69 暗殺の理由
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「ところでミローユ。ちょっと訊きにくいんだが、なんであんたは仲間を殺したんだ?」
「……」
過去を捨てようとは言ったが、俺はどうしても気になることがあった。
なぜミクローシュ――ミローユは仲間であるセレドニオとイゾルダを殺したのか?
殺してしまえば、自分がマキナ教団にいられなくなることは分かっていたはずだ。
そこだけが、どうしても俺には解せなかった。
「話せば長くなるが……仕方ない。過去をきっぱり忘れるためだ、洗いざらい話してやるよ」
こうして、ミローユの長話が始まった。
◆◆◆◆◆
~sideミクローシュ~
あれは、ほんの2日前のことだ。
俺達は反乱軍の目をかいくぐって、南に広がるこの森の中に潜伏していた。
そして俺が木陰で飯を食っていた時、そこに黒服のテロリスト集団――『テネブラエ』の連中がセレドニオとイゾルダの元に集まっていたんだ。
「全く、ひでえ奴だったぜ。あの救世主とかほざくガキ、俺達の仲間を片っ端からミンチにしてきやがった」
「そうそう。あの攻撃を避けて帰還するだけで一苦労だったぞ。しかしともあれ、自分たちの“仕事”は完了した。グラナドスさん、そろそろ褒美をくれても良い頃合いじゃないか?」
俺は最初、なぜテロリスト集団が統括理事会の人間に接触しているのか理解できなかった。
統括理事会は、それまで各国の警察や軍隊などと連携して、治安と秩序を守る機関だったからだ。
ただ『テネブラエ』は、以前から破壊と大量虐殺を生業としてきた世界で最も残虐な連中。
奴らの言う“仕事”の内容は、容易に推測できた。
「そうですね、そろそろ報酬を与えても良い頃合いですね。ではお望み通りお与えしましょう」
「おお! ……ぐっ!?」
そしてセレドニオは連中に褒美を与えると言いながら、自分たちが従えている機械兵を使って連中を突然木に縛り付け始めたんだ。
俺はまたも、セレドニオが考えていることが理解できなかったんだ。
「お、おい……! セレドニオ、テメェ……」
「グラナドスさん、これは一体何の真似なんだい……?」
「もちろん、報酬はしっかり渡しますよ」
「は!? ふざけんな、俺はこんな趣味、微塵もねえぞ!」
「おやおや、早とちりはいけませんね。本当の報酬はこれからですよ」
「意味わからないこと言ってはいけないよ、グラナドスさん……」
俺も連中と同じく、セレドニオの脳内の様子を疑ったさ。
すると機械兵の右手から、戦闘用の刀が突如出現したんだ。
「おいテメェ……まさか……」
「世の中には、こんな俗説があります。人間は斬首される直前、その耐えられないほどの危機感を痛みを少しでも和らげようと、脳内物質のアドレナリンを大量に生成するのだとか」
「な、何が言いてえ……?」
「そしてその大量に生成したアドレナリンによって、人は想像を絶するほどの快感を得るとのこと。私の言う報酬とは、この快感のことです」
「ふ、ふざけるな…………!」
セレドニオの発言を聞き、俺は恐ろしいほど鳥肌が立った。
だがセレドニオの目は本気。機械兵も、一斉に連中の首を刎ねようと構えていた。
「そもそも君たちだって、容赦なく人々の命を狩りとっていたのでしょう? むしろ私と会話する時間を与えられているだけ幸運です」
「……く、くそ……」
「それでは、3、2、1……」
「や、やめて……」
「さようなら」
「ぐわああああああああああああああああああああああっ…………!!」
セレドニオは冷酷にも、連中の命を奪っていった。
確かに奴らは罪なき人々に死を与え続けていた。
だから因果応報と言ってしまえばそれまでだったんだが……奴の本当の目的は、罰を下すことじゃなかったんだ。
「さて……これで実験データは粗方集まりましたかね」
「グラナドス博士。実験データとは?」
「ああ、イゾルダ。ふふふ、こういう時じゃないと出来ない実験と言うものは沢山ありましてね。今回の実験は、先程私が語った俗説が本当なのかを確かめるためのものです。そのために、機械兵に捕まえさせたとき自動的にチップを、彼らの首につけておきましたし」
「なるほど。しかしテロリストの始末も出来て一石二鳥とは言え、博士も残酷なお方だ」
「これでも将来、人の為になる実験のはずなんですがね……」
俺はセレドニオの研究狂ぶりと、それにもかかわらず冷静に応じるイゾルダに恐怖感を覚えた。
けどそれだけで終わらなかった。
俺はとうとう、統括理事会とマキナ教団の本当の目的を思い知ってしまったんだ。
「――しかし、反逆者どもは相変わらず勘違いしているようですね。デウス・エクス・マキナが外部の人間にあっさり乗っ取られた、だなんて」
「真相は、変わらず統括理事会と教団がコントロールを握っているのに」
(……なに?)
驚愕の真実だった。
それまで、俺をはじめ多くの教団の修道士や聖職者たちは、誰かの手でデウス・エクス・マキナは暴走させられているのだと伝えられていた。
「まあ、デウス・エクス・マキナが暴走を開始した時点で、予め世間に対する情報操作を行っていましたからね」
「本当の目的を果たすために致し方ない面もあった。そして統括理事会と教団が、これからも世界の主導権を握る上でも」
だが違った。それは統括理事会とマキナ教団の情報操作による意図的な誤報。
そして俺は、2人の「本当の目的」を知ってしまった。
「――これで我々の目指す“世界的な人口調整”がまた一歩、先に進みましたね」
「確か、1年前の世界人口90億人を“100万人までに減らす”計画だったか。だが博士、それならばなぜフセヴォロドグラートの教会の時、ルクレツィオたちを始末しなかった?」
「イゾルダ、理由を知りたいですか?」
「……是非」
――世界的な……人口調整、だとっ!? あいつら、自分達が何言ってるのか分かってるのか?
