181 世界大戦のその後
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
手記が公開されたその日の晩。ヴァレイダム管理所の所長室では、俺や恭子、そしてアッキーなどごく一部の人間だけが集められ、アリスを囲うように彼女の話を聞いていた。
「まず手記の最後に書いておった戦いじゃが、ソティリオスとタデウシュはその鉱山で戦死した」
「やはりか……」
「誤算じゃったわ。戦力では此方が上じゃったが、敵に腕の良い魔導狙撃手がいてのう。彼奴の一撃で2人は死に、指揮官を失った部隊は敗走。結局、鉱山の奪還は暫く見送らざるをえなかったのじゃ」
「敵さんにとってはラッキーだったろうよ。軍事の天才ソティリオス、まともに戦えば勝ち目はねえ。だが、絶対的な大黒柱だった奴が死んで機械神支持派の兵は臆病風に吹かれたわけだ。そいつらを散らすなんざ訳なかっただろうぜ」
「その通り。2人が死んでからわらわと氏澄が陣頭指揮に当たったが、そこから暫く苦戦続きじゃった。まずトラボクライナ共和国の首都リウニーナが陥落し、敵側の傀儡政府が成立。一部の国民はペトラスポリスに逃れて亡命政府を作った」
「亡命政府!? じゃあ、トラボクライナは実質滅亡したってことか……」
「さらに翌日には、西の要衝であったガニアンブールが陥落。キストリッツとペトラスポリスは孤立したのじゃ」
アリスは昔の地図を机の上に映像として映しながら、俺達に詳しい戦況を語った。
ソティリオスは策を講じて支持国を20か国まで増やしたが、それらはどれもキストリッツやペトラスポリスから遠い国ばかり。
さらに、アルバートル共和国とキストリッツは実質ガニアンブールのみを通じて繋がっている。ここが落ちては、機械神は敵に包囲されたも同然ということである。
「もちろん、此方も手をこまねいていただけではない。氏澄の指示で、機械兵自動製作装置と並ぶ機械仕掛けの神の秘密兵器、能力平均化装置を作動させたのじゃ」
「能力平均化装置……」
「機械仕掛けの神の存在意義を考えれば、むしろ此方が本命。高い魔力を持つ敵兵の力を強引に押し下げることで、戦力低下を狙ったのじゃ」
「さすが、よく考えたな。でもそれなら最初から作動させれば良かったものを……」
「開戦当初はまだテスト段階で検証が済んでおらんかった。お主らとて、臨床試験をしていない薬など服用したくないじゃろう? それと一緒じゃ」
「あ、なるほど……」
つまり見切り発車での始動だったということか。
マキナの理想を実現する装置、まさか戦争の道具になるとは彼も思わなかったことだろう。氏澄だって内心悔しかったに違いない。
「とは申せ、この装置が直接敵を倒すわけではない。当然勢いに乗った敵軍は大挙してキストリッツに攻め寄せた。ペトラスポリスの戦の教訓からか、敵は各国の精鋭部隊を集中投下し、一気に機械神を破壊しようと目論んだ。一方で此方はわらわと氏澄以外に有力な軍事指揮官もおらず、ユスティナは夫とソティリオスの死を受け憔悴。最大の苦境に立たされたのじゃ」
「なんか敗北のニオイがプンプンしてくるね。でも現実には機械神は今もなお健在。どうやってこの危機を脱したのかな?」
「わらわとて大規模な会戦には慣れておらぬ。そこで、やはり機械仕掛けの神の演算に頼ったのじゃ」
「そうなりますよね……。それで結果は?」
「これもなかなか酷なものでのう。氏澄が単騎で突撃し、続いて機械兵が掃討するという内容じゃった。機械兵ではなく司令官に一番槍を任せるというのが、なんとも無謀な演算でのう」
「それは本当に酷ですね……。例の能力があると言っても、失敗すれば支持派は崩壊。機械仕掛けの神も相当切羽詰まっていたのでしょうか……」
「さすがのわらわも気になり、氏澄に持てるだけの魔導石を持たせ出撃させたのじゃ。魔力枯渇を少しでも遅らせられればと思ってのう。じゃが、奴の覚醒は凄まじかった。
