65 空っぽの勇者
今回の執筆者は、スーパーキンモクセイさんです。
北西にある森は植生も豊かで、色々な木々や植物が根付いている。
もちろん生産者である植物が存在する=捕食者である動物も存在する、ということだ。
変哲のない森だからとはいえ、侮ってはいけない。
「ふむ、ここは自然が多いところなのだな。色々と収穫も多そうだ」
オドレイは山野とピッタリくっつきながら、森の恵みを摂るべく歩を進めていた。
山野はナンパ男だがオドレイを苦手としていて、諫言のひとつも挟めない。
というか、部隊編成はオドレイの仕業なので、山野にそもそも決定権がなかった。
「行こう晟! イチャイチャデートだ!」
「え、ちょっと。あの~、オドレイサーン……目的が違ってる気がするんですが、オドレイサーン?」
オドレイと山野のコンビを端から見ていて、プリヘーリヤはずっと笑みをこぼしていた。
彼女は意外と抜け目なく山菜を採っており、従えている兵達にも食料のある場所を示唆しては、効率よくそれらを集めていた。
その両手いっぱいに持った食料を、プリヘーリヤは自慢げに見せびらかす。
「んっふっふ~! どうかねお二人さん! わたしはこぉんなに色々な山菜を採ったのだよ~!」
「おおおすごい! さっすが竜人族っていったところだなぁ」
「確かに……私と晟がイチャイチャしてる間に摂るとは……やり手だな」
「へへーん!」
山野はそこで、プリヘーリヤにどうやって食料を摂ったのか聞く。
もちろん、気を損ねないように媚びた呼び名を利用した。
「あのー、えっと、プリちゃん?」
「わーお、ぎこちないけど嬉しい呼び名! ってかどうして顔が引きつってるの、晟くん?」
「え、いやあのーどうやって食料採ってるのかなーって」
「簡単だよ~。とりあえず野草採るなら、頭で考えずに感じるの。野生の勘を信じればヨユーだよ」
「野生の勘?」
そこで、たまらずオドレイが突っ込む。
「それができるのはたぶん竜人族の君だけだ。もっとも私も、効率的な方法を知らんわけでもないのだがな」
「え、オドレイにもなにか、秘策があんの?」
「フフフ、聞いて驚け晟。わたしはこの場において、軍紀を乱さずそれでいて完璧に食料を採れる良い
方法を思いついたぞ!」
「そ、それはいったい?」
「極めてシンプルだ! 教団のやつらから食料を剥奪するッ!」
「さっすがオドレイちゃん! それ一石二鳥! 考え方のスケールが違うね~~~!」
「ちょ、それは軍紀が乱れなくても倫理が乱れちまう! すごくまずいっ!」
「ふむ、ダメか。君は若いのにしっかり者だなぁ。見どころがあるよフフフフフ……」
「あああ、俺の評価がどんどん見当違いな方向にッ!」
このとき山野は直感した。
自分は女性と組めたはいいものの、すごくやりにくい位置にいるのではないかと!
残念なことに、その直感は奇しくも当たっていた。
森を探索すること一時間。いまだに機械兵にも魔獣にも遭わずに大隊は進行を続けていた。
オドレイは加工技師として、歩きながらでも道具の整備にあたっている。
「オドレイ、また道具の整備か?」
「ああ、細部には神が宿る……というような言い回しがこっちの世界にもあるからね」
「神……ね」
山野はポツリとつぶやく。
自分にとっては、神とか救世主とか、ハッキリ言ってしまえばそれほど重要な事でもない。
山野は皆が唱道するするような「聖なるお力」についてもそれほど深く考えてもいない。
自分は、ただ皆が仲良くやれたらいいと思っているだけなのだ。
なのに皆が争い合う。
だから山野は、自分の立ち位置が、どこにもないような気がしていた。
「……どうした晟? 沈んでいるな」
「いや、なんというか急に、俺たちの目的が解らなくなったんだ」
「だいじょーぶ! わたしたちはデウス・エクス・マキナとかその他諸々を倒すためにパーティ組んでるんでしょ! 元気だしなって!」
「ああ……。でも俺たちには、なんで神を暴走させたヤツがいるのか、なんで神は暴走したのか、本物の神様が在るのかどうか、まだ全然知らないことがたくさんあるだろ? そのうえ、村を救ったと思ったら救いきれずに、逆に村から煙たがられちまってる。
なあ、オドレイ。俺たちは何をしたいんだ? 機械を悪用してる連中と命を削って、教団とも敵対して、俺たちは最後にどこに行きつくんだ?」
「あ、晟くんがシリアスブレイカーじゃなくなったぁぁぁぁぁ! てーへんだてーへんだ!」
