81 匡輔の入部理由
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
3日後。謎の病気の正体も分かり、対策も取れたところで、俺達は南東の森林を歩いていた。もちろん、トリスタンの命令で。
しかし――
「まったくもう! 酷い目に遭ったわよ! このふざけた男のせいでね!」
事件は解決したが、原因追究のためにその身を犠牲にしたクロリスは憤慨した。怒りのあまり、調査法の提案者たる山野を指差し、喚き散らす。
「お姉ちゃん、事件は解決したんだから喜ぼうよ……」
「その解決の仕方が問題なのよ! 自ら腹を下しにいこうだなんて、やっぱ頭おかしいわよ! もっと利口な方法はなかったの?」
「えー? 俺的に、結構良い方法だったんだけどな」
「冗談じゃない! 信じられない! このケダモノ!」
この調子じゃ、当分クロリスの怒りは収まりそうにないな。
しかし、山野も報われない男だ。珍しく頭を使って事態を収拾した功労者の1人だというのに。
だが、相変わらずのヘラヘラした顔を見ると、「やっぱり、情をかけるのは辞めよう」って気分になるがな。
「ふっふっふ……。なるほど、俺には獣のような野生の魅力があるんだな……」
「もう理解不能だわ、この男……」
クロリス、遠慮せずもっと罵っていいぞ。コイツは嫌がるどころか、むしろ喜ぶ男だから。
「さてと。木材を調達して、早めに諜報機関の情報でも探りに行こうかねえ」
「もっとも、その調達のための道具が人力の荷車だけでは、なかなか時間も労力もかかりそうですが」
木材調達のために俺達に貸し出されたのは、木製の荷車とチェンソーのみ。
荷車には、坂を上るための補助的なものを除けば、一切機械は搭載されていない。
ちなみにその機械の動力は電気で、魔力は一切使わない。代わりに、坂を下るときのエネルギーを利用して充電するそうだ。
「まあ、僕がいっぱい運んであげるから、君たちは自分のペースで頑張ると良いよ」
全員が嫌な顔をするなか、五十嵐先輩ただ1人が笑顔を見せる。
「さあ、行こうかい」
五十嵐先輩が軽快なステップで前進し、俺達はそれに必死についていった。
◆◆◆◆◆
「うんしょ……っと。まずはこれくらいかな?」
俺達がやっとの思いで丸太を積む中、五十嵐先輩は早々に街に持っていく分の木材を積み上げた。
もっとも量的には全然足りないため、この後も何回かに分けて運ぶ予定だが。
すると俺の中で、ふとこんな疑問が浮かんだ。
(そう言えば、なんで五十嵐先輩は空想世界研究部に入部したんだろう? 普通に格闘技系の部活に入れば、大活躍できそうなのに。それに……)
それに3日前、五十嵐先輩が言ってた”去年の部活”、どうも空想世界研究部のこととは思えない。
一体先輩は、何を思ってこの部活に入ったのだろうか?
「五十嵐先輩って、どうして空想世界研究部に入ったんですか?」
「どうしたんだい、藪から棒に?」
「いや、だって、先輩ってかなり筋肉質で体格も良いじゃないですか。なのになんで、運動部に入らなかったのかなって……」
俺はつい、先輩に質問した。
すると先輩は、一拍置いて語り始めた。
「僕は入らなかったんじゃない。“辞めさせられた”んだよ」
「……え?」
辞めさせられた? やはり先輩には、事情があるみたいだ。
「ちょっとばかし、昔話をしてもいいかな」
~side五十嵐先輩~
まだ、僕と俊――部長のことだね――が中学1年生だった頃。
空港のある千歳市から、俊が転校してきたんだ。
僕と俊は見た目にはタイプが違うのかもしれない。でも、いざ話してみると僕たちはすぐに意気投合した。
それからだ、俊と一緒に行動するようになったのは。
そして高校受験を控えたある日のこと――
「俊、高校は決まったかい?」
「磯別学園に行くことにしたよ」
「磯別……ああ。最近、女子高から共学化したばかりの……」
「匡輔も行かないか?」
「ええ?」
最初、僕は俊の提案に難色を示した。
確かに俊と同じ高校に行きたいとは思っていた。
でも「共学化したばかりの磯別学園で、果たして僕みたいに外見がむさ苦しい男子が受け入れられるのか?」という不安も、裏ではあった。
だが最後は折れて、僕は俊と同じ高校を目指し、そして合格した。
こうして僕は磯別学園の生徒となったが、当時の磯別は今よりも男子の絶対数がずっと少なかった。
無論、格闘技系の部活は1つも無い。
そこで僕はこう思った。「無いなら、創ればいい」と。
そして有志の生徒と共に、「総合格闘技部」を設立した。これが、3日前の話に出てきた去年の話の舞台だ。
