59 ルクレツィオの謀略
今回の執筆者は、スーパーキンモクセイさんです。
匡輔とルクレツィオは、南西の村を目指して行進を続けていた。
が、やはりと言うべきか、ルクレツィオは不満げな顔を浮かべ、移動は退屈だと言う。ずっと変わり映えのない長草草原を歩いているゆえに、心なしか進んでいる気もしない。
仕方がないので匡輔は、彼の機嫌を取ろうと、しりとりをすることにした。
「じゃあ、レから始まるやつで始めようか」
「……じゃあ、レバニラ」
「ラウェイ」
「居間」
「マーシャル・アーツ」
「釣り針」
「琉球武術」
「ツタ」
「太極拳……ってありゃ、参ったなあ」
「別によぉ、武術名で絞るこたぁねえと思うぜ匡輔?」
「そうだなぁ。やはり続けるにしてもすごい縛りがあるもんなぁ」
「そのくせ、兵法とかは知らねーでやんの。武術家ってのは、やっぱ戦向きじゃねえのか?」
「そうかもね。少なくとも僕が前居た日本っていう国は、平和主義だったから」
「へえ……ダメだわ、俺にゃ想像できねえな。さて……」
ルクレツィオは気だるげに、一定間隔で450名に何か異変が起こってないか度々確かめる。
軍属であった経験から、彼は集団の中においては容易に個人の意見が殺されてしまうのを、痛いほど知っている。
そして個人が意見を表明できなかったがゆえに、自壊した集団の話も腐るほど耳にしていた。
「なにか、異常のある者はいないか? 些細な事でも、俺の耳に通しとけ」
「隊長! 先ほどのことなのですが……」
すると、前の隊列にいた隊員が、ルクレツィオにマキナ教団のものに尾行されていたようだという旨を耳打ちする。
ルクレツィオはそれにやや驚いたように目を丸くして、草むらを注視した。たしかにそれらしい影が見てとれたが、目的が解らず戦力も分散している以上、ヘタに尋問にかけるのもまずい。
ただの偵察ならば見過ごせばいいのだと思って、ルクレツィオはあえて意識しないように草原を進む。
程なくして、半端に文明化の波に晒されたであろう村を見つけた。
マキナ教団の密偵と思しき者も後をつけてきたが、ルクレツィオはひたすら無視して、村の入口へ立った。
匡輔はどうしても後ろが気になるようで、マキナ教団の回し者にたびたび目を向けていたが、それをルクレツィオが制す。
「やめとけ匡輔。ざっと確認したとこだと、捕捉できた数は10人くらいだ。対してこっちは450人。どうあがいたって、相手はなにもできやしねえよ」
「そうか? 僕は考えたんだが、もしかすると反乱軍の重役である君を暗殺する小部隊の可能性もあるんじゃないかい?」
「それはない。もしも俺が、あの後ろについて来てる密偵だとしたら絶対に殺しはやらねえよ」
「その根拠は?」
「まあ、後で説明してやる」
ルクレツィオは、迎え入れてくれた村長へ軽い挨拶を交わし、村の説明を受けている。
その間も、後ろの密偵がルクレツィオを追う気配はなく、部隊の後ろへヒソヒソとついて来ているだけだった。
それをよそに、ルクレツィオは村長とうまいことコネクションを形成していく。
「では、この村の特産品を特別に分けていただけるということですか?」
「はい。せっかくご足労頂いたことですし、なによりあなた方の活躍は聞き及んでおりますのでね」
「手厚い支援、至極恐悦にございます」
ルクレツィオが深々と村長に頭を下げると、それきり村長と別れて彼の率いる部隊の方へ戻ってくる。
「今ので、村長から小麦の支給を確約してもらった。もちろん反乱軍と提携を結ぶという条件付きでだ」
「ちょっと待ってくれ。いったいどういう話をしたんだい?」
「フツーの弁舌をやっただけだよ。フツーに俺らの正当性を話して、フツーに支援までの道をつけた」