「えっ、チョットまてプリン、いま俺スゲー真剣なこと言ったんだけど……」
「ダメダメ~。そんなの晟くんのキャラじゃないよ~! ってかわたしはプリちゃんだーい」
良い清涼剤になってくれたプリヘーリヤのおかげで、オドレイは自分なりの考えを山野へまとめて伝える時間を稼げた。彼女は陽気過ぎるプリヘーリヤを制して山野へ向かう。
「ムードメーカーの代役ありがとう、プリン。だが、同志として質問には答えねばならない。ちょっと晟と二人で話をしたい。隊列は任せておくぞ」
「ちょっとチームプレーはどうしたのよオドレイちゃんーーー! ってかわたしはプリンじゃなくってプリちゃんー!」
オドレイは物静かな開けた場所へ移動し、山野もそこへついていく。目立った食料はないが、魔獣の声一つ聞こえない絶好の休憩スポットだ。
山野は、いつもと違って真剣な面持ちでオドレイを見る。
彼女もそれに応えるべく、山野へ最大の誠意をもって切り出した。
「晟。わたしは生来、出自からも察せるとは思うが性と暴力の最中で生きてきた存在でな。加工技師としての道を歩んでいるのも、この荒廃した世界でいかに効率よく、殺し、奪う術を会得するか模索するためだったんだ」
「そんな。どうして、そうなっちゃったんだよ」
「ふむ、簡単に言うと差別意識というものだ。君とて、わたしがドワーフとサキュバスのハーフだと知ったとき、あまりいい反応は示さなかっただろう? そういうものが、根強くこの世界にもあるのだよ。その証拠として、私もプリヘーリヤも血が途絶えそうな少数種族だしな」
「う……」
「いいんだ。君は外の世界の人間だし、色々と拒否反応が出るのもはじめは仕方ない。慣れていけばいいだけなのだから。けど、せめてこの世界に生きている人間だけは、そういう種族間の隔たりにも慣れていかなくちゃいけないと、そう思わないか?」
「……まあ、それはたしかに」
「私は今は、そういうことに力を入れようと思ってるんだ。機械の神だって……場合によっちゃ倒さずに、良い方向へ運用できるならそうしたいと私は考えている。皆、事態の収束を第一に考えているのだと思うよ。少なくとも私は、そう信じたい」
「だからオドレイは武器を取るのか?」
「そうだ。わたしが魔力回路を効率よく結線させ、強力な武器を作るのもそのためだ。鎮圧のためなのか、弾圧のためなのか……どちらに使われるのかは判らないが、私にできるのはこうして武器を作ることくらいなんだ」
「ちくしょう、重い現実だな……」
「ああ、ヒトを生きやすくするはずの知識が、逆にヒトを生きにくくさせる。もうこっちの世界は、そういう時代に突入してしまったんだよ」
「そうまでして……いいや、そうか。そうなんだな。ああ、でもそれがこの世界なんだよなぁ」
山野は感傷的な気分に沈んで黙考する。
自分は、今までなんの情報も解らずに、ただ闇雲に力をふるっていた。
ノリに合わせて生きていた。
そうすれば、空想世界研究部の皆も、バカにしながらも笑ってくれたから……。
山野はその自分のキャラと世界のギャップに混乱していたが、時間が経つと、その混乱もある程度解けてくる。自分の考えもまとまってくる。そしてやはり自分は、この世界においてもムードメーカーとして生きるしかないらしいという事実に達してしまう。
山野はそんな自分自身の性質に呆れたが、同時に頼もしくも思う。
――なんで俺は、シリアスな世界でも空気読まずにハイテンションなんだよバカ! でもどうだい、その結果俺は、あいつらとの人脈を壊さずにいい関係築けてるぞ! これが底抜けバカの力だ! どうだ参ったか! このシリアスな世界のバカ野郎!
山野は、心の中でそう吐き終える。
不相応なキャラクターからいつもの能天気に戻り、すっきりした表情が復活した。
「よっし! なんか俺は吹っ切れちまったよ。オドレイの話してくれたこともあってか、俺もやっと、武器を持つことの意味を見出すことができた。やっと地に足を立てて、武器を持つ意味を考えることができた。俺もお前みたいにさ、事態を治めるために武器を振るうよ。これは受け売りでしかない理由だけど、理由なく武器を持つよりはいいだろ?」
「突飛な理由だが、晟は私の意思を汲んでくれるのだな。……さすがはわたしの惚れた男だ!」
オドレイは強く山野を抱きしめる。そこでやっと、山野は自分の不覚に気づいてしまう。自分は図らずもオドレイと距離を縮めてしまったのだと!
