182 公国と機械神のその後
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
「シュトラウス公国は救世主の妻が経てた国ということもあって繁栄したものじゃ。小国じゃったが、製造業、金融業、観光業、そして情報産業が発達し、当時は世界一裕福な国じゃった」
「昔の資料も見てみたが、まさに世界の中心って感じだったな。そんな国だったら商売も楽しかっただろうよ」
「エルネスタとその息子オットーが在位中の時は平和なものじゃった。特に反乱やクーデターもなかったしのう。じゃが、エルネスタの孫ルートヴィヒの即位から暫くして、シュトラウス公国は滅亡の時を迎えた」
往時の公国の繁栄ぶりを語るアリス。しかしその先には、これまた唐突な結末が用意されていた。
「……は? え、なんで? 急過ぎじゃね?」
山野がそう言いたくなる気持ちもわかる。俺もその展開に一瞬キョトンとなったからだ。
しかし恭子は重苦しい口調で滅亡のきっかけとなるキーワードを口にした。
「第一次大陸大戦……ですね」
「そうじゃ」
「第一次大陸大戦?」
「大陸東部と西部で魔導石鉱山を巡って戦争になったってアレか。鉱脈に恵まれた公国は中立を宣言し、機械兵を駆使して東側軍、西側軍の両方から国を守っていたそうだが」
そんな大きな戦争があったのか。資源を巡って戦争というのは古今東西よくある話だが、機械兵と能力平均化装置のおかげで戦争は抑え込まれていたんじゃないのか?
「公国は戦闘においては外国軍を圧倒しました。当時の公国軍は前線だけでなく後方支援もほとんど機械兵が占め、人間は戦場に出ることなく大戦中も平和を謳歌していました」
「あの頃は統括理事会と組んで、大量の機械兵を使って大戦の鎮圧化を図ったものじゃのう。おかげで東西両軍が敗北した戦も数知れずじゃ」
「そんな有利な状態だったのに、なんで公国は滅んだんだ? 意味がわからないぞ」
「実は統括理事会に東側軍の内通者がおってのう。わらわがある依頼で公国領におらんかった時、その内通者が機械仕掛けの神を突如停止させ、統括理事会を掌握。理事会内部で大粛清が行われる一方、東側軍はキストリッツを陥落させた」
「内通者……そんな奴がいたのか。どうしようもない奴はどの国にもいるもんだな」
「しかし、その内通者タダ者じゃないねえ。機械神を停止させる力を持つ人間は当時から少なかったのだろう? 何者なんだろうねえ?」
確かに、機械神を停止させるにはまず機械神に触れる必要がある。
しかし機械神に触れることができる人間はごくわずか。統括理事会が血眼になって探していたことから、それは本当だろう。
だからこそシュトラウス公爵家の末裔たる恭子が、キストリッツ攻略の要になるわけだが……。
「公爵家の分家の人間だと伺っています。領主たる地位につけない自分の立場を悔やみ、東側軍に内通して統括理事会を掌握し、公爵家を公国領から追放して世界を治める立場に立ちたかった。そう伝わっています」
「彼奴の爵位継承順位は限りなく低かったからのう。それは間違いあるまい」
公爵家の分家の人間か。だったら問題はないか。
……あれ? よくよく考えれば、俺も公爵家と血統的には繋がっているよな?
でも統括理事会は、「機械兵に直接触れることのできる人間」としては俺を招くことはしなかった。
エーリッキは俺を脅して引き込もうとしたが、それはあくまで前線戦力としての勧誘だった。
「キストリッツ攻略後、当時の大公ルートヴィヒは父オットーともに殺され、子どもは行方不明となりました。以後、公爵家の名は史料から消えます」
「もっとも、内通者も陥落後すぐに殺されたそうじゃがのう。それからの統括理事会とマキナ教団は聖光真聖会と袂を分かち、わらわは自分の作った組織と対峙せざるをえなくなってしもうた」
「聖光真聖会と理事会の因縁はその頃からあったものなのか……」
「でもよぉ、公国の東にはヨルギオスのおっさんの先祖が治める街があったんだろう? そいつらは公国の滅亡に何も手を打たなかったのかよ?」
「打たなかったというより、打てなかったというほうが正確じゃのう。キストリッツ陥落は、内通者が公爵父子を殺害してからわずか3日後のことじゃ」
「進軍ルートもペトラスポリスではなくガニアンブール経由でしたね……」
「陥落後にペトラスポリスを訪れたが、当時のエグザルコプロス子爵の悔しがりようは相当なものでのう。公爵家の生き残りを安全に亡命させるべく奮闘したそうじゃ。亡命は秘密裏に行ったから史料には残っておらぬが」
「なるほど……エルネスタの血は絶えたわけじゃなかったのか」
そして公爵家直系の血は恭子に受け継がれているということか。
しかし、一度はキストリッツを追放された一族の末裔が機械仕掛けの神の調整員として統括理事会に入るとは皮肉な話だ。
もっとも、恭子は理事会参入当初から反乱軍に属していたから、彼女にとってこの戦争は復讐戦なのかもしれないな。
「しかし、わかったことが一つある。機械仕掛けの神のどこかに強制停止用の仕掛けはある。そこを抑えれば、この虐殺劇は終わりを告げるということだ」
「……ああ! 確かに!」
「でも、強制停止用の仕掛けなんて元調整員の私ですら知らなかったことです。機械兵やインフラが停止しないよう、機械仕掛けの神のメンテナンスは常に部分的にしか行われてきませんでしたから」
部長の気づきはまさにその通り。だが、恭子ですら存在を知らない仕掛けをどう作動させるつもりなのか。
「けど、アッキーさんとサライさんはメインシステムの管理室に入ったことがあるのだろう? その時、強制停止用の仕掛けは見かけなかったかい?」
「いや、見てねえな。それに今思うと、あの部屋はダミーの管理室だったかもしれねえ。爆発後も機械の化け物に異常が出なかったところを見ると、あれが管理室だとはどうも思えねえ」
「もしくは、停止の仕掛けは目に見えるものじゃなく、呪文で作動する目に見えないものかもしれないね。物理的に触れるなら、外部の人間が勝手に停止させることもできちゃうわけだから」
「ううん……どうにか、それが書かれた資料を探すことは出来ないものだろうか……」
「あるとしても、キストリッツ攻略を進める中での捜索になりそうですね」
戦闘行動をとりながらの捜索活動か。資料が燃えたり破れたりしないよう、細心の注意を払って行動しないとな。
交渉上手なルクレツィオさえいたら、それも上手くいきそうなのだがな……。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。