37 アンビリーバブル
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「我らに聖なるお力を!」
トレーニングの疲れが完全にはとれず、体には怠さが残っていた。
しかし言い訳をしても居られない。自分の魔力を制御する能力をつけるため、今日は朝早くから自主練をしていた。
「おっ? 今日はやけに早起きだね、氏景」
「五十嵐先輩……」
早起きは三文の得とは言うが、今朝に限っては三文の損といったところか。
最近では五十嵐先輩の顔が、やたら鬼の面に見えてきて仕方ない。
あと1時間もしたら、また地獄のトレーニングが始まってしまうのか……。
いやいや、我慢我慢。自主練もその後のトレーニングも、全ては自分のためなのだから。
「あ、そういえば報告が1つある。ルクレツィオが今日から復帰するそうだ」
「ルクレツィオが? 本当ですか?」
「君は彼と話したかったそうだね。今、彼は食事中だと思うから会ってみると良いよ」
「ありがとうございます」
「氏景も朝食をしっかり食べて、トレーニングに臨むことだ。カロリー不足で倒れてしまっては本末転倒だからね」
そうか、ルクレツィオが復活したのか。
ようやく、この前のことについて聞ける時がやってきたな。行ってみるか。
◆◆◆◆◆
「おう、救世主。元気してたか?」
「それはこっちのセリフだ」
食事中のルクレツィオの姿は、まさに健康そのもの。
あの村人たちの制裁を受けて傷だらけだった面影は、一切ない。
「救世主、このチーズすげえうめぇぞ。食ってみるか?」
「そうだな。頂こうか」
さすがに自主練で既に、相当腹が減ったな。
ルクレツィオからもらった、この村特産とされるチーズを口にする俺。
――おお、なかなか旨い。ルクレツィオの言う通り、これは結構イケる。
「あ、そういえば村人の様子はあれからどうなった?」
「救世主のあの謎の一撃を受けて、皆3日ぐらい精神虚脱状態に陥っていたぜ。要するに、村の人間全員が抜け殻みてえな感じだった」
「そう、か……」
「が、そいつらが回復すると、俺たちをしごいていたのが嘘のように反省の色を示し始めたんだ」
「え……?」
「ここにある食事も、村の人間が作ってくれたものなんだぜ」
あんなに俺達に罵詈雑言と暴力を浴びせていた村人たちが、反省?
彼らに一体、何が起こったんだ?
「これは憶測だが、あんたの一撃があいつらの目を覚まさせたのかもしんねえ。なあ救世主、あの一撃は一体なんだってんだ?」
「さあ、わからない……」
結局ルクレツィオも、俺の一撃についてはよくわからなかったようだ。
ただ言えるのは、ルクレツィオの言うあの魔法は、俺が自分の意志で発動させたものでは無いということだけだ。
俺自身は、村人たちを傷つける気は毛頭なかったからな。
「なあルクレツィオ。あんたって確か『逃走のスペシャリスト』って呼ばれてたんだよな?」
「ああ……まあそうだな」
「何故あの時、俺を置いて逃げたりしなかったんだ?」
するとルクレツィオはこう答えた。
「救世主、あんたはきっと勘違いしてるぜ。俺は仲間を置いて逃げたりはしねえよ。仲間を安全に、そして失わずに逃げるから『逃走のスペシャリスト』なんだぜ」
「……!」
いや、それだったら何故あの時、俺と一緒にあの場を脱出しようとしなかったんだ?
事実、結果として俺とルクレツィオ、双方が重傷を負うことになってしまったのに。
「それに俺は、村の人間も仲間だと思っている。ほら、どこに逃げる理由があったって言うんだ?」
そうか、彼は「逃げられなかった」わけではない。元から「逃げるつもりがなかった」んだ。
だから俺と一緒に暴行を受けようと、仲間だと思って正面から説得したんだな。
……俺って未熟だな。
救世主などと言われながら、自分のことしか考えてない面がまだ残っている。
ルクレツィオは、自分自身に確たる信条を持って行動してるっていうのに。
「へっ、まあ、まだこれからだ。それにあんたらは俺らと違って、この世界の人間にはない一面を持っているしよ」
「ルクレツィオ……」
「きっと恭子やリーダー、トリスタンにプリヘーリヤ、そしてほかの皆も、あんたらのそんなところを買ってるんじゃねえの?」
そうか、そうなのかもな。
彼ら反乱軍のことだ。俺達の世界よりも、もっと魔法文明が発展した世界から手練れの魔術者を呼び出すことだってできたはずなんだ。
その技術だって、門と言う形で既に手元にはあった。
にもかかわらず、敢えて魔法に対してまるで未熟な俺達『空想世界研究部』を選んだのは、それが理由なのかもしれない。
「ところで、そろそろあんたらのトレーニングの時間じゃねえの? 早く行かねえと更にハードな内容を強いられるかもしんねえぜ?」
おお、ほのかに感動している間にもうこんな時間か。
さっさと朝食を切り上げて、五十嵐先輩の元に向かわないとな。
俺は止まっていた手を動かして、急いで口に食事を運んでいった。
◆◆◆◆◆
「ルクレツィオ、なんでついてきてるんだ?」
「いいじゃねえか。俺もあんたらのトレーニング内容がちょっくら気になってきてよ」
おお、五十嵐先輩のあの地獄特訓を見に行くのか。相当度胸があるな。
見学するのは勝手だが、それが原因で吐き気を催しても俺は知らないぞ?
まあ、ルクレツィオも反乱軍の一員だし、果たして反乱軍と先輩のトレーニングのどちらが過酷か、彼に判定してもらうのもいいかも。
そう思って役場と思われる建物の横を走っていたところ、その前方に目を疑うような光景が広がっていた。
「んん……!?」
そこにいたのは、山野ともう1人は――まさかの女性であった。
その女性の出で立ちは、何時ぞや『空想世界研究部』の部室で見かけた西洋騎士そのもの。
しかもその人は、山野を前にして頬を赤らめていた。
一瞬、てっきり山野がナンパでもしてきたのかと思ったが、そうでもないらしい。
付近に他の人影はない。まさしく2人っきりのツーショット。
その信じがたいシチュエーションに、俺は思わず建物の陰に隠れてしまった。
するとそこで、ルクレツィオから貴重な情報が。
「救世主その2の傍にいるのって、俺たち反乱軍の幹部、オドレイ・ロシュフォールじゃねえか。なんでここに……」
反乱軍の……幹部?
待てよ、ここにいる反乱軍は俺達4人とルクレツィオにトリスタン、恭子にプリヘーリヤのみ。
確かに、なんでそれ以外のメンバーがこの村にいるんだ?
しかし肝心のオドレイは、俺達の存在には気づいていない。
そして次の瞬間、彼女は山野に向かって、天地が引っくり返るような告白をした。
「お、お前のことが好きになってしまった。だから私と……付き合ってくれ」
それはほんの数秒のことだったが、俺とルクレツィオは口をパクパクさせて、その場に唖然と立ち尽くしていた。
次回の執筆者は、鵠っちさんです。