63 救世主はもう、やめる……
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
目が覚めると、そこには白い布地の天井と壁。
どうやら、テントの中にいるようだ。
今までのパターンから考えると、意識を失った俺はどこか別の場所に移されたらしい。
俺が寝ている横には、看病してくれていた満身創痍な恭子の姿があった。
「氏景さん……よかった。ようやくお目覚めになって……」
「ああ……はっぐ、ぐあっ、ああああああああああああああああああ!!?」
「う、氏景さん!?」
眠気がある程度覚め、恭子の顔を視認した直後、俺は記憶のフラッシュバックに苦しみ始めた。
耳には、機械兵と黒服共を蹂躙した愉快で嫌な音。
舌には、正体不明の表現のしようがない液体の味。
そして目には、人間が豪快な血飛沫をまき散らしていく光景。
五感から受ける苦痛が俺を容赦なく虐げ、全身から痛々しい悲鳴をあげさせる。
後で考えると、それらは押し並べて幻覚であったが、この時の俺には現の出来事に思えた。
「あああああああ……ああ……ぁぁ……ぁっ…………」
滝に打たれたと見紛うほど大量に汗をかいた俺。
シーツはぐっしょり濡れ、掛布団の上には口から吐いた血が。
心拍数と脈拍は酷く上昇し、息することすらままならない。
「……」
「氏景さん……」
恭子に聞きたいことは山ほどある。
だが、恭子に対する罪悪感と自身に対する嫌悪感、そして恐怖感からどうしても聞き出すことが出来ない。
くそ、俺は恭子のことが好きなのに……!
「ちょっと、外に出る……」
俺は気分を落ち着けるため、テントの中から出た。
◆◆◆◆◆
テントのあった場所は、アミリアの街。
察するところ、機械兵と黒服との戦いの後、俺達はアミリアまで引き返してきたようだ。
意識不明の俺を運びながら……。
あたりは変わらず、茶色の土が一面に広がる更地。
その上依然として、津波に巻き込まれた反乱軍兵士の死体や民間人の腐乱死体は片づけられていない。
そしてこの眺望が、俺の精神に追い打ちをかけるように更なる絶望を与える。
(果たして俺は、反乱軍に必要な人材なのだろうか……?)
俺は、自分の存在意義を見失いつつあった。
まともに自分の力は制御できないし、魔力以外の能力に致命的な欠陥がある。
世界中には、既に数十億人の犠牲者が発生済み。
自分たちが助けた村人には集団リンチされるし、民間人を虐殺した黒服相手にさえ采配を振るうことのないまま、黙って見過ごしてしまう。
そして事態が最悪に陥ってから発狂し、無差別に人間を蹂躙。
そして今、それらの事について自己嫌悪と恐怖に慄いている。
もはや俺は、自分を人材ではなく“人罪”としてしか見れなかった。
――こんな無能人間、“救世主”として呼ばれた意味はあるのだろうか……?
「……で、あるからにして……」
「……なるほど、そうだったのか……」
すると遠くの方から、2人の男性の声が聞こえた。
声質から判断して、ヨルギオスとオズワルトのようだ。
俺は声のする方角に、ただ機械的にフラフラと足を運ぶ。
「氏景、任務御苦労であった」
「救世主殿、誠に達者じゃったか? 先程、テントから救世主殿の奇声が聞こえたが……」
項垂れながら進んだ先には、反乱軍の兵士が集まっていた。
周りを見ると、山野やプリヘーリヤ、オドレイの部隊は戻ってきていないようだ。
「氏景、ようやく意識を取り戻したんだねえ……」
「よお、救世主。……大変だったな」
「僕の指導が甘かった。後輩の失敗は先輩の責任。謝るよ」
そして部長、ルクレツィオ、五十嵐先輩と俺に優しく、労いの言葉を掛け続ける。
皆、恭子やヨルギオスから事情は聞いているらしい。
だがそれは、自分の情けなさを更に強く痛感させられるだけだった。
俺にはその優しさが――辛い。
「……ところでヨルギオスさん、俺の部隊は……どうなりましたか?」
俺は戦々恐々としながら、ヨルギオスに質問した。藁にも縋る思いで、俺は部隊の無事を祈りながら。
しかしヨルギオスは拳を強く震わせ、口を噤む。
「……非常に申し上げにくいことであるが、生存者は救世主殿と恭子殿。そしてワシら一家のみじゃった」
「……そう、です、か……」
俺は、絶望の底に沈みながら泣いた。
話では、恭子の治療の甲斐なく、配下の兵士と村人は全員息を引き取ったらしい。
思えば、俺は異世界に来る前から徹底的に努力の報われない人間であった。
平日も休日も血の滲むような努力を時間を費やし勉強に励むも、志望校はあっさり落第。
周囲を見返さんばかりに練習に励んだバスケも、結局3年間ユニフォームに触れることすら叶わなかった。
小学校入学以来、学校では常にいじめられっぱなし。先生達もろくに対策せず、それどころか事実を伝えた途端、俺を叱りつける者さえ続出した。
道端では不良高校生に目をつけられ、暴行を加えられたが挙句、財布まで取り上げられ道端に放置されたこともある。
だからこそ、体を鍛えるために中学ではバスケ部に入ったものの、結果は俺が病院送りになる回数が増えるだけだった。
そして今回、俺は反乱軍の中で鍛えてきたにもかかわらず、この世界の住人と配下の兵士を全て失った。
「……反乱軍の皆、俺から伝えたいことがあります」
「なんだ?」
俺はついに――悟った。
役立たずが力を持とうが、役立たずは役立たず。
無能人間の努力は、ひたすら時間と労力の壮大な無駄遣いでしかない。
もう、『救世主』なんてあまりに分不相応過ぎる称号は嫌だ! 早くこの世界から逃げ出したい!
だから――
「俺、救世主はもう、辞めます……」
次回の執筆者は、鵠っちさんです。