174 エーリッキの最期
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
日本国東京、総理大臣官邸。
閣議を終えた総理大臣や各省の大臣が官邸の外に現れる。
その様子を、近くの木陰から見つめる1人の少年――エーリッキ・ヒルトゥネンがいた。他の異世界と同様、『門』を使って侵入したのだ。
そして彼の銃口は、やはり視線の先の総理大臣や国務大臣らに向けられていた。
「やれやれ、可哀そうに……。自国の少年1人のせいで、その命を散らす羽目になるなんて」
安全装置を外し、照準を大臣の頭に合わせ、引き金に人差し指をかける。
「ま、恨むなら砺波氏景くんを恨むことだよ。じゃあね……」
そしてついに引き金は引かれ……ることはなかった。一発の銃声とともに、エーリッキの右手から銃が木の下に落ちた。
「か、かはっ……?」
左脇腹から激痛と温かい液体が流れる感触が走る。脇腹を抑えていた左手を見ると、そこには真っ赤な鮮血。
エーリッキは後ろから何者かに撃たれたのだった。
「あ……あははは……もしかして、バレちゃった……のかなあ……」
官邸の警備隊にでも撃たれたのだろうか。せめて誰が撃ったのかを自分の目で確かめるべく、エーリッキは後ろの木に目をやった。
するとそこには、信じられない人物が銃を構えていた。
「げ……源治郎、さん……?」
「少々やりすぎてしまったようだな……エーリッキ」
エーリッキを撃った人物、それは理事会スパイの御厨源治郎であった。
源治郎は極めて冷静で、しかしながら険しい表情でエーリッキを見つめていた。
「な、なんで……あなたがここ、に……?」
「わしはスパイだ。諜報活動に便利だからと、お前と同型の『門』を持っていた。それを使ってお前を追いかけただけの話だ」
「……おっかしいな~……。だからって、なんで……僕を止めるん、だい……? げ……源治郎さんはり……理事会の人間、だよ、ね……?」
「冥土の土産に説明したいところだが、生憎と警備隊がこちらに迫っておる。真相はわしが死んでから話そう」
源治郎の言う通り、官邸周辺は銃声を受けて護衛のSPが集まり、警備隊員も銃声の主を探すべく大勢が木陰や柵の外に展開する。
このまま留まってしまっては、テロ事件の犯人として源治郎も射殺されかねない。
「では、さらばだ。地獄で自分の部下や虐殺した世界の民の制裁をせいぜい味わうことだ」
そして源治郎は、持っていた銃でエーリッキに大量の銃弾を浴びせ、『門』で官邸から脱出した。
◆◆◆◆◆
異世界『ギーメル』、ヴァレイダムの反乱軍野営地。
総司令官補佐官のトリスタンの部屋に御厨源治郎はいた。
「……なるほど、よくわかりました。とりあえず救世主にさらなる十字架を負わせることが無くなってなによりでした」
「まあ、反乱軍からの指示が無くとも、理事会の上層部と機械仕掛けの神はエーリッキの暗殺は既に決定しており、わしがその任につくことになっておった。これも因果というものだ」
理事会のスパイであるはずの源治郎。なぜ彼が反乱軍のナンバー2と言うべきトリスタンと口を聞いているのか。それは――
「が、さすがの理事会もわしが反乱軍のスパイだとは気づかなかったようだがね」
「ええ。おかげで反乱軍の偽情報をあなた経由で理事会に伝えることができ、優位に戦えるようになりました」
「構わぬよ。なにしろ砺波君の存在を反乱軍に教えたのは他ならぬわしだ。だから責任を取ったまでのこと」
そう、御厨源治郎の正体は反乱軍のスパイであった。理事会に反乱軍の偽情報や反乱軍に有利となる情報を渡す傍ら、反乱軍に理事会の情報をリークしていたのだ。
「しかし、なぜ理事会はエーリッキの暗殺を決定したのでしょうか?」
「理由は2つある。一つは人口削減計画に関係ない異世界を巻き込んで余計な反感を買わないためだ。単に異世界に渡って殺人を犯すだけならともかく、それを犯行声明として反乱軍に送りつけた。
