62 夢抱けぬ少年
今回の執筆者は、スーパーキンモクセイさんです。
絶望的な風景だった。俺はは壊れそうな銃を握り、機械兵へ弾を放ち続けている。
しかし波のように迫りくる機械兵の隊列は、開いた穴をすぐに埋めて襲来する。後ろには、動けぬ隊員たち。
もう退けないし、攻めもできない。前を見ても後ろを見ても、死の風景しか広がっていなかった。
そこで、俺はけたたましい機械音を聞く。一斉に機械兵達が大魔術を放とうとしている音。もしもこれが放たれれば、村一つ消し飛ぶどころの話では済まない。
「ああああああああああああああああああああああっ!」
気が付くと俺は叫んでいた。
もはや理性が飛びそうで、自分がどこにいるのかすらわからない。ただただ、この頼りない銃を手に、機械兵を寄せ付けないよう尽力するばかりだった。
もう誰の声も聞こえない。
俺たちはこの場で死ぬしかないのかもしれない。
そのときだった。
俺は恭子の声を聴く。
「うじか、げさん。かはっ……ご無事、ですか」
先ほどの機械兵による衝撃で胸を打ったのか、肺を傷つけたような恭子の声がした。
恭子は生きていた。よかった。俺はそれだけでも涙が出るほど嬉しい。
俺は絶叫しながら泣いていた。
ここまで来るともう狂人のようだ。
いや完全にくるっている
なにせ泣きながら銃を撃って絶叫しながら、嬉しさを感じているのだ。
狂ってしまった自分が俺は痛ましいと思う。
でも狂わざるを得ない状況で狂えるというのは、とても正常なことなのだ。
俺は恭子に抱いていた慕情の正体を、こんな形で知ることになってしまう。
ああちくしょう! 俺は恭子が好きだ!
好き過ぎてどうにかなりそうなくらいだ!
こんな形で思い知らされることになるなんて!
そのとき、俺は目から一つの液体が滴っているのに気付く。
はじめはそのどうとも言えない味に、血涙が出たのだろうと思った。
しかしどうにもそうではない。あまりにも量が多すぎるのだ。それはたちどころに服を濡らし、俺は違和感を覚える。
しかしそれを契機についに銃は使い物にならなくなり、俺は機械兵の波に負ける。
「ああああっ……あ」
獣のように叫び狂っていた俺の意識を引き戻すように現実が迫る。どうやら俺はここで死なねばならないのかもしれない。
でも、これでいいのだと思う。最低な世界だったけど、俺は異世界に行くという前人未到の境地に立てたのだ。それに俺は、これより先を望んではいけないような気がしていた。
俺が肩をおろした刹那、機械兵達が眩い光を放つ。絶望しか見えない俺には、もはやその光すら神々しい。だが、憎しみと憧憬の境すらみえなくなった俺は、やけに冷静な人形へと豹変した。
これから死ぬというのに、俺は俺自身の焦りが見えないのだ。
それは、俺の体が俺を生かそうとしていることを意味していた。
目から滝のように流れ出た液はどうやら二色。
左目からは純白の液。
右目からは漆黒の液。
光と闇。
目から生じたこの液は俺の体を飲み込むように育っていき、次いで俺の体表へ纏わりつく。不気味なものに対し、俺は反応を示せないでいた。
しかし、この珍奇な出来事のおかげで死への意識は消えていた。
代わりに、俺の体からは力だけが湧きあがってくる。
その白と黒の不定形な物質は俺の体表へ異形の鎧を構築する。
その人型の外形は、もはや人間とは思えないものだった。
それを象徴するように、俺の中には愛と殺意が定立していた。
その二つがお互いを増幅し合い、今の俺はできている。
機械兵が極大魔法を放つ直前、俺の意識は純粋な殺意で満たされていた。
もはや『躊躇』という言葉は不要だった。
俺はその人間でない姿のまま単身機械兵へ突っ込んで、先頭にいる術の指揮者のコアを抉る。
全身が歪な鎧のようなものなので、鋼鉄で出来た精密機械の脳髄《AI》なんて、まるで豆腐のようだ。
「っひゃははっははははははははははははははははははは!」
俺は気が付くと、狂ったように機械兵の中身をグリグリグリグリ抉って子供のように、そこへ向かって鎧で出来た頭を打ち付け遊んでいた。でも、自分の怒りを放出しきるにはこうして狂ったように自分の感情を爆裂させるしかないのだ。
でもそんなお題目なんざいかれた俺にはどうでもいいのかもしれない。
俺は目の前に居る機械兵達の集団を戮したいだけなのかもしれない。
やべええ止まらねえええええええええええええええええええええええええええ!
