には日本と似た国が存在していたようだ。
「あ、俺はマキナ。マキナ・シュトラウス。こっちは俺の奥さんのコロナ」
「コロナ・シュトラウスです。始めまして」
恭子に似た人――コロナ・シュトラウスも軽く会釈する。
「その赤子は?」
「この子は私達の娘のエルネスタです」
マキナとコロナの娘――エルネスタは、赤ん坊らしく「ばぶー」と笑いながら旅人を歓迎していた。
「而して、此処は何処にござるか?」
「ここはモントドルフ村。何もない静かな村さ」
マキナの言う通り、周囲は森林が奥深くまで広がり、僅かに拓かれた場所で農耕を営むのどかな村。
良く言えば自然豊か、悪く言えば何も無い所である。
『モントドルフ村――後ノシュトラウス公国ノ首都・キストリッツ……』
ここが、50年前に滅ぼされたシュトラウス公国の本拠地だと語られる。
とても、デウス・エクス・マキナ関係で功績を挙げた貴族の拠点とは思えない。
城も城壁もないし、整然とした街並みも無い。
いや、普通に狩人とかやってるから、まだ貴族じゃないか。
「やはり、拙者は故郷に帰れぬと申すのか……」
氏澄は酷く落胆した。当然だ、この世界に彼の故郷など存在しないのだから。
しかしその事実を知らないと思われる彼にとっては、絶望的な状況。
先の見えない展開に、オロオロするばかりであった。
「えっと、氏澄……だっけ? このまま落ち込んでても仕方ないから、家に上がりな」
「そうそう。今日は夫の働きのお蔭で、御馳走も用意できますよ」
「かたじけない。痛み入る」
マキナとコロナに促されるまま、氏澄は2人の家に上がり込んでいった。
◆◆◆◆◆
「旨い……これほど旨い馳走は初めてにござる」
食事の席。粗末な暖炉を囲いながら、3人はマキナが獲ってきた動物の肉を食していた。
特に長旅で腹を空かせていた氏澄は、嬉々として肉に食らいつく。
「良かった良かった。もし口に合わなかったらどうしようかと思ったよ」
「初めて獣肉を食した時は臭くて、堪らなかったでござる。されど、この肉は……“美味”の一言に尽きる」
気が付けば、全ての皿が空になり食事は終了。3人は満腹の余韻に浸っていた。
◆◆◆◆◆
「……して、マキナ殿は元々この家の者では無かったと申すのか?」
「ああ。昔俺は森の中に捨てられてな。そこをコロナの両親に拾ってもらったんだ」
「そして気が付いたら、夫婦になって子供まで出来た。人の縁とは不思議なものですね」
3人は思い出話に花を咲かせていた。
マキナがコロナの家に引き取られたこと。村の人との関わり。
2人が恋仲になっていった過程。そして結婚してマキナがシュトラウス家の娘婿になった話。
「もしや、拙者がこの村を訪れたのも何かの縁かも知れぬ」
「確か、氏澄の故郷って何処にあるかわからないんだよな?」
「誠に恥ずかしい限りにござる……」
俺達と違い、氏澄は携帯用の『門』など持っていない。
元の世界に戻る方法など、皆目見当もつかない様子だった。
「――だったら、氏澄さんも一緒にこの村で暮らしませんか?」
「何と……?」
コロナからの意外な提案。氏澄は動揺を隠せないでいた。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。
※鵠っちさん脱退のため、次回の執筆者はまーりゃんさんになりました。