「すごいなぁ」
「まあここまでは、匡輔でもできるぜ。問題はこの後だ」
「この後?」
「そうだ」
そこで、ルクレツィオは率いていた部隊を細分化する。
まず50名を、自分と匡輔の守護にあてる。残り400名は、それぞれ40名の分遣隊として分かれさせ、村の情報収集にあたらせた。
そのとき、ルクレツィオは紳士的に、友好的に接しろ、という命令を何度も何度も繰り返していた。
「おいおい、こんなに分かれてしまって大丈夫だろうか?」
「心配ねえよ。これだけ分離したって、俺は攻撃されねえ。困るのはむしろあいつらのほうさ」
「……?」
「じゃあひとまず、この人数を収容できる施設に行こうぜ」
ルクレツィオは、軽い足取りで、村の一番大きいドームに足を運んで、中の円型状に連なる座席に50名と匡輔を座らせる。
「なんだか、コロシアムみたいなところだなあ」
「つっても、専ら興行ビジネスにしか使えねえ造形だけどな」
皮肉っぽくルクレツィオは吐き捨てると、ニタリと鋭い笑みを浮かべる。
「見てみろ匡輔。マキナ教団の奴らはどうやら諦めた見てえだぜ?」
「なに……?」
ルクレツィオの言うとおり、もう尾行はついていなかった。
「一体どういうことなんだ? 僕にも解るように説明してくれないかい?」
「まあ落ち着け。匡輔、お前さ、ミステリ小説とかって読む?」
「そういうものは、俊……部長の方が読んでそうだなぁ」
「そっか。その中でな、殺人事件になるケースと、行方不明になるケース……ってあるだろ?」
「まあ、それは実際のニュース見ててもそうなんじゃないかい?」
「そこでキモになるのが、この二例の、扱いの違いだ。もし俺が、大衆の前で頭をぶち抜かれ死んだとする。そうなりゃ反乱軍の重鎮が殺されたとなって、間違いなくドンパチ騒ぎが勃るだろうな」
ルクレツィオは手で拳銃の形を作り、それをわざとらしく頭にあてがった。
「だが、誰も見てねぇところで俺が始末されて、しかも誰も来ねえようなところにその死体が処理されちまったらどうだ?」
「どうって、君が失踪したとしか……あっ」
「ようやく気づいたかよ武術家。そうだ、問題を起こさずに俺を始末するつもりなら、まず俺が単独行動してる時にサクッとやるはずだ。そんで、死体は人の立ち入らねえ……山か海に棄てられんだろうな」
「た、たしかにそうすればリスクも少なく、死体が見つからないから事件ともされない……!」
「そう。つまりそうなりゃ、殺してるのに殺してない状況を創れるうえ、任意の人物を事実上消すことができる」
ルクレツィオが、あまりにも人の血が通っているとは思えないことを口にしていくので、匡輔は背筋が凍る。
しかし更に、非常な軍師は悍ましい推論を語り続ける。
「教団はあくまで、宗教的にデウス・エクス・マキナを信奉しているだけで、技術者集団じゃねえ。それを敷衍すれば、機械兵を召喚できるヤツを抱えてる俺らと、そう簡単に戦火を交えようとは思わねえ筈だ。さて、そういう相手と敵対した場合、もっとも効率よく相手の勢力を削ぐ方法は何か?」
「まさか……」
「そう。闇討ちに限るんだよ。っていうか、消耗戦を避けて俺らを倒すなら、それしかねえわな?」
「なるほど、だから君は、一人の時じゃないことを証拠に、偵察を無視してたのかい?」
「まあな。そこまで解って70点ってとこだ」
「まだあるのか?」
次にルクレツィオは、部隊を分かれさせたことの意義を説く。
「俺が村長と話した後、部隊を40名ずつの集団で分かれさせたのは、ちょっとした情報戦略のためだ」
「戦略? どういう作戦なんだ?」
