6 異世界の扉、開門
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
翌朝、午前7時50分。
やれやれ、とうとうこの時が来ましたか。
この時間、普通の学生は学校に向かって登校している時間帯なのだが、今日の俺らは“異世界”に向かう。
昨日、親やバイト先にお別れ――というか出発の連絡をさっさと済ませてきたところだ。
親を説得するのは本当に大変だったよ。
いきなり自分の息子が「明日、部活でちょっと遠征に行くんだ」なんて話されても、事前報告なしに何言ってるんだ、準備とかお金とかどうするの、なんて反応を返すのはごもっともだ。
でも 仕方ないだろう? 昨日急遽決まったことなんだから。
それにしても、正座させられながらの2時間説教は身に応えたなぁ……。俺だって本来は乗り気じゃなかったってのに。
バイト先にだって、なかなか見つからない募集のお知らせを散々探し回って、さらに面倒くさい面接をえて、ようやく入れたアルバイトを僅か一週間で辞めるなんて考えもしなかったんだぞ。
俺が苦労して手に入れた大切な収入源を泣く泣く手放さなければならないなんて、あの佐藤さんもつくづく罪な女だよ、まったく。
てなワケで、今俺たち『空想世界研究部』は高校の近くにある小さな公園に集合しているのだ。
まだ山野が到着していないが、まあアイツは俺なんかと違って友達たくさん彼女たくさん、ウハウハ人生真っ盛りお気楽人間だから、別れの挨拶にも時間がかかるわけだ。
「モテる男の辛い所よ」とか言い出した暁には、顔面をハンマーで整形するつもりだ。
五十嵐先輩は、自宅のスポーツジムに通っている人たちに真面目に挨拶している風景が目に見える。
けど、部長は……そういやあ、あの人の交友関係って全然想像出来ないな。
まともな人間は、1人もいないことだけは頭に浮かぶけど。
なんて口上垂れている間に、ようやく山野がゼエゼエと息を切らし全身を汗でぐっしょり濡らしながら、公園に到着した。
「ずいぶん遅かったな」
「ま、モテる男の辛い所よ。人数が多くてな」
テメェ、ここで一番言われたくないことを口にしやがって。
しかも悪びれた様子も無しに。ぶっ飛ばすぞ。
そう俺が殺気を放っていると、“彼女”がやってきた。そう佐藤恭子その人である。しかも彼女の格好はこの学校のではなく、近未来的なデザインの白と赤を基調とした制服だった。
「皆さん、準備のほうはよろしいですか?」
「いや、1つ出来てない準備があるぜ」
「何でしょうか?」
彼女が山野に訝しげに尋ねるが、回答の内容はだいたい察しがつく。
「それは、俺とお前の間に愛を育むこ……いてっ!」
「それはまた今度な」
予想通りの山野の答えを五十嵐先輩が首をチョップすることで押し込めたところで、部長が先を促す。
「それでは、これから『門』を解放します。皆さん、目を閉じて私に掴まってください」
彼女いない歴=年齢の俺が今まで触れたことのない女子の体に触れるのはなんだか恥ずかしい感じもするが、彼女がそうしろと言うのなら躊躇ってはいられない。全員が彼女の体を掴んだ。
「しっかり掴んでください。異世界転送には相応のエネルギーが引き起こされますので」
この先俺たちがどうなってしまうのか、そんなことは全くわからない。けど、助けを求められそれを引き受けた以上、もう後には引けない。
もう、やるしかない。
そして俺たち全員が踏ん張り、彼女は右手に持っている携帯用の『門』を空にかざしてそれを操作しながら呪文みたいなのを唱えた。
すると、呪文を彼女が唱えている間に目を閉じていたので何が起こっているのかは理解できなかったが、何やらあたたかい光が俺たちのあたりを包み込んでいる気がした。
すごい、 誰かに優しく抱きしめられているようで気持ちいい……。
しかしその時間は一瞬にして立ち消え、気がつけば地面に引きずられ、そのままめり込んでいくような強い引力を感じた。
苦しい……。息がしづらい……。早く終わってくれ……。
そして彼女が創り出した異空間の中で俺たちの意識も失われ、泉の底に沈んでいくように深い眠りについたのだった。
次回の執筆者は、猫人@白黒猫さんです。