184 スパイ、寝返る
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
「待っていたぞ、反乱軍……!」
俺達を待ち受ける2人の人影。
片方はスーツを来たダンディーな男性。年齢はまもなく還暦と言ったところか。
もう片方は胸の上部が露出したセクシーな服装の女性。ただ、その格好に反して背はやや低く、顔もやや幼い印象を受けた。実際の年齢は俺達とそう変わらないのかもしれない。
「堂々と正面に出てくるとは、統括理事会にも少しは勇気のある奴がいるみてえだな。さあ、勝負だ!」
敵意をむき出しに、珍しく真面目に戦意を見せる山野。オドレイを殺された恨みが積もりに積もったのだろう。
ただ俺は「こいつらを倒したい」という願望より、「あれ見覚えがあるぞ?」という既視感に囚われていた。
男性の顔は、こちらの世界というよりも元の世界で、それも学校で一回だけ見かけた覚えがある。
さらにセクシーな女性に関しては、既視感というよりもその声に聞き覚えがあった。そう、確かあれは聖光真聖会の寺院で――
「山野くん。この人たちは敵ではありません。私達の協力者です」
すると、後ろからトリスタンがニュッと俺達の前に現われ、カトラスを握る山野の手を押さえつけた。
「御厨さん、あれからの首尾はどうなりましたか?」
「御厨さん」……? どこかで聞いた事のあるような――
その瞬間、俺は自分の記憶のデータベースから彼の名前を見つけ、ハッとなった。
「うむ、機械仕掛けの神の格納庫に至る道には機械兵が入ってこられないようハッキングをかけた。解かれるのは時間の問題だが、今から急げば間に合うはずだ」
「そうでしたか。さすが御厨さん、諜報員としてだけでなく工作員の腕前も一流です」
間違いない。この人は、磯別学園高校の理事長でありながら統括理事会のスパイでもある御厨源治郎だ。
キストリッツは統括理事会にとって最後の砦。だから上級幹部と繋がりの深い彼がいることには驚かない。
驚きなのは、トリスタンが御厨理事長とキストリッツをどう攻略するかについて話し合っていることだ。彼は機械仕掛けの神を守る側の人間じゃなかったのか?
「ところで御厨さん、あなたの隣にいるこの女性は?」
「うむ。君達も存在は知っておろう、『幻視の魔道具持ちの女スパイ』を」
「ええ、存じ上げております。……まさか彼女が?」
「そう、その女スパイだ」
「な……!」
俺達は開いた口が塞がらなかった。弾道ミサイルの発射装置を堂々と壊していったあの彼女が、別の姿とはいえ再び俺達の前に現れるとは。まさか彼女も反乱軍の協力者なのだろうか?
すると彼女は手元の四角い端末のボタンを押し、本来の小さな女の子の姿に戻った。
「オクサナ……本当にオクサナなの……?」
「お母さん……今までごめん。お母さんのためだと言い聞かせて、統括理事会なんかに入っちゃって……」
「いいのオクサナ。こうしてまた会えただけで……嬉しくて嬉しくて……。おかえり、オクサナ……」
「うん……ただいま、お母さん」
珍しく1人の母親としての顔を見せるプリヘーリヤ。
そして彼女の小さな胸に飛び込む女スパイ、オクサナ。
2人とも身なりは小さいが、そこには再会を喜ぶ暖かな母娘の姿があった。
「良かったな……プリヘーリヤ、オクサナ……!」
約1年ぶりの母娘の対面に、俺は目頭が熱くなる思いだった。それはきっと、皆も同じなのだろう。
一時は、お互いにもう死んだものと思って過ごしていたはずだ。だからこの世紀末の世界で会えたこと、それはまさに奇跡に他ならなかった。
そんな俺達に、御厨理事長が歩み寄ってきた。
「はじめまして救世主君。いや、お久しぶりかな? 砺波氏景君、そして木山俊君」
「御厨理事長……どうして俺の名前を……?」
「生徒の名前は全員把握している。それが理事長の務めだ。……というのは建前で、本当は深い理由があるのだがね」
「……理事長。再会は嬉しいのですが、まさかあなたがこの世界に深く関わっていたとは。
ならばなぜ、俺に『異世界が実在するかどうかを探ってほしい』なんて言ったんですか? この世界の存在を教えてくれれば、すぐにでも調査にとりかかったものを」