最初は5人しかいない、小さな部活だった。
「? 空想世界研究部の話から、随分と離れているようですけど……」
「まあ、この部活は君たちが来てから本格的に“部活”として認められたからね。校則の関係で、3人以上いないと部活動として認定されなかったから」
「ああ、なるほど……」
当然ながら、その総合格闘技部に俊は入らなかった。
けど、それからも俊とは教室や帰り道で一緒になることは多かった。
一方、総合格闘技部は噂を聞きつけた生徒が続々と入部。
気が付けば30人を超えるまでに成長した。
この事実が、僕を勇気づけた。
そして練習にも気合と熱意が入るようになり、ついに僕は1年生にして全国3位になった。
「全国3位!?」
「匡輔さんがそんなに凄い人だったなんてビックリ! ね、お姉ちゃん」
「ど、同意ね。やっぱ、このふざけた男とは格が違うわ」
「ええ!? なんか俺、ショック……」
「でも、僕は決して3位で満足する気は無かった」
大会後も、僕は全国制覇を目指し懸命に練習。2年生になった頃には、準優勝を経験した。
だがまだ足りない。優勝するまでは納得できない。
僕はさらに、自分の身体に鞭打ってトレーニングを積んだ。栄光をつかむために。しかし――
「僕の夢は、唐突に絶たれてしまった。理由は、部活が無くなったからだ」
「ええ? なんでですか?」
「それは、残暑も幾分和らいできた頃のことだった……」
その日、部員たちが外の公園でバーベキューを開催していたそうだ。
だがその裏で、彼らはあろうことか酒盛りをしていたらしい。しかもそのバーベキューの席で、近くを通りかかった不良と口論になり、ついには暴力事件までに発展した。
「なんか、“そうだ”とか“らしい”とか……誰かから聞いたみたいな言い方ですね」
「実はその時僕は、日頃の過剰なトレーニングが祟り、疲労骨折で入院していた時だった」
その暴力事件では警察が出動する騒ぎにまで、大きくなってしまった。
当然、学園内で処理しきれる問題ではなく、総合格闘技部は即刻廃部。
さらに僕を含め部員全員、厳しい処分が下った。
実際に事件を起こした部員は退学処分の上、逮捕。僕も1か月の停学の後、無期限の部活動禁止処分、及び大会出場停止処分となった。
回復を祈りリハビリに励んだ僕は、この報せを聞いて愕然とした。
帰る場所を、突然失ったのだから。
「だが、僕の部活動禁止処分は、1か月で取り消されることになった」
「何故ですか?」
「――俊さ。俊が僕の為に、学校中の先生に頭を下げって回ってきてくれたお蔭だ」
◆◆◆◆◆
僕が停学期間を終え、ようやく磯別に通えるようになったその日。
ふと職員室に目をやると、その中に頭を大きく下げる俊の姿があった。
「なんだね木山君。君も随分しつこいね」
「すみません。でも、やっぱりおかしいんです。自分の友人が……匡輔までもが無期限の部活動禁止処分だなんて」
「……」
「どうか、どうか匡輔の処分を取り消してください!」
僕は彼の姿に、胸を打たれた。
まさか彼が、ここまで僕の為に動いてくれたことに。
そして職員室を出た俊に、僕は問いかけた。
「俊……」
「匡輔、停学期間が終わったんだねえ」
「なんで、僕のためにあそこまで……」
「決まっているじゃないか。俺と匡輔は友達だろう? それに、伊達市に転校して最初に友達になってくれたのは、匡輔じゃないか。俺はその恩を返しただけだよ」
「俊……ありがとう……」
僕は涙を流して喜んだ。そして俊の必死の説得が実り、僕に下された部活動禁止処分は取り消されることになった。
その頃俊は、あることを企画していた。
そう、「空想世界研究部の創部」だ。
「俊、新しい部活を作るそうだね」
「ふっふっふ。俺が昔、匡輔に言ったことを覚えているかい? 『いずれ、空想世界を発見するのだ』と」
忘れるはずがない。中学時代からの俊の口癖だったのだから。
「そう言えば、そうだったね」
「そこで相談なんだが、俺が創ろうとしている部活――『空想世界研究部』に入ってみないかい?」
「ええ!? 僕に? でもなんで……」
「なに、部活を創るなら匡輔と一緒がいいって、俺が決めたからねえ」
部活動自体は解禁になったが、大会出場停止処分はまだ有効だった。
どのみち、今の状況で格闘技系の部活を立ち上げても入る人はいない。
僕は決意した。
「わかった、入るよ」
「ホントに? やったああああ!!」
その時の俊の喜びようは、忘れることはできない。
こうして僕は、晴れて空想世界研究部の一員となったのさ。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。