187 罠の先にあったもの
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
格納庫内部は罠の連続だった。
犠牲を減らすため、反乱軍は新造した機械兵を先頭と最後尾に配置し進軍した。
が、先頭の機械兵は最初の罠である地雷を踏んだことによりほとんど破壊され、次のレーザー銃の罠で先遣隊も全滅。
3つ目の罠である自動落下装置で最後尾の機械兵だけが下に落ちて爆破し、4つ目の通路を塞ぐ罠によって反乱軍の陣は2つに分断された。
さらに後方部隊は迂回を強いられたが挙句、妨害電波により通信機器が使えなくなり、その上やっとの思い出合流したものの合流地点で機械兵の伏兵に遭遇。機械兵と罠の数は減らしているが、進むたびに犠牲者は増える一方であった。
「本当に罠ばっかりだねえ……」
「どこかで休憩して恋愛テクの本でも読みたい気分だぜ……」
俺達は休憩できる場所を探し、手近に大きな部屋を見つけ、一旦そこで休憩を兼ねて作戦会議を行った。
「ちっ、昔より罠の数が増えてやがる……。前はこんなに密じゃなかったのに、クソ!」
「まずは現在地を確認しよう。誰か格納庫の設計図を!」
アッキーとサライは設計図の端末とにらめっこしながら、現在地と次に目指す場所を探した。
一方の俺達は休憩場所となっている部屋の内装に着目した。
「なんか魔法陣やルーン文字っぽい模様がいっぱいあるねえ。壁や床にも」
「なんだこの胡散臭い文句は? 『神の御力を信じぬものは、神の力で地獄に落ちる』だってさ」
「こっちには『皆が神に祈れば、かならず科学は発展する』って書いてあるね」
いかにも宗教施設という感じの一室。室内はゆうに500人は入る広い部屋であり、壁の上方には細かい装飾が施された電灯が並んでいた。
もしかすると、ここがマキナ教団の総本山なのか?
「……救世主さん、ちょっとこっち来て」
「オクサナ? どうしたんだ?」
「格納庫に充満する毒ガス、どうやらこの扉の向こうから出ているようだね」
部屋の入口とは反対側、そこにもう一つ大きな扉が。どうやらこの奥にまだ部屋はあるようだ。
そしてオクサナが持っていた計測器も、その扉に近づけるにつれて測定値を徐々に増加させていた。
しかし、セクシーじゃない格好の彼女も珍しい。どの任務でも肌を大いに露出させる彼女も、さすがに毒ガス満載の環境には耐えられなかったか。
「まさか、ガス室がここに?」
「ちょっと成分分析してみるわ。……って、え?」
計測器を持つオクサナが、目玉を飛び出しながら固まった。
「どうしたんだ? オクサナさん」
「このガスの組成……もしかして……」
オクサナは計測器を左手に持ったまま、右手で扉を強引に押し開けた。
「ちょっと、オクサナさん……って、うわ!」
「……やっぱり、そうだったのね」
オクサナが押し開けた扉の先。そこには黒い液体を流しながら倒れる大量の人間の死体があった。
スーツ姿のサラリーマンに制服姿の少女。さらに白衣の研究者に修道服姿のシスターなど、死体は多種多様な人たちで構成されていた。
「うわっ……マスクをしているのに、臭いが中に入って……」
オクサナは毒ガスが大量に漏れ出ないようすぐに扉を閉めた。
「お目汚し失礼。まさか間近でこれほどの死体があるとは思わなかったわ」
「やばい、今夜の夢に出てきそうだ……」
「それと毒ガスと呼ばれている気体の組成、どうやら腐敗ガスね。そして死体のあった部屋の天井には換気扇があった。あれを通じてガスを格納庫じゅうに充満させていたようね」
「どっかで嗅いだような嫌な臭いだと思ったけど、アミリアの海岸に打ち上げられたあれと一緒か!」
「あれと言うな。死んだ人に失礼じゃないか」
死体を物扱いする山野を五十嵐先輩が叱る。
「そして死体の服装からして、理事会や教団の関係者を含め、総本山に避難した人は全員殺害されたようね」
「まさか……だとしたら、理事会本部に逃げた人も皆……?」
「可能性は高いでしょうね。理事会と教団はここ数か月対立状態が続いていた。お互いに殺し合っても不思議じゃない」
「オクサナさん、そうとも限らないと思うねえ。御厨理事長の報告を聞く限り、避難時は理事会も教団も協力し合って避難していたように聞こえるんだがねえ」
「そうだね。そうじゃなきゃ、ここに研究員と修道士の死体が両方あるはずがない」
「いえ、もしかしたら相討ちという可能性も……」
「普段、戦闘は機械任せで武器の扱いは素人のキストリッツ市民が、そう都合よく全員相討ちになったりするのかねえ? 仮になんらかの手段で殺し合ったとしても、あれだけの人数だ、どちらか一方の支持者が何人か生き残ってしかるべきだろうねえ」
「もっと単純に考えよう。ここは機械仕掛けの神の内部、AIが暴走して皆殺しにした可能性のほうが高そうだ」
大量の腐乱死体を見た後でも、侃々諤々の議論を繰り広げる部長達。ただ若干早口なのは、臭いに必死に耐えているからだろうか?
でも機械神が市民を虐殺したという五十嵐先輩の仮説、十分にあり得そうだ。武器の扱いを知らない市民なら、無抵抗で殺されても仕方がない。
「なぜ機械神が市民の虐殺を? この街の住人は、全員が人口削減賛同者のはずでしょう?」
「だからこそ、僕はAIの暴走が原因だと言っているんだよ。合理的な理由なんて他に見つからないからね」
「でもそうなると、なぜ理事会と教団は呉越同舟の状態で格納庫内部に避難したの? 意味が分からないわ」
理事会と教団が仲直りしたなんて話は聞いたことがない。もし関係が修復されていたら、真っ先に俺達に伝わっているはずだからだ。
「……そう言えば、御厨理事長は住民が機械兵と避難している様子を見ていた。理事長、なにかおかしな点には気づきませんでしたか?」
「ふむ、言われてみると、避難中の市民もそうだが指示している側の理事会や教団の関係者も全員怯えたような表情をしていたな。そう、誰かに脅されているような……」
「脅されて、か。市民はともかく、理事会と教団を揃って脅せる存在、それは一つしかない」
「……機械仕掛けの神か」
機械神が自ら自分を支える存在を脅したのか。そして格納庫の中に市民を閉じ込めた挙句、全員を虐殺した。
でも自分を護る存在のはずの支持者を殺せば、自らも破壊の危機に晒される。なぜ機械神はそのような行動を?
「ともかく大量虐殺が行われた以上、機械神は市民をただのお荷物だと判断したようだ。他の市民も生存は絶望的だろう」
「……悔しいけど、そう判断するしかないわね」
防護服の中で俯きながら黙り込む将兵。反乱軍全員に重苦しい空気が流れた。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。