アリスもただ氏澄を出撃させただけでなかったのは安心した。
彼女としても氏澄に頼らざるを得ない状況だったのだろう。冷酷一辺倒ではない彼女の一面を見た気がした。
「魔導石のおかげで力を増幅したのか、前線部隊ごと敵の前線司令官を一撃で討ち取ったかといえば、機械兵と協調して補給部隊をも壊滅させ、3日後にはガニアンブールを奪還したのじゃ」
「た、たった3日で奪還? すごい戦いぶりだったんだろうけど……気になるな」
「支援もなく滅亡寸前だった支持派じゃったが、一気に士気が復活。敵も精鋭部隊を丸ごと失い、能力平均化装置による貴族の弱体化も進み、戦況は一気に此方に傾いた。貴族層の暴政と重税に反発する市民によるクーデターや革命も世界中で相次いだしのう」
「ソティリオスは死んだが、死後も彼の策がアリスや氏澄を助けたということか」
「それから1年後、破壊作戦の参加国は全て降伏。氏澄は『救世主』としての名をほしいままにし、機械仕掛けの神は世界を統べる神となったのじゃ」
そして150年以上経ち、氏澄の名声が俺を『救世主』として祀り上げるきっかけになった。
でも、彼の感情や性格を考えると、『救世主』として歓迎を受けても彼の気分が晴れることはなかっただろうな……。結局、大事な人はほとんど守れなかったわけだから……。
「あれ? 機械兵の自動製作装置は結局どうなったんだ?」
「実は鉱山が落ちたのが大戦末期でのう、装置は大戦中に完成することはなかった。完成は終戦後数か月が経ってからじゃ」
「歴史書では、装置によって作られた大量の機械兵が世界の治安維持を担うようになったみたいですね。そして人類が前線に立つことはほぼ無くなったと」
「さらに大戦の反省を受けて、機械神と機械兵を運用する組織『統括理事会』とその有用性を説く『マキナ教団』を設立した。法と思想の両面で治安を守ろうと試みたのじゃ」
「けど、そうして作り上げた世界平和システムが今になって牙を向くとはな。世の中ってのは、つくづくよくわからないものだぜ」
「おかげで機械兵の暴走を止めるのも、異世界の人に依頼しなきゃならなくなったからね~」
そこで白羽の矢が立ったのが俺達ということか。
最初はなんで縁もゆかりもない無い異世界の事情に首を突っ込まなきゃいけないんだと思っていたが、先祖が異世界に残した功績の大きさを考えれば俺が呼ばれるのは当然だったんだな。
ただ、そのシステムが疲弊しツケが回りつつある。それを払うのが俺の役目なのだろう。
「そして14年の歳月が経ち、氏澄と成人したエルネスタは結婚。2人の間には双子の男子が生まれたのじゃ」
「ほうほう……ん? 待てよ、そうなると氏景とシュトラウス公爵家って……親戚、ってことになるよな?」
「女狂いの晟にしては勘が鋭いのう。その通りじゃ」
「マジか! じゃあフセヴォロドグラートでお前を統括理事会につき出せば、アイツらの資料をガッポガッポ貰えたってことじゃねえか!」
「今更何言ってんだ山野。それに、友達を簡単に売るなよ」
「いやー悪い悪い。つい思いついちゃってさ」
冗談だと誤魔化そうとしているが、山野の目つきが一瞬本気だったのは見逃さなかったぞ。後で覚えてろよ、山野。
「しかし、ほどなくして氏澄と奴の長男が失踪。夫が消えたエルネスタは寂しい日々を送ったそうじゃ」
「マジか! 女の子を置いてきぼりにするなんて、なんてひでえ男だ!」
「友達を売ろうとしたお前が言うな」
「その寂しさを紛らわそうと、彼女は政治活動に邁進。キストリッツやガニアンブールの周辺地域の領有権を獲得し、シュトラウス公国を建国したのじゃ」
シュトラウス公国建国の詳細な経緯はこれで把握した。その後、公国が辿った運命とは如何に――
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。