「そもそもこの計画が始まったのは、デウス・エクス・マキナが叩きだした、ある演算の結果が契機でした」
「演算?」
「ええ。昨今、世界人口は四半世紀に2倍のペースで増加しています。しかしこのまま世界人口が上昇を続ければ、資源は何れそのペースに追いつかず枯渇してしまう。その具体的な数値が数年前、統括理事会のほうに通告されました」
「なるほど……だからこそ裏で計画を立て、盛大に人々の命を間引いて資源の枯渇を防ごうとしたわけか」
「食物連鎖ぐらいは君も知っているでしょう? 食糧不足に陥った種は、自然淘汰でその数を減らすのが自然の摂理」
「だがそれだけでは、ルクレツィオや救世主を見逃した理由には……」
「そこで次にお話しするのが、計画終了後に生き残らせる“100万人”の選定基準というわけです」
「選定基準?」
「単純なことですよ。トップレベルの優秀な人材だけを、計画終了後の世界の発展に向けて生き残らせる。だから私はあの場で、全員に矛を収めさせたのです」
「無能な人間や、中途半端に優れている人たちに与える資源は無いというわけか」
「ルクレツィオや救世主の少年などは、非常に優秀な人材です。殺すなんて勿体ない。しかし、無能な連中に生きる資格は無い。だからせめて、我々の人体実験の材料になってもらいました」
確かに近代に至るまで、戦争で得た捕虜や現地住民を利用した人体実験は行われていた。
でも倫理的な問題も絡み、数十年前に国際条約で禁止されたはずだ。
「人口調整も人体実験も、結局は将来の優秀な人々のため……人類のためなのですよ」
まさか、人口調整と言う名の大量虐殺に便乗して禁止された行為に及ぼうなんて……許せねえ。
はっ……! ということは、フセヴォロドグラートを破壊したのは……理事会と教団!?
俺は、2人に対する不信感と殺意を一気に湧きあがらせた。
気がつけば、懐に隠してあったダガーナイフを左手で強く握っていた。
「――もう一つ聞きたい。何故、統括理事会はテネブラエのようなテロリスト集団を急に雇うようになったのだ? 後世、さらなる汚点を残すだけのように思えるが」
「それもお教えしましょう」
とは言え、あの2人もテロリストを雇うデメリットは把握しているわけか。
なんで理事会は、そんなリスクを冒してまで連中を雇った……?
「あれは今から凡そ2か月前でしたか。東方の大陸で大規模な気象災害に関する実験を行うため、ハイパーハリケーンを巻き起こした時です」
「最大風速400メートル、死者35億人を出したあれか」
「あれもデウス・エクス・マキナの力で起こしたものなのですが、これが結構エネルギーを消費するものでしてね。負荷が大きすぎたのか、ハリケーン消滅後、徐々に動作に異常をきたすようになりましてね」
「そうだったのか?」
「それに比例して、機械兵のコントロールにも支障が出てきたのです。そこで機械兵を動かせる技術を持った人達が必要になってきたのです」
それが、テネブラエをはじめとしたテロリスト集団と言うことか。
そう言えば連中は、元・警察官や軍隊くずれが集まっているという噂を聞いたことがあるが……。
確かに、機械兵を動かす技術を持ってる奴らだ。
「ただ、何時かはその人達も始末の対象になります。そのために何としても、デウス・エクス・マキナを正常に戻したい。それで、シュトラウス公爵家の末裔の身柄をルクレツィオ達に求めたのです」
……そういうことかよ。これまでの理事会と教団による謎行動の理由がようやく理解できたぜ。
俺は……俺はこんな奴らに与していたというのか!
やべえ……味方にここまで裏切られたと感じたのは初めてだぜ……。
許せねえ、殺してやる!
話が終わったところで、俺はとうとう2人の前に姿を見せた。
「話は全て聞かせてもらったぜセレドニオ、イゾルダ」
「おやおや、いたのですかミクローシュ。それだったら一緒に話に加わればよいものを……ぐはっ!?」
「ミクローシュ!?」
余裕の表情をぶっこくセレドニオの心臓に、俺はナイフを突き刺した。
ざまあみろ。これが俺の街を破壊した罰だ!
「あ……あ……」
……ははははは。何だイゾルダ、その虚を突かれたように見開いた目は。
お前も同罪だ。殺してやるよ。
「お、落ち着くのだミクローシュ……きゃあああああああああっ!!」
イゾルダが背中を見せた瞬間、俺は返す刀で背中から血まみれのナイフを突き刺す。
だが切れ味が鈍っていたのか、イゾルダは簡単には死ななかった。
「か、神よ……お許し下さ……」
「うるさい、死ねえぇぇっ!!」
「いやあああああぁぁぁぁぁぁ……ぁぁっ…………!!」
夢中だった。信じていた対象に裏切られた悔しさが、俺を殺人に駆り立てた。
気がつけば、その場に立っていたのは俺だけ。足元には2人とテネブラエのメンバーの死体が転がっている。
この場面を見られては、俺はもう生きていけない。
焦った俺は、2人が持っていた食料と道具を盗んで森の中に潜伏したのさ。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。