78 諜報機関
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「確かその女性は、変装が巧いって話だよねえ? だったら、毎回集合の度に顔をつねる必要があるねえ」
オズワルトの提案に、部長が対策法を口に出す。
いやいや部長。某・白マントの怪盗じゃないんだから。
「しゅ、俊さん。それって痛いし、手間もかなりかかりますよ?」
「それにその女は、幻視の魔道具で変装しているんだぜ? つねっても、判別なんて出来ねえぜ」
「いやだねえ。冗談に決まってるじゃないか」
相変わらず、突拍子もない発言をする変人だ。
変わらない変人。自分で言ってて、奇妙に感じてきた……。
そうして、あれこれ対策を練り始めたその時。
後ろで何か小道具が破壊される音が聞こえてきた。
「何だ? 何か落ちたのか?」
俺達全員、音のした方角を向く。
するとそこには、プリヘーリヤの姿があった。
「まさかプリン。お前が……」
「このあたしに見え透いた冗談言っちゃダメだよ~。ていうか、あたしはプリちゃんだってば! もう……」
「まあまあ、落ち着いて」
興奮状態のプリヘーリヤ。そしてそれを宥める部長。
「コホン……とにかく、今のは盗聴器を破壊した音だよ~」
「盗聴器、だと?」
床に散らばっている黒い破片。
どうやらそれが、盗聴器の残骸のようだ。
「見た感じ、魔力で動くタイプみたいだね~」
「魔力で動く……つまり、稼働時間こそ短いですが、好きな場所に隠せるタイプですね」
「なるほど。統括理事会やマキナ教団は、ここから情報を得ていたわけだね?」
「いや、そう考えるのは早計だぜ。この世界には諜報機関なんてゴマンとある。特定は難しいぜ」
でもなルクレツィオ。わざわざ反乱軍に盗聴器を仕掛ける奴が、他に何処にいるって言うんだ?
今の状況だと、どう考えても統括理事会とマキナ教団、それに与している組織意外にいなさそうな気がするんだけど……。
「だが、情報漏洩は軍事組織にとって致命的だ。少しでも良い。至急、盗聴器を仕掛けた組織を特定せよ」
「随分と難しいミッションを出したじゃねえか、リーダーさんよ」
「確かに困難な作戦ではありますが……わかりました。まずは、理事会や教団との繋がりが疑われる組織から当たってみます」
「よろしく頼む」
「へっ、骨が折れる仕事だぜ」
オズワルトが、手早く周囲に指示を回す。
しかし俺達には、まず外部の組織のデータが圧倒的に足りない。
どう探せばよいのやら……。
「そして救世主達にも、諜報機関のリストを渡す。繋がりが疑われる機関に予め目印をつけてある。探してほしい」
オズワルトが渡したリストには、大量の組織名が羅列されていた。
それも、紙一面びっしりと。
「げ……。これを全部調べるのかよ?」
「全てではない。目印の組織だけだ」
「それでも、調べるのに時間も労力もかかるねえ……」
「別に僕達は他にやることもない。喜んでやらせていただくよ」
五十嵐先輩、そこは空気を読んで! ……って言いたいところだけど、そんなに輝いている目を見たら文句は言えないな。
「さすが、体力だけは底知れないですね、先輩」
「ん? 僕は別に体力だけじゃない。知識も俊からそれなりに取り入れているよ」
「へ、へえ……」
部長から知識を取り入れている、と言う点がどうも信用し難いところだ。
変に怪しい知識も教え込まれているんじゃないかと、邪推したくもなる。
「では、残りの細かい指示についても与えよう」
そしてオズワルトは、今回の作戦遂行に必要な指示を紙に書いて部長に渡した。
◆◆◆◆◆
森の中にある野営地を出発した俺達4人。一路、北の方角を目指して進む。
「でも、こうして『空想世界研究部』だけで行動するのも懐かしいねえ」
「言われてみればそうですね。かれこれ、この世界に来てから、必ず反乱軍の誰かと行動していましたから」
「つまり、あのリーダーがこの4人だけで行動させていると言うことは、僕達も立派な戦力と見做しているわけだ」
立派な戦力、ね。俺はどうも自分がその『立派な戦力』に該当するかどうか、いまだ半信半疑だ。
でも最後に『空想世界研究部』だけで行動したのは、もう2か月も前のことか。時の流れというのは、速いものだ。
「はぁ……つまんねえ」
そうして皆で昔の懐かしむ中、山野は一人大きく溜め息をついていた。
「なんだよ山野?」
「だってよ……女の子がいねえじゃんか、今回の作戦にはよ」
「またそれか。つか反省しろよ。俺はお前が余計な事暴露したお蔭で、大恥をかいたんだぞ」
「それを言うなら、俺はスパイ疑惑がかかったんだぜ? それを晴らすためには、どうしようもなかったっていうか……」
「犠牲になった俺の身も考えろよ、おい」
悪びれる様子の無い山野。こいつも相変わらず反省の無い野郎なことだ。
コイツだけは、今回の作戦にはマジいらないんじゃないか?
頭も悪いし、女にはだらしないし、トラブルメーカーにしかならない。
せめて女子が誰かいれば、山野を宥めることができるのにさ。
「――見苦しい。醜い。言い訳なんて男のすることじゃないわよ」
「ん?」
すると横から、どこか聞き慣れた声が耳に入ってきた。
その声の主の正体は――
「そうは思わないの? アンタ」
俺達の作戦には同行する予定の無かった、クロリスであった。
その脇には、やはり妹のイオカスタの姿もある。
「お、クロリスちゃんにイオカスタちゃんじゃんか。まさか、俺の「頼れるお兄ちゃん」の魅惑に虜になってやってきたとか……」
「は? アンタ、頭おかしいんじゃないの? アンタにあるのは魅惑じゃなく、あくまで疑惑よ。そのふざけた性格のね」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」
クロリスも変わらず、言葉のマシンガンで容赦なく山野を打ちのめす。
そしてお馴染み、イオカスタが姉の罵詈雑言を鎮める光景。
「そうか……。つまり俺には疑惑を持たれるほど、罪深い大人の魅惑があるってわけだな……」
「はぁ!? どう解釈したら、そんなふうに聞こえたわけ!? やっぱ、アンタの脳味噌はとことん狂ってるわ」
「お、お姉ちゃん……」
今回のクロリスの評価、俺は全面的に賛成だ。
山野の都合のいい解釈は今に始まったことではないが……いつもいつも呆気にとられる。
しかし「誰か女子がいれば……」とは思ったが、クロリスが相手なら余計に山野の謎発言が深まるばかりだ。
「まあ、ここらで少し静かになってみないかい?」
「ぐへっ!」
五十嵐先輩がナルシスト状態の山野の首に、プロレスラー張りの強力なチョップを入れる。
そして気絶して草の上に倒れた山野を、先輩は背中に背負って歩き始める。
「では行こうかい、皆」
「は、はい……」
その光景に呆然とするクロリスとイオカスタ。
「さてと……リーダーさんの指示によると、フセヴォロドグラートに一旦戻ってトリスタンさんと合流してほしいそうだ。瓦礫の撤去作業、どこまで進んでいるのかねえ?」
一方の部長は、オズワルトから渡された指示書を読み上げながら、平常通りの笑顔で俺達を先導した。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。