「聞こえは悪いかもしれねえが、簡単に言えば宣伝の一環だな。まず40名の集団を村の各地に散らして情報収集させる。そしてそれら40名には、村民に友好的な態度で接するように命じて、最後に集めた情報全てを俺が引き受ける」
「そうするとどうなるんだ?」
「この村の村民は、なくなりつつある固有の文化理解を俺らがしてくれたということで、その点において、協会よりも俺らに優位性を見出すようになる。その情報バイアスを利用して、集積された情報をもとに俺が演説し、この村全体を反乱軍側に心酔させるって作戦だよ」
「…………」
匡輔は、その一片の隙もない徹底ぶりに、少し恐怖を感じてしまう。
「大丈夫か? そこまで過剰に煽り立てるようなマネをして」
「安心しろよ。俺はファシズムや大弾圧みてえな危険思想を持ち込むつもりはねえ。徹底的に、この村へ恩を売りつけてやるだけなんだからよ」
話し終えて、ルクレツィオは伸びをしながら部隊が帰ってくるのをあとは待つ。その際に、ひとつの紙切れを取り出して、なにやらせっせと文字を書きこんでいた。
「何してるんだ?」
「演説前に軽くペーパーを作っておくだけだ。こうすることで、強調したいことを軸にたっぷりと飾りをつけて、人を動かす演説に専念できるんだよ」
「そういうもんか」
匡輔は武術一筋のような人生を送ってきたがゆえに、政論や軍略といったものには縁がなかった。
その経験の差を、いまこういう形で思い知らされ、改めて精進の必要を知る。
「鍛え方が足りないのは、どうやら僕もだったらしいね……」
情報を集め終えた部隊が帰ってきて、ルクレツィオは待ってましたとばかりに立ち上がり、情報を集合させる。そしてどうやらこの村はまだ、物騒な組織による襲撃には遭っていないのだということも解る。
「それだけ解れば好都合だ。村民をできる限り集めてきたか?」
近場にいた隊員にルクレツィオは尋ね、隊員はそれに対し爽やかに「はい」と返す。早速、ドームから村の広場へ向かったルクレツィオは、村民の集まる広場でマイクを握り、演説を始めた。
「皆様! 今日は拙速な公演にお集まり頂き、深く感謝申し上げます。さて、これからお話しするのは、この村の選択する道についてです。我々の悟性とは……」
演説の中で、ルクレツィオは宗教的な権勢に身を委ねず、各々の良識にスポットライトを当てて村を運営していったほうが良いと助言した。
さらに、集めた情報のなかから村の利点をピックアップしていき、自分達は完全なる村の味方だということを強調していた。
このやり口には匡輔ですら圧倒され、まるでこの場のムードがすべてルクレツィオの掌に収まってしまう錯覚すら覚えた。
わずか20分の短い演説だったが、理路整然とした弁舌力は熱狂的な好評を得る。
かくして、ルクレツィオは南西の村をこの要領で制覇していき、支援という名の受益をつかむ形で、反乱軍の版図を広げていった。
最後の村も無事に巡り終えて、帰路についたときルクレツィオは言う。
「どうだった? 村めぐりをしてみるってのは?」
「なんか、君の演説が凄すぎて他が霞んで見えたなぁ」
「そりゃ重畳だ。俺達も、ここまでやらなきゃいけねえときが来てっからな」
「ああ、僕はようやく、君がとんでもない策士だってわかったよ」
「ハッ。この頭にゃ、ムダに知識を積んだわけじゃねえ。その気になりゃ人心収攬なんざ児戯と同じだからな。そして何もかもが終わる時に、肩で風切って歩いてやがる神様気取りに、俺はこう言ってやるんだ。最後に嗤うのは、俺たちだってな」
あまりにも計算高い策略の末、ルクレツィオは満足げに南西の地を後にした。
次回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。