66 逃れる者と向かう者
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
気がつけば俺は反乱軍の野営地を離れ、アミリアから離れた南の森の中を彷徨っていた。
時間帯は既に夜。この世界の惨状と俺の心情を嘲笑うかのように、星空は美しく輝く。
――「皆さん、氏景さんが目を覚ますのを心配して、待ってた、ん……ですから……」
――「氏景さん、貴方しかいないって!」
「……くそ」
脳内に、恭子の言葉が何度も再生される。
なんだ? 俺……まだ反乱軍に未練があるっていうのか?
……仕方ないか。俺は結局目的を果たせず、逃げるように反乱軍から抜け出したのだから。
それに俺はあそこで、数々の人たちと知り合ってきたのだから。
『空想世界研究部』の連中も残してきてしまった。だけど――
(今更戻ったところで、俺の居場所はもう……ない)
確かに恭子やオズワルト、ルクレツィオといった面子は笑顔で迎えてくれるかもしれない。
だが、他の一般の兵士はどうだ?
“救世主”という役目を与えられ、鳴り物入りで参加した俺。
なのに、仕事では取り返しのつかない失敗が多い。
誰も守れないし、むしろ傷つけたり死なせてばかり。とても支持があるとも思えない。
はぁ、早く元の世界に帰りたい……。
誰か恭子と同じように、携帯用の『門』持っている奴いないかな……?
俺は感傷に入り浸り、目の焦点が合わないまま危険な夜道を1人、黙って歩き続ける。
◆◆◆◆◆
「ああ……腹減った……」
どれほど時間が経過したのだろうか。俺はとうとう、空腹で倒れた。
そうだよな。結局あれから、俺は食事を摂っていない。
魔獣の姿も見えないし、食用に適したキノコや野草の知識もない。
食料が全く手に入らないのだ。
俺もついに、死んじまうのか……。そう思った時だった。
「――ハァ、ハァ、ハァ……」
俺の近く、息を荒げて走る人の姿。
こんな真っ暗な森の中を? 一体、誰なんだ?
俺は空腹と疲労を堪え、興味本位でその人影を探す。
すると間もなく、草の上でしゃがみこむ1人の男を発見。その格好は、まさに修道士であった。
マキナ教団の人間か? しかもこの人、反乱軍の野営地がある北の方角を目指しているようだ。
――何、余計なこと考えてるんだ。俺にはもう関係ない。
どんな事件が発生しようと、無能人間の俺にはどうしようもない。
しかしその修道士は、後ろを急に振り返って俺に突然話しかけてきた。
「お……おい。アンタ、もしかして反乱軍で噂の“救世主”か?」
「ふん、俺はもう救世主じゃな……」
俺はそう言いかけて、その修道士の顔を見て何かを思い出した。
(あれ……? 確かこの人、どこかで見覚えがあったような――あ)
そんなに昔のことじゃない。
つい数日前、フセヴォロドグラートの研究所で出会ったマキナ教団の修道士。
確か、セレドニオ・グラナドスとかいうルクレツィオの元・同僚と、イゾルダ・コヴァルスカとかいうマキナ教団の修道女と一緒だったな。
もっともあの時、この修道士は終始無言だったが。
「『救世主じゃない』、そう言いてえのか。ま、実は俺も似たようなもんだけどよ」
「は? 何を言って……」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名はヴェレシュ・ミクローシュ、マキナ教団の元・修道士だ」
「ヴェレシュさん?」
「ああ、俺のことはミクローシュでいいぞ。こっちの世界じゃあ珍しいが、俺の故郷では姓・名の順で名前が構成されているから」
つまり、日本人と構成は同じと言うことか。
しかしこの世界では珍しいと来たか。ということは恭子の故郷もまた、この世界では珍しい部類に入るのかな?
彼女だって、姓(苗字)・名の順だったから。
「……でミクローシュさん、何の用だ? まさか俺を、マキナ教団か統括理事会にでも引き込むつもりか?」
「まあ、そう思うわな。――しかしそれは絶対ねえ」
「なんでだ?」
「実は……」
一瞬言葉に詰まるミクローシュ。しかし次の瞬間、彼は驚愕の真実を俺に打ち明ける。
「――実は俺、セレドニオとイゾルダを暗殺したんだ」
次回の執筆者は、鵠っちさんです。