75 再び仲間として
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
翌日、俺はついに回復した。
それは身体もそうだが、それ以上に心も回復、というか入れ替わった感じがする。
「氏景さん」
「恭子?」
「ふふ、よかった。なんか今日の氏景さん、輝いて見えます」
「そうか?」
「ええ、そうですよ」
付きっきりで看病してくれた恭子も、変化には気づいているみたいだ。
だとすれば、それはアッキーとサライ、あの2人の話を聞いたからだ。
--「うちにこんな家訓がある。“一日に一つ知り、一歩でも進んで生きろ”」
--「仲間に頼っててもいい、迷惑をかけようと、裏切ろうと、善だろうと悪だろうとも、一歩進んでほしいんだ」
--「一つでもいい、一歩でもいいから、何かを知り、何かをやってから死にな」
--「君が歩んだ道こそ、君の強さで君の人生だ」
俺、結構バカだったな。
“救世主”として招かれ、周りにもそう扱われ行動していくうちに、どこかで傲慢な心が働いていたのかも……。
それも、中身のない傲慢さが。
でも、反乱軍のみんなはそこまで俺を責め立てたりはしない。
昨日の話を聞いて、改めて俺はそう認識した。
そして、俺が真にこれから取るべき道も。
「だが驚いた。俺達以前にも“救世主”と呼ばれた人たちがいたことが」
「確かに、作戦の規模は今よりずっと小さいものばかりでしたが、あの2人は本当の意味での“救世主”でしたから。今でも、彼らを慕うメンバーは沢山いらっしゃいますよ」
今でも、沢山の人に慕われているのか。本当に人望はあったんだな。
じゃあ俺は? 俺達は?
本当の“救世主”になるには、何が足りない?
「ですが、氏景さんたちまで無理してあの方々の真似をする必要はありません。あなたたちには、あなたたちなりに“救世主”として役目を果たしていけば良いのです」
俺達なりの“救世主”、か。
なんか、また難しそうなお題がやってきたぞ。
でも、これって簡単に答えを導き出せるものじゃない気がする。
これから再び反乱軍とともに戦っていくうえで、考えねばならない宿題だな。
「そして驚いた点がもう一つ。まさか反乱軍が、デウス・エクス・マキナの暴走が本格的に始まる以前から結成されていたとはな」
「数年前の研究所の爆発事件ですね。私も調整員として本格的に仕事を始めたばかりでしたから、あの頃はあまり」
「いや、その頃から調整員として働き始めただけでも凄いことだと思うけど」
よく考えれば、その頃って俺達で例えれば中学生、下手したら小学生でも通じる年齢だ。
それだけ、彼女は優秀だったんだろうな。
「反乱軍が表面的に活動し始めたのは今から約10か月前のこと。機械兵が人々を本格的に蹂躙し始めた時です。それ以前は、語弊があるとは思いますが、あくまで裏の組織でした」
「じゃあ、なんで恭子はそんな裏の組織に? 結構、危ない綱渡りとかもあっただろうに」
すると彼女は急に俯き、一瞬口を噤んでからこう答えた。
「--実はそれは、『私が何故、幼い頃からデウス・エクス・マキナの調整員として働くことになったのか』ということにも関係してきます」
「?」
なぜ、恭子が幼いころから調整員として働くことになったのか……?
だよな。幾ら優秀といえど、10歳とかその位から働くというのはちょっと考えにくい。
飛び級制度とかはあるのかもしれないが、それでも異例の人事といえる。
「まず、調整員は2種類に分かれます。一つは、遠くから機械制御でチェックを行う方々。これは氏景さんの知己の方では、ルクレツィオさんがこれに相当します。--そしてもう一つ、“直接、デウス・エクス・マキナの本体に触れて調整する方々”」
「確か統括理事会の連中が、本体に触れられる奴らを探しているとか言ってたが」
「ええ。実は私、その本体に触れて調整する人の1人なのですよ」
「へえ…………ん? ちょっと待て!」
恭子、今かなり重要なこと明かさなかったか?
「恭子、悪い。今のもう一回言ってくれない?」
「だから、私はデウス・エクス・マキナの本体に触れて調整する人だと」
聞き間違いじゃない。
恭子はデウス・エクス・マキナの本体に触れることができる。
シュトラウス公爵家の末裔かはわからないが、少なくとも彼女は統括理事会の求める人材。
だが、引き渡しの取引を持ち掛けたのは、今は亡きセレドニオ・グラナドス。
交換条件として、こちらはデウス・エクス・マキナの重要書類を提示した。
しかし今、あの時いたメンバーの中で生き残っているのはエーリッキ・ヒルトゥネン、ただ一人。
待てよ? じゃあ、あのミクローシュを殺害したとき彼が持ち掛けてきた取引って、もしかして重要書類のことではないか?
もしそうだとすれば、わざわざ理事会に恭子を送る必要はない。
取引の材料にもならないし、何より俺は個人的な感情で彼女を渡したくない。渡したくないんだ!
「う、氏景さん!?」
気が付けば俺は、誰もいない通路の真ん中で恭子を抱きしめていた。
「ごめん恭子。あの時、俺は自分の醜い心から逃げようとして、あんたを無理矢理突き放してしまって」
「い、いえ……。私は別にそんな……」
「俺、もう恭子の元から離れない。だから恭子も、俺の元から離れるなよ」
「は……はははは、はいっ……」
それからしばらくの間、俺達は近くで互いをただ見つめあうのみであった。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。