191 止まれ!
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
停止装置という名の複雑なパズルに向かい合い、俺は恭子の指示を受けながらスイッチを慎重に押していく。
「氏景さん、次は右から3番目、上から5番目のスイッチを押してください……」
「ええと……右から3番目……それと、上から5番目……っと」
「はい……大丈夫、です……」
恭子は痛みに耐えながら、声を振り絞って指示を出す。見るからに辛そうな彼女だが、機械の化け物を食い止めようと必死だ。
設計書通りに操作すれば機械仕掛けの神による殺戮が終わる。だが、しくじれば俺達が終わる。
「山野! 右から機械兵が来るぞ!」
「お、おう!」
「オクサナ! 左からも来るぞ!」
「りょーかい!」
装置をいじる間にも、機械兵は俺達を妨害せんとやってくる。いったんは小康状態となったが、あまり時間も経たずに再び現れるようになった。
「ここは機械兵の自動製作装置も近い。だから、倒しても倒しても次から次へと襲いかかってくるのだ」
「ちっ……にしても、こんだけ壊されたら機械兵の材料だって無くなっちまうんじゃねえのか?」
「そうね……戦闘が始まる前、材料の残量を確認したけどほとんど残っていなかった。どこから調達しているのかしら……」
皆の奮闘の末、機械兵の来襲はまた収まるようになった。
機械兵の材料のことも気になる。でも今は機械仕掛けの神を止めるのが優先だ。
スイッチを押す度、全身の筋肉が強張るほど強い緊張感が体中に走る。汗も全然止まらない。
でも汗を拭く余裕なんてない。恭子の声に耳を傾けながら、スイッチを一つ一つ押していこう。
その後もスイッチを押していき、ついに残すところ真ん中の2つだけとなった。だがそこで大きな問題が。
「ど、どういうこと、なの……」
「恭子! スイッチは残り2つだ。どっちを押せばいい?」
「う、氏景さん……も……申し訳、ありません……」
「恭子? どういうことなんだ恭子? 申し訳ない、だなんて……」
「じ……実は、せ……設計書に、最後どちらを押せば良いか……それがか、書かれていないん……です……」
「なんだと!?」
なんということだ。確率は2分の1、どちらが先かさえ分かれば装置は作動する。でもそれが分からないなんて……。
物語だと爆弾の導線が最後に2本だけ残って、どちらを切れば良いか分からないなんてことがよくある。でも現実に俺がそんな場面に遭遇するなんて……。
どうする? どうすればいい? どっちを押したらいいんだ!
「氏景さん……!」
「……恭子?」
「う……氏景さんの……好きなほうを押して、ください……」
「な……こんな場面で何を言ってるんだ恭子。ここで間違ったら……」
「う、氏景さんは……何ですか……? なぜこの世界に……来たんですか……? なぜ私が……あなたを呼んだんですか……。あなたは……”何者”なん、ですか……」
「……!」
俺は”何者”なんだ……?
そんなの決まってる。俺は”救世主”だ。この世界を救うために、俺はこの世界にやってきた。
「私は……氏景さんを……信じてます。だから……氏景さんも……自分を信じて……うっ……!」
「恭子!」
右腕を強く押さえ、苦しみ悶えながら顔をしかめる恭子。それでも目線は頑として俺から離そうとせず、強く訴えかけるものがあった。
恭子は俺にすべてを託した。ならば、それに応えるのが”救世主”じゃないか! やってやるぜ!
「恭子、任せてくれ」
「……はい!」
さて、しかしながら状況は変わっていない。どちらのスイッチを押せばよいか、依然手がかりはゼロ。でも時間制限があるわけじゃない。ここはじっくり考えて、押すべきスイッチを見定めて……
「きゅ、救世主様! 大変です!」
「どうしたんだ?」
反乱軍兵士の1人が慌てた様子で俺達の前に現れる。そして彼の報告に、俺達は愕然とすることになる。
「で……機械仕掛けの神が、上の方から崩れています!」
「なに!?」
機械の化け物が上から崩落? なんでそんなことに?
停止装置はまだ作動していないはず。仮に作動したからって、本体が崩れるなんてことあるはずがない。メンテナンスで長時間止める時のことを考えれば、いちいち本体を崩す意味もないからだ。
「……ねえ、崩落の仕方なんだけど、どんな感じで崩れてきている? 多分、完全に重力任せに崩れているってことはないよね?」
「はあ……。ああ、でも言われてみればある一方向だけが崩れている感じでした。そう、出入口とは正反対の方向に……」
俺はオクサナの質問の意図がわからなかった。それは反乱軍兵士も同じで、とりあえず彼女に正確に状況を伝えようとした感じであった。
なぜ彼女は、機械仕掛けの神がただ崩落しているのではないと気づいたのだろうか?
「なるほど……わかったわ。ありがとう」
「いえ。それでは私は任務に戻って……」
そして報告を終えた兵士が元の場所に戻ろうとすると、後ろから機械兵に不意打ちを仕掛けられ、彼はそのまま呆気なく床に倒れ死亡した。その機械兵はオクサナの魔法ですぐに破壊された。
「救世主氏景。すぐに押すべきスイッチを決断しなさい。どうやら、あたしたちに残された時間は少ないみたいだから」
「え……それはどういう……」
「いいからすぐに押しなさい。ここには怪我人もいる。事情はあとで詳しく説明するわ」
オクサナの強い口調が、切迫した状況を物語っていた。
事情は気になる。だがその前に装置を作動させることが先決だ。迷っている時間は、無い。
「ええい……ままよ!」
俺は勇気を振り絞り、右側のスイッチを勢いよく押した。
根拠はない。俺の直感がそう押すよう告げた。それだけだ。
「止まれ……!」
俺はひたすら念じた。そして叫んだ。
この一押しが世界の命運を決める。その命運が良い方向に働くよう、ひたすら心の中で祈った。
機械兵の残骸と兵士の死体に囲まれた停止装置。不気味な静寂だけが辺りを漂った。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。