8 魔法に至る道のり
今回の執筆者は、月蝕いくりさんです。
「まずは君たちに使ってもらう魔法だが」
外から見たその建物は今にも崩れそうな廃墟そのもの。
中に入ってみてその印象が一変―――することもなかった。未来世界という言葉などどこへやら、存在するのは無骨な石のテーブルや本の椅子。
金属製のものは少ないし、近未来的な内装が隠れているわけでもない。
むしろこれは、空想世界研究部が得意としている中世の造りを思わせる。
聞いていた話と違う、なんて無粋な質問ができる雰囲気ではない。
俺たちを前にして、リーダー格と思われる男が口を開きはじめたのだから。
「まずはこの場所を見てがっかりされたかもしれない。此処は見ての通り、珍しい装置もない大掛かりな仕掛けもない。単純な造りの廃屋だ」
こほんとリーダーが一つ咳払いをすると、隣に立っていた研究員の男が続いて口を開き、説明を続いてきた。
「それにはわけがあります。我々の手にしている武器、これらに使われている魔導石程度の規模ならば『敵』に感知されることもないのです。けれど大掛かりな装置ともなれば、其処には独特の魔力―――磁場、と言い換えたほうが概念的にはわかりやすいかもしれませんが、それが生まれます」
物理の授業を受けているようだ。
まあ、このあたりの説明を切り取れば、流石未来世界と思えなくもない。
しかし今受けているのは物理の授業なんかではなく、この世界の常識でありこれからこの世界を救うために必要な知識だ。さらにこの言葉を続けようとしたリーダーの傍に控えている研究員―――もう面倒くさいから補佐官は、部長の手の動きによって制せられた。
「なるほど、つまりあなたがたの構えていた大掛かりな反乱施設は魔力の変異を察せられ、優先的に潰された。結果としてこうした、何の魔力も宿さない場所しか残されていなかった、と」
部長の理解力はもはや現実世界を超越していた。
学業の前提をすっ飛ばして空想世界へ想像力や理解力のピントを合わせられるのだから。しかも、それだけに止まらない。補佐官の言葉から、どんどん推論を導き出して自分の言葉にしていく。
「魔法については、そもそも俺たちは魔力を知らない。まずはそれを認識しなければ話は始まらない。魔導石に触れ、その影響によって各々の属性、波長、あるいは得意分野を導き出して修めてもらう。けれどこの場にある魔導石の大きさではそれは叶わない」
「今後についてとなればまずは大きな魔導石の元に向かうこと、か。一方で魔獣もいるわけだし、何より大きな魔導石にやすやすと近づけるとは思えない。機械兵の妨害も当然入るだろう、と」
部長の言葉を五十嵐先輩がさらに続ける。
一体どんな風に頭の中でパズルが組み上がるのか、俺には見当もつかない。
「其処につくまで俺たちは無力ってわけだ。………あ、俺は道中守ってもらうなら可愛い女の子に………ッ!?」
まさか山野ですら対応できているとは。皆まで言うより先に五十嵐先輩に足を踏み抜かれていたが。
そんな俺たちの様子に、恭子をはじめとしたメンバーが驚きの表情を浮かべていた。
いきなり世界を救ってくれと言われて、なし崩し的にやってきた。その上で難解な説明をされようものなら誰だって混乱の一つや二つはする。
以前にも告げたが、それは空想世界研究部の面々を軽く見過ぎだ。何せ日々有り得ない世界、有り得ない理論についての議論を交わしているのだから。………俺は見ているだけだったけど。
「でも、何故わざわざ異世界の、それも俺たちに頼むのですか?」
ようやく説明の場を得たリーダーの表情が、若干ばかり嬉しそうだったのは秘しておこう。
部長の生暖かい笑みを見ると、とっくにお見通しのようだったが。
「魔法は誰にでも使える。が、その使える種類と規模には個人差があるのだ。この世界の住人たちは、『デウス・エクス・マキナ』に頼りすぎ、その素質を平均化されてしまっているのだよ」
補佐官に説明を任せず、自分の口から語り出すのは良いところだが、研究者というものはイコール説明上手とは言えないらしい。
とりあえず浮かんだ疑問を口にしてみよう。
「そこで異世界に助けを求めたと。けれどそれでは何で俺たちなのか、という理由には―――」
「“君”の持つ潜在的な才能が、異世界においても桁外れなのです。それこそ本物の神、いやそれ以上に匹敵するほどに」
補佐官の眼鏡の位置を直しながらそう告げた。
あ、やっぱり見かねたんだ。所在なさげに、ちょび髭を撫でているリーダーが可哀想になってきたが、仕方ない。
こちらは命を懸けるんだから。
――――あれ?
今何か重要なことを言われたような気がしたんだけど。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。