3 デウス・エクス・マキナ
今回の執筆者は、叢鎚雷禍さんです。
俺は、もしかしたらとんでもなく頭の悪いことに巻き込まれているのかもしれない。
「貴方に、世界を救っていただきたい」
もう一度だけ言う。
俺は、とんでもなく頭の悪いことに巻き込まれているのかもしれない。
「悪い、意味がまったくもってわからないんだが……」
「すみません。では、もっとかいつまんで説明しますね」
かいつまむ以前にお前をつまみだしてやろうかと、半ば本気で思ったが、やめておいた。
せっかくの依頼主―――こんなキテレツな部に頼ってくれる、唯一無二かもしれない人物―――を邪険に扱っては、部員仲間たちに何を言われるのかわからない。
猫っ毛で黒縁の眼鏡をかけた少女―――佐藤恭子は、そんな俺の葛藤に気づいた様子は無かった。
「まず、あなたがたが暮らすこの世界とは別にもう一つ………いえ、複数の別世界が存在していると言うことは知っていますか?」
黙ってうなずく。空想世界研究部にとっては釈迦に説法と言える発言だった。俺がどう思っているかは別として。
その後、妙にそわそわしだした彼女に俺は自分の分にと買っておいたサンドイッチを分け与えどうにか落ち着かせてみようとする。
恭子は俺の行為をどう捉えたのか、ぼそりと「貴方しかいない………」と呟いた。
「……私たちの世界には、神様がいるんです」
「……神様?」
「はい。『機械仕掛けの神―――デウス・エクス・マキナ』という電子神が」
聞き慣れない単語がいくつも飛び出してきた。
というか神様? どこぞの新興宗教ですかそれ。
だが、冗談を言っているようには見えず、俺は黙して続きを促すしかない。
「信じていただけるかどうかはわかりません。ですが聞いてください。私たちの世界は、この世界とは比べものにならないほど高度な文明で動いているのです」
「高度な文明………?」
「いわゆる未来都市です」
未来都市―――想像力に自信のない俺には空飛ぶ車や、馬鹿でかいロボットしかイメージできなかった。
今時、神様を信じているやつはとても数少ない。だから現代よりもずっと文明が進んだ世界で神様というのが存在している、という話自体が驚きだ。
俺の疑問を汲み取ったのか、恭子は指を絡めながら、こちらの瞳を覗き込むように言葉を紡ぎ出す。
「デウス・エクス・マキナは文字通り機械仕掛け…………私たちが造り出した機械の器に、神様の魂を模した『人造魂(AI)』をおろしたに過ぎません」
つまり人工的に造られた神、ということだろうか。
ますますわからない。神様がいるなら、なんで俺なんかに頼るのか。
「その神様が………デウス・エクス・マキナが暴走を始めたんですよ。突然」
声のトーンを落とす恭子につられ、俺は口に運びかけてたペットボトルを手元に戻してしまった。
「たくさんの魔導機械兵を従えて、神様は私たちを殺戮し始めたんです」
「だからどうしたいんだ?」
「デウス・エクス・マキナを、倒してもらいたいんです。……いえ正確には神様を暴走させた人を倒してほしい」
曰わく、恭子の世界の機械は、俺たちの世界のそれとは違い電気エネルギーを機械的動作に変換するのではなく、“魔力”と呼ばれるものをエネルギーに見立て機械を駆動させるらしい。
そしてデウス・エクス・マキナもまた同様だった。
デウス・エクス・マキナ――正確にはその器は、魔導機械兵と同じ“魔導アクチュエーター”とかいう部品で動くものらしく、凄まじく強い外的魔力が加われば器のコントロールを奪うのは可能であるという。
つまり、デウス・エクス・マキナを暴走させたと見られる人間は、恐らく人道を逸脱した魔力を持つ『人ならざるヒト』。
しかも魔導機械兵はすべて神様の魂と繋がっているようで、デウス・エクス・マキナのコントロールを奪うことは兵士の掌握と同じなのだ。
もう俺は、恭子の世界がどうなるのかわかってしまった。
「勝てない」と。
口には出さなかったが、俺はそう思った。
俺の目線から悲観的な感情を読んだように、恭子は大丈夫ですと言わんばかりに優しくうなずく。
………どうして目の前の女性は俺を頼る。
『デウス・エクス・マキナを倒せ』とはつまり『とんでもない機械の化け物を壊せ』ということに他ならない。
運動神経なんて平々凡々。毒にも薬にもならない。
機械の化け物どころか、車に轢かれただけで普通に死ぬ。彼女は、この俺に何かを見いだしたと言うのか。
俺の頭の容量が限界に近づくなか、恭子の話はようやく終わりを告げた。
俺の意見は一旦保留にして、彼女の話だけをまとめるとこうなる。
・世界を支配する機械の神が暴走した。
・彼女たちは皆、殺されるかもしれない。
・でも神を暴走させた犯人を倒せば解決するかもしれない。
・自分たちに、是非助けてほしい。
頭を抱えたくなった。
荒唐無稽にもほどがある。
こんなの弱虫の俺じゃなくて、その手のプロである軍隊や自衛隊に頼めよ。
だけど冷静に考えて、どこにでもいるいち高校生のこんなヨタ話、大人たちが信じるハズがない。俺だって現実逃避しかかっていて、ふざけんなと彼女を追い出したい気分である。しかし、俺の一存でどうこうという訳にもいかなかった。
「…………わかった。とりあえず部員を呼ぶから、一旦みんなで話し合おう」
次回の執筆者は、月蝕いくりさんです。