反乱軍に対する大きな脅しとなると踏んだようだが、人手がとにかく欲しい今の反乱軍に、他の異世界から支援者を大量に呼び寄せる口実を与えてしまうからだ」
「確かに、ヴァレイダムの戦いで理事会も戦力の大半を失いましたからね。反乱軍もですが、理事会も戦力の立て直しに迫られているということですか。それで2つ目は?」
「2つ目は、権力闘争だな。理事会と教団が戦争状態に入る前、エーリッキは部下や同僚を大量粛清して権力を一手に握るようになった。決定的だったのはフセヴォロド・ネステレンコ執務官の粛清。これで武力以外で彼の暴走を止められる人物がいなくなってしまった。だからわしが始末した」
「そうでしたか……。結局、エーリッキは自分の力と策に溺れ、味方に見限られてしまったと」
「自業自得、実に因果なものよ」
「しかし、あなたも上手くやりますね。反乱軍のスパイと知られれば、あなたとてエーリッキと同じ運命を辿ることになる。一体どうやって、その危険を回避してきたのですかな?」
源治郎の渡っている橋はかなり危ないものであった。味方を装いつつ、敵対勢力に自勢力の情報を垂れ流す。一歩ミスを犯せば、源治郎も理事会の誰かに始末されかねない立場にあった。
「はっはっは。それは"協力者"がいたからだ」
「"協力者"?」
「トリスタンも知っておろう。"幻視の魔道具持ちの女スパイ"のことを」
意外な人物の名前にトリスタンは目を丸くした。
「なぜ彼女が? 確か聖光真聖会の弾道ミサイルの発射装置を破壊しようとした人というのは存じ上げているのですが。……まさか、彼女があなたの協力者?」
トリスタンは恐る恐る源治郎に尋ねた。すると、源治郎は静かに首を縦に振った。
「察しがいいな。そう、彼女がわしの協力者だ」
「な、そんな……。それが本当なら、彼女は本当は反乱軍の支援者ということになりますが」
「左様。弾道ミサイルの発射装置も、それがダミーで本当の発射装置を見つけたにもかかわらず、敢えてダミーの方を破壊した。理事会に睨まれないようにな」
驚愕の真実にトリスタンは少々取り乱し、気分を落ちつけるために眼鏡を拭いて自分の顔に再びかけた。
「……それが事実なら、是非とも伝えたい人物がいます。実はその女スパイには母親がいまして……」
「知っておる。プリヘーリヤ・アズレトヴナ・カスタルスカヤ、であろう?」
「……ご存知でしたか」
「女スパイ――オクサナは理事会にスパイとして潜入した後も、母親のことをいつも気にかけておった。最初は彼女も母親はもう死んだものだとして理事会に復讐を誓っていたのだが、母親が生きていると知って、母を安心させるために理事会の壊滅を狙うようになったのだ」
「しかしそれならば、一緒に反乱軍に入ったほうが良かったのでは? 『真紅の学園都市事件』直後は我々の勢力も小さかったものですが、母親の身を案じるならば一緒に行動したほうが良かったのでは……」
「残念ながら、母親の安否がわかった頃にはオクサナはもう理事会の人間として行動しておった。だからこそその立場を利用して、わしと共に理事会の内部情報を探るようになったのだ。
わしらは一蓮托生での。わしに反逆者の疑いがかかった時はオクサナが助け、逆にオクサナに疑いがかかればわしが全力で庇う。そうするうちに仲良くなったのだよ」
源治郎もオクサナも理事会に対する忠誠心は嘘であったが、2人の絆は本物であったようだ。
反乱軍に協力していることが判明した"幻視の魔道具持ちの女スパイ"。それでも源治郎は「真実を明かすのはもう少し待ってもらいたい」と話す。
「これから反乱軍はいよいよキストリッツに進攻するのであろう。その時、わしとオクサナは反逆の狼煙を上げる。そこでわしら直々に真実を語らせてもらいたい」
「……わかりました。本人から伝えたほうが信用しやすいですから」
「かたじけない。ではわしは理事会を追い詰める最後の工作を仕掛けることにしよう」
そう言って源治郎は、『門』を使って異世界経由でキストリッツに戻ったのだった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。