「ふむ、君の疑問はもっともだ。が、我々に立ち止まっている暇はない。街の中心に向かう途中でお話致そう」
御厨理事長とセクシーな女性に続いて、俺達は機械仕掛けの神の格納庫に走って向かった。
◆◆◆◆◆
全て開きっぱなしの自動ドア。完全に下を向いたままのレーザー発射装置。
御厨理事長の言うとおり、キストリッツの防衛システムは完全に作動することなく、俺達は確実に中心部へと近づいていた。
「木山君、先ほどの質問だったが……その答えはズバリ、準備が必要だったからなのだよ」
「準備?」
「反乱軍に空想世界研究部の情報を渡したのはこのわしだ。わしの高校に、興味深い逸材がいるとね。ただ君自身は魔法を実際に扱った経験があるわけではない。そのため、教育体制を整える必要があったのだ。
それに、君だけを単身異世界に呼ぶより、時間をかけて仲間を集めたほうがこの世界が救われる確率は上がるだろう?」
「はい、おかげで氏景をはじめ3人の仲間が部に入りました」
「すなわち、わしの読みは正解だったという訳だ」
ということは、恭子が俺達の元に現れたのは偶然ではなく必然ということか。理事長が部室の場所をリークしていたからこそ、彼女はあのキテレツな部屋を訪れた。
だが、まだ分からないことがある。
「以前部長に、創部当時のエピソードを聞いたことがあります。でも当時、俺はまだ入部どころか磯別学園に入学してすらいなかった。でも恭子は俺が『救世主』たる素質があると知って部室を訪れた。なぜ俺が、というより砺波氏澄の子孫が学園にいると知っていたのでしょうか?」
「ふむ、話せば長くなるが……わしがこの世界に来たのは2年前のこと。当時わしは御厨家の資料を研究しておった時に、突然目の前に異世界の軍人が現れたのだ。それが反乱軍の元リーダー、オズワルト・リーマンだったのだよ」
「オズワルトが理事長の元に?」
「そこでオズワルトから砺波氏澄なる人物の伝記を読ませてもらった。すると、御厨家の資料にある御厨氏澄の逸話と見事に一致しておった。両者は同一人物だったのだ。その時の戦慄は今でも忘れられん」
「そこまでもう判明していたなんて……完全に俺達は理事長の掌で踊っていただけなんですねえ……」
「木山君には申し訳ないことをした。しかし、わしが知っている以外の資料が見つかるかもしれぬと思って頼んだのだ」
御厨理事長は完全に空想世界研究部を自分の目的のために利用していたのか。
本当は悪党じゃないのかと思っていたけど、やっぱこの人は悪党だ。うん、間違いない。
「そして反乱軍に協力すべく、わしは統括理事会に入った。わしとて氏澄の子孫、『救世主』としての力が宿っているかもしれなかったからだ。だが、その期待はあっさり裏切られた」
「裏切られた?」
「砺波君と違い、わしの能力は常に不完全にしか発動しなかった。わしは諜報員、暗殺の危機にもよく遭遇したが、負傷こそ免れるものの戦闘力は全く向上しなかった」
「俺と同じ氏澄の子孫なのに、能力にそんな違いが……」
「これでは機械仕掛けの神に全く立ち向かえぬ。そう思ったわしは、資料を懸命に当たりながら氏澄の子孫がほかにいないかを探った。そして砺波君の存在を知ったのだ」
「俺の存在を?」
「幸いにして砺波君は同じ街の住人。そこでわしは方々に手を回し、君が磯別学園に入学するよう仕向けたのだ」
「え、じゃあまさか向明泉高校の落第は理事長が……?」
「うむ。とはいっても、わしが手を回すまでもなく合格ラインには届いておらんかったようだが」
結局、俺の点数が高かろうと低かろうと磯別学園への入学は確定事項だったのか。
理事長に手を回されていたのも悔しいが、入試の点数が純粋に届いていなかったことを知ってさらに悔しい。
でも全ては宿命だったのかもしれない。オズワルトが御厨理事長の元を訪れたその時から――
「さて、わしの話はここまでだ。どうやらハッキングが徐々に破られておるようだ」
御厨理事長が話を切り上げると、ビルが立ち並ぶ街の官庁街に機械兵がうじゃうじゃと集結していた。
敵の中枢は近い。俺達は気勢を上げて戦闘行動を開始した。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。