51 海岸の地獄絵図
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
警備のローテンションが俺とルクレツィオの番となり、俺達は野営地の外に出た。
到着するとそこには、俺達からやや遠く、瓦礫の上に座っている恭子の姿が。
だがその顔は、やはり寂しげであった。
「おーい、恭子ー。もう交代の時間だぞー」
ルクレツィオの呼びかけに気づいたのか、恭子は静かに俺達のほうに歩み寄ってきた。
「どうしたんだ恭子? ――やはり、『事件』のことが忘れられないのか」
「ええ……。やはりあの事件は、私たちにとって特別なものですから……」
「俺にとっちゃあ、ただの忌々しい記憶でしかねえがな……」
「だからと言って、俯いてばかりでは前には進めないだろう?」
今度は後ろから、鎧が月の光に美しく照らされているオドレイが話しかけてきた。
「オドレイさん……」
「はっ。そりゃあ正論だろうけどよ、んな簡単に立ち直れるかっての」
「ところでオドレイも警備の担当だったのか?」
「いや、私は夜通しで中枢部隊の武器の調整を行っている。何せ、中枢部隊だけでも5000人もいるのだ。私だけが調整担当だけではないが、それでも相当時間はかかる」
オドレイの手元に視線を移すと、手の甲や指は汚れていて絆創膏やテープまでされている。
彼女の苦労のほどが、そこから見て取れた。
「次に向かうのは、東に進んだところにあるアミリアであったな? 私もそこまでは同行することになっているから、それまではよろしく」
「あ、ああ……」
どうやら、山野がオドレイに付きまとわれるのも次の街でお終いのようだ。
何だかんだで俺には、あの2人はお似合いに見えたから寂しい気もする。
そうして、俺達が本来の持ち場に着こうとする直前、恭子は次のように忠告した。
「皆さん。私たちは今、シュトラウス家の末裔を必死に探していますが、いっそ見つからないほうがその人たちにとっては幸せなのかもしれません……」
言われてみれば、そうかもしれない。
確かにこの世界は全地域にわたって戦争状態かもしれないが、それを理由に無理矢理争いごとに引きずり込むのは迷惑千万なことだろう。
もっともプリヘーリヤが語った人物は、むしろ「英雄になるぜ!」と言わんばかりに無茶しだす、危なっかしい人物像しか浮かんでこないけど。
◆◆◆◆◆
それから数日後、中枢部隊は二手に分かれた。
トリスタン率いる2000の兵はフセヴォロドグラートに駐留。そして俺達は、オズワルト率いる3000の兵とともにアミリアを目指した。
トリスタンは、瓦礫の撤去作業の指揮をオズワルトから託されたそうだ。
アミリアは隣町だったようで、長めの下り坂を進めば思ったよりすぐに到着した。
だが、そこに見えたのは、非常に悍ましい物体の数々であった。
「う……ちょっとこれは……」
「……これは部長である俺も、見るに堪えない光景だねえ……」
一面、夥しい数の人間や動物の死体、木々などで埋め尽くされていた。
恐らく、海岸線の遥か向こうから流れてついてきたと思われる。
しかも、それらの死体はどれも腐乱しているか白骨状態のどちらか。言わずもがな、木々も海水を浴びて腐れていた。
ちょっと待ってくれよ……。平和な現代日本出身の俺達に、なんてショッキングな光景を見せるんだよ……。
「このアミリアの街から、さらに東方10000キロメートル進んだ所には大陸があるのだ。だが2か月近く前、最大風速400メートルのハイパーハリケーンが突如発生し、その大陸を呑み込んだ」
「それから、その大陸とは全く連絡がついていません。今リーダーが仰った最大風速も推定値ですし、反乱軍の推測では大陸の全生物が死滅したとも」
「俺たちは、デウス・エクス・マキナが引き起こしたと見ているぜ。とても自然現象では発生しねえ産物だからな」
「死者数は、ハリケーン発生時の人口から見て35億人。この砂浜に打ちあがっているのは、氷山の一角に過ぎない」
最大風速400メートルって……全く想像がつかん。
アメリカの極太竜巻も真っ青の数値だってことだけはわかる。
「かつて地球も、地質時代には似た現象が起こったらしいがねえ……」
「俺、正直ついていけないです……」
「なんで、君たちはそんなに淡々と語れるのだい……? そっちのほうが僕には怖いんだけど……」
「……私だって、本当は語りたくありませんよ」
「ご、ごめんね」
悲惨なことが続きすぎて心が麻痺しかけているのか、それとも実感が湧かないのか……。
一方のアミリアの街は、アスファルトの道路を除いて全くの更地状態だった。
というか、こっちの世界に来てから、原型をとどめている都市を見ていないのは気のせいか?
「まるで、大空襲直後みたいだねえ……」
「アミリアは、『真紅の学園都市事件』から数日後に戦闘機型の機械兵による襲撃を受けた。そしてハイパーハリケーンによって発生した大津波で、何もかもが流された」
「フセヴォロドグラートの時もそうだったけど、一定以上の規模の街はその殆どが蹂躙されちまった。――ったく、去年までの平和な日常が、随分遠くに感じられるぜ……」
よく、反乱軍の構成員はこの生き地獄の中を生き抜こうと思えるよな。
俺、もういい加減心が折れてきたんだけど……。
「――なあ、デウス・エクス・マキナを操っている奴は、何が目的で惨たらしい大量虐殺をしているんだ……?」
「確かに、それは俺たちの間でも疑問なんだ。せめて目的さえ分かれば、悲劇を終結させる糸口が見えてくるんだが……」
「統括理事会の意志が絡んでるのは、間違いない」
ルクレツィオの言葉に続くように、オズワルトも自身の見解を述べる。
「恭子ちゃん、俺と一緒に街を建て直さないか。そしてゆくゆくは……」
「えっ。えっと……」
「待つのだ。この私を差し置いて他の女を口説くとは、随分とつれないではないか?」
「あ、そ、そうですねオドレイ様……」
山野の相変わらずの空気の読めなさ、もはや感心するレベルだ。ある意味、ブレが全くない。
至るところ世紀末の世界で、よく女の子を口説く気になるな。
もっともオドレイの目が光っているうちは、その動きは自然に抑制する方向に向かうだろうが。
「無駄足だったかな……。これじゃあ、さすがに生きてる訳ないよね~……」
「可能性はあまりに低いが、希望を見失ってはいけない。我々はやるしかないのだ」
オズワルトの一言によって、ようやく目的の人物探しが始動された。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。