ニヤニヤしながらそれを見ていたプリヘーリヤは、結婚式のようにライスシャワーを撒く。
「ヒューヒューお二人サーン!」
「ちょ、プリンいつの間に! ってかやめろってこれは何かの間違いだ!」
「フフフ、まぁ間違いを自覚するのは事後でも遅くはないだろう?」
「ダメだって!」
「ふむ、やはりこれでも晟は堕ちないか……私が嫌いなのか?」
「い、イヤなんというかだな……? 俺は、ナンパはするけど、本当の付き合いってものを知らないからよ。そこで、現実的なアタックを受けると戸惑っちまうんだと思う……んだ」
そこで、プリヘーリヤは目を燦爛と輝かせる。
「つまり、晟くんは女の味も知らないただのナンパ野郎で、恋の空論家ってことだね~!」
「ちょ、やめて俺のハートがぶっ壊れる!」
「でも、二人っていいコンビだと思うよ~? お互いが、お互いのことをなんだかんだで想いあってるし、なにより二人とも楽しそうに見えるしね~。わたしはさ、村の人気者っていう肩書きがあるんだけどさ。その経験からみても、人脈って、笑いあったり支え合ったり、案外そういうところから生まれてくると思うなぁ」
「うん……そーなのかな」
「とゆーわけで、蚊帳の外だった450名の仲間達にも、ちょっとは気を遣ってあげてね?」
「あっ」
そこで、オドレイも山野も今更気づいたかのような声を上げる。二人だけで清談をしていたため、食料探しの時間をガッツリと話し合いにあててしまった。当然、450名も人間だ。口々にもう進みましょう、食料探しましょう、という提案が上がっていた筈だ。
ずっと話し込んでいて、逆に集団の士気が下がってしまったのではないか?
犯してしまったかもしれない失態に、オドレイは生唾を呑む。
が、意外にも兵達は和気藹々とした雰囲気で、どこからとってきたのか肉を分け合っている。
その集団の先頭には、得意げな笑みを浮かべるプリヘーリヤの姿があった。
「ふっふっふ~! 二人が話したりイチャイチャしてたりするうちに、こっちは食料集めてたんだよ~? 大変だったんだから~!」
「なっ……だが、ほとんど隊列は進まず、現場待機の状態だった筈だ。どうやって食料を?」
「おーう頭カタいねーオドレイちゃん! 動けなくても食料を得るすべはあるのよ! みて!」
プリヘーリヤが木々の間を指し示すとそこには多くの魔獣や家畜が転がっている。それに、豊富な山菜や食用の野草まで、兵士たちは各々手に持っていた。それでもなお混乱しているオドレイと山野へ、プリヘーリヤは解説を加える。
「わかりやすく説明するね! まず、魔法の効果で切れにくくなった糸を用意するの! そしてそれをずうっと強力な麻酔薬に漬けておいて、木々の間に仕掛けておきます! するとあら不思議っ! ここに美味そうな人間が固まってると思ってそれを喰いに来た魔獣たちは、たちまちトラップに罹って昏睡状態に陥ってしまいます! そしてすかさずわたしが屠ったあと麻酔を中和し! 新鮮な肉がこんなに手に入ったのです!」
「つ、つまりプリンはこの450名の大隊そのものをエサに、トラップを仕掛けてたってことか。発想がすごくえげつないなおい……」
「だが、地の利を活かした立派な作戦だ。今回は本当に助かったよ。ありがとうプリン」
「えーーーーーーっ! なんでここでプリちゃんじゃないのよ~オドレイちゃーーーん!」
山野とオドレイ、プリヘーリヤ率いるチームは地の利や奇抜なトラップのおかげもあって、まるで狙い過ぎたように収穫が上手くいく。更によいことに山野の迷いも解け、これからは、オドレイに教わった理由をもとに力を振るおうと決めた。
山野はもう、シリアスな世界と対峙する覚悟を腹にすえたのだ。
決して自分は、悲しみの波に流されないのだと。
だからこの『反乱』は、誰にも譲らない。
だから恐れることなく、空っぽの自分のままで指示を出す。
「プリンのおかげで食料も手に入ったし! とりあえず帰還だァ! 行くぜ皆!」
「おおおおおおおおーーーーーーーーっ!」
「ちょっとー! プリちゃんだってばもうーーーーーーーーーっ!」
山野の声は、盛況を元気を取り戻してくれた山野を一瞥し、オドレイは安心したように空を見上げる。
この空が続くどこかで、他の部隊も上手くやってくれている事を願いつつ、彼女は帰路を急いだ。
次回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。