俺は心の中で絶叫しながら、ははははは!
あははっ、機械兵をっははははははははは!
倒すっ、あっはははははははははははははは!
おもしれえええええええええええええええええ!
止まらねえ!
とまらねえ!
あれだけ圧倒的だった、強さの象徴のようだった、どうしようもない難敵だった機械兵が俺にバラバラにされてやがる!
どうだ、どうだ、どうだ、どうだ! 虫けらのように村人を蹂躙したお前らが、その虫けらに蹂躙されるってのはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
俺はそのグチャグチャに中身を掻き乱した機械兵の首を捥いで地面へ着地。そして問いかける。
「おい! どうだって聞いてんだよ! 答えろよひゃはははははは!」
まるで俺が俺でないようだった。答えがないのを解っていながら、俺はそのまま機械兵の頭を蹴り潰して爆破する。
首を捥がれた先頭の機械兵が後ろに倒れた刹那、すべての機械兵はターゲットを俺へと切り替える。俺は笑いしか出てこない自分に対し狂ってるぞおいおい、と突っ込む。
けどやっぱ止まらねえ……次はお前らだ!
嬉々とした感情を持って、俺は無限に迫り来るとも思える機械兵どもを制圧する。
機械兵の大弾圧。
機械兵の大量虐殺。
その手綱を握り支配するのは俺だ。
殺す順番も方法も速度も、すべて俺が決めるが皆殺しは確定だ!
俺は機械兵達の腰を順番にへし折ってやり、そこに魔力を送り込んで真っ二つに爆死させる。
半身を失って次の行動予測を立てようとする機械兵達のAI部分を俺は蹴り潰していく。ああおもしれえ!
その享楽的な殺戮を危険と判じて、機械兵は俺に向かってビームを斉射。光線が地を穿ち、赤く焼いたが、俺にはまったく当てられていない。
なぜなら、俺の眼にはその速度がどうしようもなく遅く見えたのだ。遅いならば、当たってやる義理もない。
俺は冷ややかだった。
冷めた鉄のような感情で、俺はこの茶番を終わらせるべく鎧の外面へ銃を形成する。
それはオドレイのものと全く同じ機構。
俺の尊敬する、崇敬する、あの気高い人間のつくる銃の造形。
俺はそれにこの機械兵達を消し飛ばせるくらいの魔力を注ぎ込む。
注げど注げど、魔力が尽きる気がしない。
俺はどうしてしまったんだ!?
だがそんなことはいい、殺す!
どっかの誰かが、俺は神と同等の魔力があるとか抜かしてたがそれなら好都合だ!
いまおれは狂っている!
だったらその狂気に、命が尽きるまで利用されてくれよ!
俺は両手に形成した巨大な銃を構える。しかし散らばっている機械兵が厄介なので俺は、余力としてあった魔力を利用し、魔力波を放って一方向へと機械兵を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた機械兵は重い着地音で地鳴りを響かせた。そして一直線に俺への抹殺指令を各々に下して向かってくる。しかしもう機械兵どもは遅かったのだ。
死ね!
俺は魔力の巨大な弾を放ち森ごと機械兵の集団を焼き尽くす。その巨大な弾道は、森に、地面に、空気に巨大な無を穿って、周囲のすべてを力の波で破砕し、焼き尽くす。
耐え切れない圧力に、運動エネルギーがそのままプラズマ化し、周囲に甚大な発火現象を及ぼしていた。
森が、地獄のように赤黒く燃えていた。
巨大な魔力の弾道には、もはや穿たれた跡しか残っていない。
焦土が残ったほうが、まだ残酷ではなかったかもしれない。
そんな圧倒的な破壊をしながらも、俺は満足しなかった。
俺の殺意はこんなものではなかったのだ。
黒服!
