60 立ち向かう救世主
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
黒服の男たちによる殺戮があった翌日。俺と恭子たちは村を出発した。
食糧調達のための行軍だったはずが、米一粒たりとも得ることが出来ず、食糧不足は既に行くところまで行き着いていた。
食糧をほとんど盗られた村人たちは、食糧確保のため一緒に他の村を訪れることになった。
しかし、そうしている間にもヒトは食糧を必要とする。
食べる物に事欠いた俺達は、近くに生えている雑草や虫を食べる他なかった。
もっとも、旨い食事にすぐありつける現代日本で育った俺は、一口食すごとに腹を下し続けた。
だが死ななかっただけましかもしれない。
何しろ約40人は、昨夜毒草や毒キノコを食べたことで中毒を起こし、そのまま帰らぬ人となったのだから。
その上、付近には汚染された泥水しか無く、脱水症状からさらに十数名が死亡した。
「もう、嫌だ……」
戦闘以外の要因で人々が次々死に絶えていく光景に、俺は自身の無力さを改めて痛感させられていた。
それだけではない。俺は自分が“救世主”として呼ばれたことに対し、本格的に懐疑的になっていった。
「氏景さん……」
恭子は心配した様子で俺を見てくれているようだが、その視線が切なく、痛い。
「しかし、あの黒服の男共は何者ぞ? 大方、デウス・エクス・マキナや統括理事会の眷属であろうが」
「さあ、私たちの所にも情報はありません。でも、ヨルギオスさんの見立ては間違っていないと思います」
「ほう、そうか」
「実はここ1、2か月で、機械兵による大量虐殺に便乗して残虐な事件を起こすテロリスト集団が、続々と誕生しているとの情報もあります。もしかしたら、その一派かもしれません」
「何たる怪しからん者どもだ。ならばあの場で、ワシ直々に殲滅させてやれば……」
「ただ、村の中で戦えば、確実に生存者の数はグッと減っていたでしょうね」
恭子、その情報があれば俺は思いっきりあいつらを倒せたかも……いや、それは無いな。
俺が渋々ながらもこの世界を救おうとしたのは、相手が機械兵か魔獣だったからだ。
だがそれが、いきなり「テロリストを大量に殺せ」となれば、人殺しなんてしたことのない俺達には無理な話だ。
テロリストが善人なはずはない。でも、自ら手を下して始末が出来るかと言われれば、人間である以上俺にはどうしても躊躇われる。
「便乗して、ねえ。アンタ、本気でそう思ってるの?」
「クロリスさん?」
「お、お姉ちゃん。それどういう意味なの?」
クロリスが恭子と別の見解を述べようとしている。
口調は相変わらず生意気だが。
「アタシの勘だけど、そのテロリスト集団は統括理事会に雇われた連中な気がするのよね」
「統括理事会に……雇われた?」
「といっても、アタシには理事会の考えていることは良く理解できていないし、理解しようとも思わない。世界の悲惨な光景を前に、全く手を打たない連中だから」
「……」
そう語るクロリスの目は、どこか虚ろだった。
生まれついての貧困生活と機械兵による大量虐殺が、彼女をここまで曲がった性格に育て上げたのだろう。
「何にせよ、あの黒服共は北に逃れた。先の村々で暴虐な事件を仕出かしてなければ良いのだが……」
ヨルギオスは、俺達の進軍先について懸念を示した。
あの黒服の男たちは、残虐な者が多かった。北にまっすぐ逃れたとするれば、その先に奴らの仲間がいる可能性もある。
そして同じく、村を襲撃していることも考えられる。
空腹続きで進軍速度は低下しているが、このまま食糧が確保できないと、全員栄養失調で死亡してしまう。急がないと……!
◆◆◆◆◆
しかし、ヨルギオスの懸念事項を覆すことは出来なかった。
進軍先の残りの村は、1つの例外も残さず蹂躙済みであった。
100㎞に及ぶ前進虚しく、住民はことごとく虐殺され、食糧もすべて奪われていた。
「そ、そんな……」
最後のほうに訪れた2つの村では、テロリストに長期にわたって包囲されたのか、死に絶えた住民の殆どの頬がこけ、体は骨と皮だけ。
そう、黒服の男たちが住民に対し兵糧攻めを行ったと言える。
さらに長距離を歩いた俺達の部隊は、完全に壊滅状態だった。
栄養不足と黒服の男たちによる怪我から、村人を含め30人以上が道中で死亡。
それだけではなく、途中で遭遇した魔獣との戦いでも、予想以上に人が死んでいった。
「……腹減った」
当然、俺や恭子、エグザルコプロス一家も例外ではなく、激しい空腹と過酷なサバイバルが俺達の精神を徐々に蝕んでいく。
そんな俺達に、追い打ちをかけるような事態が発生する。
「お、おい……あ、あれって……」
「き、機械兵だ! 機械兵が現れたぞ!」
戦うどころか食いつなぐことすら敵わない俺達の前に、約100体もの大型の機械兵が出現した。
深刻な食糧不足から、士気が大幅に下がっている反乱軍。
その上、病気に罹ってまともに動けない隊員までいる。
泣き面に蜂。まるで機械兵たちは、そんな俺達の状況を見越したかのように近付いてきた。
「……! 皆の者、何処でもいい! 早く家の中に入るのだ!」
ヨルギオスが、声を荒げながら生き残った兵士たちを叱り飛ばすように命令した。
戦闘態勢に入れていない人が殆どだったため、一回攻撃をやり過ごすための指令であった。
「う、氏景さん!」
だが俺は聞き入れなかった。
むしろ後ろに逃げようとする兵士達とは逆に、残り少ない体力を気力を持って最前線に立とうとする。
「きゅ、救世主殿! 何をやっておるか! 早く家の中に入れと……」
「嫌なんだ」
「へ……?」
「もう、他の皆が殺されたり傷つけられたりするのは、もう嫌なんだ」
「氏景さん……」
昨日、あの村で俺は何にも出来なかった。
俺は自分があまりに情けなかった。
非情になりきれず、黒服の男たちに一矢報いることすら叶わなかった。
だからこそ俺は、ここで立ち向かわなければならない。
何故、俺は“救世主”と呼ばれている? 何故、俺は指揮を任されている?
そして何故、俺はここに居る?
この世界を……『救う』ためだろうが!
俺は二丁拳銃を手に、構えた。機械兵を倒すために。
「きゃあああああ!」
「ぎゃあああああああ!!」
「うわああああ!」
だが機械兵は、俺の決意など全く意に介することは無かった。
引き金を引こうとする直前、機械兵は俺の後ろに向かって一斉に強力なビームを放った。
「え……?」
あまりに容赦無かった。
俺の後ろにあった家々は、残らず木端微塵に吹き飛んでいった。
なんて冷静に解説している場合じゃない!
恭子は!? エグザルコプロス一家は!? 他の兵士たちは!?
「み、皆――!」
気がつけば、俺は後ろに向かって叫んでいた。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。