19 湯煙
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「たはぁ! 疲れたああ!」
俺たちは、洞窟近くの反乱軍宿舎にいる。
そして今は風呂の時間。共同浴場で皆、今日1日分の疲労回復に努めている。
「山野。うっせぇぞ」
「いやぁ、魔法を覚えるのって、すっげぇ難しいことなんだななんて」
「ああ、そうだな」
洞窟内で魔導石の採掘を終えた後、幸いにも魔物や機械兵には遭遇しなかった。
おかげで、魔法の練習に時間を充てることができたわけなんだが、これがなかなか大変だった。
「まあまあ君たち。魔法と英語って、学習方法は似てるもんなのさ」
「そうなんですか? 部長」
英語~? なんか適当なたとえを出し始めたな、研究狂が。
「英語はさ、俺たちの場合は学校や家で教科書を使って学ぶことはあるじゃん? でも実践練習、すなわち英会話はなかなかやる機会はないわけだろう」
「まあ、確かにそうですね」
「魔法にしたってさ、それ自体はあの部室にある本とかで知っているわけだろう? でもさ、実践練習なんて『地球』ではやりようがなかったわけだろう」
結局、使わなかったら感覚なんて分かりっこないってことか。
もっとも、実践という分野では俺のほうがみんなより一回多いしな。得した気分だ。
「ただ、魔法に頼りすぎないで自分の体を鍛えることを忘れちゃいけないよ。あの時も言ったけど、魔力が枯渇することは想定しないとね」
「わかりました、五十嵐先輩」
まるで、この異世界に最初っから住んでた人みたいに語るな、この集団は。
俺なんかまだ対応できてないとこばっかで、混乱してるってのに。
「よっし、疲れをさらに癒やすために、露天風呂に行こう!」
「は? なんで?」
「こういうところに露天風呂はつきもの。それを楽しまなくちゃ、損ソン!」
面倒くさいな。勝手にやって……、
「救世主その2! のったぜ!」
「おう! 兄弟!」
やれやれ、ルクレツィオまで参加し始めたよ。
というわけで、余計面倒くさくなるからあがろうっと……、
「そして氏景。お前も来るんだ」
「やだよ……って、おわ!」
げ、山野とルクレツィオが俺の腕も強引に引っ張ってやがる。
ちょっちょ、俺を引きずり込むなって!
それに、先輩ズ。にこやかに見てないで助けてくださいよ。
◆◆◆◆◆
「さて救世主その2。作戦決行だ」
「合点承知の助!」
はあ、予想どおり面倒が増えちゃったよ。
こいつら、露天風呂にきたついでに女湯の覗きを敢行しようとしている。
あんたら、モラルはどこいったんだよ、モラルは。
「ということで氏景。この岩の隙間から、中の様子を確認するんだ」
「断……」
「断ったら、あとで百叩きな」
げ、脅しかけてきたよ。
こういう時、素の自分の弱さが露呈してしまう。
俺の眠れる力、なんでこういうシチュエーションに限って眠ったままなんだよ!
「……一瞬だけだぞ」
「よく言った。それでこそ救世主だ」
一般市民がどれだけ楽か、思い知らされるな。
ここは適当なことでも述べて、逃げよっと。
乗り気ではなかった俺だったが、場の雰囲気には逆らえず、岩の隙間を覗いた。
「どうだ? 恭子はどんな感じなんだ?」
俺の報告を今か今かと待ちわびる山野。
しかし、岩の隙間の向こうに見えたのは林だけで、女湯は影も形も無かった。
「……山野。お前には悪いが、女湯は無かったぞ」
「ウッソー?」
「覗けばわかる」
「マジ? ……はぁ、期待外れだ……」
「ま、まあそうだよな。そんなウマい話、あるわけねえよな」
あからさまに落ち込みすぎだ山野。
そして急に真面目になるなルクレツィオ。
さすがに気を落としたのか、2人はしょぼくれて風呂場の隅にしゃがみこんだ。
暴走し過ぎだ、まったく。
しかし「そんなウマい話」が、すぐに眼前の事実として、俺たちの前に出現することになる。
「……え?」
「おおっと?」
実はさっきから、露天風呂の一部は湯煙で視認できない状態が続いていた。
ところがその湯煙が、徐々に晴れ上がってきたのだ。
「………へ?」
「およよ?」
その湯煙の奥には、恭子やプリヘーリヤを始めとした、十数人の女性隊員がお湯に浸かっていた。
一瞬、凍りつく現場。
まさかこの風呂、こんよ……。
「い……、いやああああ!」
「ブフオオオオ!」
女性隊員は次の瞬間、恐らく水に関係する攻撃魔法の数々を、俺たち3人に向かって繰り出し始めた。
俺は突然の展開に、大量のお湯を飲ませられながら、やっとの思いで脱出。
一方のルクレツィオは、混乱状態に陥り岩に激突。
山野に至っては、いやらしい笑みを浮かべながら、底に沈んでいった。
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「いや~、いいもの見ましたな!」
「やっぱり、俺の目に狂いは無かったぜ」
「……帰りてえ」
宿舎の大広間、俺が頭を抱える横で、2人は幻の桃源郷について喜ばしく語っていた。
もう嫌だコイツら。俺はなんでこういう奴と腐れ縁なんだよ?
冗談じゃない。
「やんちゃしすぎですよお三方。ま、これも青春と言われれば、それまでなんですが」
そんな俺たちに、トリスタンが風呂場から上がり言葉をかける。
「はっはっは。すっかり説明を忘れていたな。ここの露天風呂は、土地が狭いおかげで混浴なんだ」
オズワルトよ。その説明、今からじゃスッゴく遅い気がするんすけど。
「お決まりの展開だねえ、晟、氏景。こういうの、いっぺん試してみたかったのかな? 研究部的に」
「違いますよ」
「はい! そうです!」
山野、嬉しそうに言うな。
この価値観の違い、どうにかならないもんかね?
「とにかく今日はもう遅い。早いとこ寝て、明日に備えよう」
五十嵐先輩。
まともなこと言う前に、山野をちゃんと躾とけ。
俺まで巻き込まれる結果になっちまったぞ。
「そうだな。総員、就寝準備だ!」
しかし俺の心の訴えは届くことなく、オズワルトの号令によって全員自分の寝室に入っていったのだった。
次回の執筆者は、アンドロマリウスさんです。