あの外道どもはどこへ行った!
俺は殺す!
俺は恭子を愛しているから恭子のためにもあいつらを殺す!
俺は恭子を愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している……。
俺は黒服共を戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す戮す……。
もはや、理性は必要なかった。
心をなくした俺は、いつの間にか森の中を獣のように疾駆していた。
そして俺はピタリと止まる。
何やら目の前には、森の中で金品を喜んで身に着けている黒い人影たち。
そして言葉だけを聞く。
「てめえはあのときのガキか? へんな鎧つけやがって! ひゃははははは!」
「って、テメエなにしやがる! ぐっ、ぎゃああああ俺の腕がああああああ!」
「やめろてめえ、何してんのかわかってんのか!? 自分がなにしてんも、ぐぎゃあごあっ!」
ゆるさない。
「ひいいいいい! やめろ、やめろ殺さないでくれ、ぎゃあっ!」
「ごぶあっ、ぶぐおっ、ぐぶおおっ、ごばあっ、ぶぐげあっ!」
「うわああああああ! 化け物来るんじゃねっ、がはあっ……ヒュー……」
ころしてやる。
どのくらい時間が経ったのか。まともな音が聞こえてきたのは周囲に血みどろの水だまりが刻まれてからだった。
俺は、地面と血肉と黒い布の混ざった何かを、懸命に殴り続けていた。
しかし逃れられようもない死臭が、俺に何をしたのかを訴えかけてくる!
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
俺は逃げ出していた。
怖い!
俺はすぐに、自分を失ってしまう俺が怖い!
俺はその凄惨な殺人現場から一目散に逃げ出して川へ行き、血に塗れた両手をみっともなく洗う。
「ひいいいいいい……ああ、ふうう…………ひいいい」
そして、正気に戻った俺には今までの恐れや緊張や狂気や殺意のしわ寄せが、巨大なストレスになって襲ってくる。胃が痛み出して俺は吐き気を抑えられない。
「うぇぇ……あえっ……が、はあっ、えええええっ…………」
一通り川で吐き終えて、体調を戻した俺は、次いで川で口をすすぐ。でも、すすいでもすすいでも、目から流れてくる透明な涙が一向に流れてくれない。
俺は泣き出していた。なにかが苦しくて、誰かの前では絶対に見せられないくらい取り乱して、うずくまって、泣いていた。
川を後にして、俺は傷ついた恭子たちのもとへ戻ってくる。
そこには、傷付いた部隊の看病にあたる恭子の姿、そして放心したように俺を見つめるエグザルコプロス一家の姿があった。一家の誰もが、俺のあの機械兵の殺戮を見ていたようで、俺を前にしても何も声をかけてはくれなかった。いや、かけられないという様子だった。
そんななか、俺に気付いた恭子は俺のもとへ駆けてくる。
そして彼女は強い力で俺に抱きついてくる。
そこで気付いたことには、俺を覆っていた不気味な鎧は崩れ落ちていた。
「氏景さん! あ、あの……あ、ありがとう、ございました」
ああ、たしか俺はそういう名前だった気がする。
理性が飛ぶほど狂っていて、それすら忘れかけていた。
「あの……わたし達のために……あんなになるまで……っ、うっ、ふううっ!」
彼女は抱きついたまま泣く。
俺にあんなにまでさせたことに対して、申し訳なさを感じているんだ。
でも俺は、俺は……俺だって恭子に対して申し訳ないんだ……!
「違う……」
「氏景、さん?」
「違うんだ……俺は恭子に労わられる資格なんて、ない」
「あの、どうしたんで……」
「罰されるべきなのは、俺なんだ……っ!」
「氏景さん!」
俺は、恭子から感謝を受けるべきじゃないんだ。
黒服たちを虐殺した俺こそが、罰を受けるべきなんだ。
俺はそんなことを彼女に吐露して、いまさら許されようとしたんだろうか。
朦朧としていた俺は、恭子に覆いかぶさるように、そこで意識を失ってしまった。
俺の胸は、もう夢なんて抱けない。
次回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。