173 反省、そして告白
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
恭子はヴァレイダムの反乱軍拠点に戻っていた。
拠点に戻ってからの彼女は、廊下をとぼとぼと力なく歩き、すれ違いざまに挨拶する他の兵士にも全く気付かない様子であった。
恭子はショックを受けていた。
氏景は同じ反乱軍でも自分のことを殊更気にかけてくれていた。他の人の言動や行為には厳しいツッコミを入れる彼も、恭子に対しては優しく、そして温かく接してくれた。
そのうち、彼女に氏景に対する好意が芽生えた。"救世主"としてではなく、一人の男性として。彼女自身、エーリッキの犯行声明を聞くまでそれが恋愛感情だったとは気づかなかったが、アヤノへの嫉妬心は間違いなくその感情から来たものであった。
だからこそ、アヤノの子どもが想いを寄せる少年の種でできていたことに、深い悲しみと悔しさを覚えていた。
(バカですね、私……。アヤノさんが氏景さんに何度もアプローチを仕掛けているのは明らかだったのに……何も手を打たず、奪われるのは当たり前です。そう……当たり前……)
氏景と同じく、恭子もまた自分を責めていた。
よくよく考えれば、アヤノは聖光真聖会の巫女であり、聖光真聖会は人口削減に対抗するべく反乱軍兵士と子どもを作っている。
だから氏景――さらには山野や匡輔、俊なども――がアヤノや他の巫女と子作りに励んでいても、なんら不思議はない。
彼は無力で"救世主"として成果を上げられない自分に常に悩まされ、それでも"救世主"として自分の価値を見出そうともがいていた。
そこにアヤノから「子作りこそ世界を救う道」などと説かれれば、応じてしまうのも無理はない。
理屈ではわかっている。だが一人の少女として、心では納得できずにいた。
「……あっ……あああああああああああっ!!」
恭子は叫んだ。人目も憚らず、腹の底から絶叫した。ダムにいる反乱軍全員に聞こえる大きな声で。
当然、周囲の兵士は恭子をギョッと注目した。普段は控えめで滅多に大声なんて出さない彼女が、珍しく叫んだものだから「何があったのか?」と感じずにはいられなかった。
それは反乱軍の前線指揮官であるサライも同じであった。
「恭子!? どうかしたのかい? どこか痛むのかい?」
「さ……サライさん……サライさあああああん!」
恭子はサライの胸に泣きながら飛びついた。
突然のことにサライは戸惑い、周囲の目を気にしながら彼女を自分の部屋へと連れていった。
◆◆◆◆◆
「そ、そうかい。氏景くんがアヤノちゃんをね……」
「もう、どうしたらいいかわからなくて……」
サライは恭子から事の顛末を聞いた。
するとサライは、恭子が胸に飛びついた時とは違った意味で戸惑いを見せた。
実際、サライも氏景達と同様に聖光真聖会の巫女と子作りをしていた。
そんな自分が恭子の悩みを聞いて、その解決方法を口にする資格があるのか。サライは悩んだ。
「"救世主"として彼を選んだのは私の責任です……。でも彼は"力"は持っていても、それを上手く使いこなすことができなかった。なのに重責を次々と負わせ、彼を潰してしまった」
「……」
「アヤノさんの件だけではありません。彼の初任務である農村防衛や、アミリア近郊での食糧調達もそうです。私が彼をちゃんとサポートできなかったから、自分を責め続け反乱軍を辞めてしまった。
さらに例の大津波や、ヨルギオスさんの死、それに伴うクロリス・イオカスタ姉妹からの拒絶……私が過剰な期待をしたばかりに、彼は二度も反乱軍を抜けることになってしまった。彼の気持ちがアヤノさんに傾くのも仕方ないです……」
「いや……それについては、僕達にも責任があるよ。彼はかの砺波氏澄の子孫であり、測り知れない魔力を秘めている。期待するなという方が難しいけど、僕達はそれに甘えてしまった。だから彼を救世主としては見ても、一人の少年と見ることをしなかった」
「でも、私の感情は……この嫉妬心はきっと、氏景さんに対してではないと思います。これはきっと、アヤノさんに対して、です……」
「アヤノちゃんに対して? どういうことだい?」
「私はアヤノさんを親友だと思っていました。実際、母同士が同郷で、ファーストネームも豊瑞皇国由来。だからこそ組織は違っても、友人であり仲間なのだと思っていました。
ですが、氏景さんは子どもを作る相手として私ではなくアヤノさんを選んだ。状況は切迫しており、アヤノさんには神託と使命がありましたが、だからこそ『ずるい』と思ってしまったのです。だって私にはそんなものなかったから……」
「そうだったのか……」
「アヤノさんの訃報を聞いて、彼は彼女のために激昂してくれました。だからこそ、私がもし死んだ時に彼が同じように私のことを嘆き悲しんでくれるのかと思うと、自身が無くなってしまって……」
恭子は胸の内を洗いざらいサライに明かした。
氏景は自身の無力さを嘆き苦しんでいたが、彼女もまたそんな思いを氏景にさせてしまったことを後悔していた。
だが一人の少女として、氏景への思い入れはアヤノにも絶対に負けない、負けてはならないという意気込みがあった。
自分に責任があるという"現実"と、アヤノへの嫉妬心という"感情"。この狭間で恭子は苦しんでいた。
そんな彼女の想いを酌んで、サライが導き出した答えとは……
「だったら恭子に出来ることはただ一つ。氏景くんに自分の想いの強さを伝えるだけだよ」
「……思いの強さを……伝える?」
「君は氏景くんへの思い入れは誰よりも強いのだろう? だったらそれを本人に伝えて、想いの強さを行動に変えて証明する。難しいことだけど、それが正しい道だと僕は思う」
「ですが……私は、彼から逃げてしまいました。自分の……醜い感情から逃れたくて、彼の元を……!」
「それを言い出したら氏景くんも同じだよ。彼は自分の重責に耐え切れず一度は逃げ出してしまった。それでも今の彼は、周りの助けもあって自分の責任から必死に逃げまいと奮闘している。だからちゃんと謝って、自分の想いをしっかり伝えれば彼は君の想いを受け入れてくれる。僕はそう信じてるよ」
「ですが……」
「大丈夫、僕がついていってあげるから。僕と君は仲間、だからね」
「……はい」
サライに励まされ、彼と一緒に部屋を出る恭子。
そして彼女は氏景の元に戻ると、頭を下げて謝罪した。
「きょ、恭子……?」
「氏景さん……先ほどは逃げ出して申し訳ありません。私はアヤノさんへの嫉妬とあなたを十分にサポートできなかった罪の意識から逃げてしまった。でもこれだけは言えます。私のあなたに対する想いはアヤノさんにも負けません。ですから……」
恭子は氏景の唇に自分の唇をくっつけてキスをした。
「な、ななななななな……!?」
「ですから……幸せを築きましょう。私と一緒に……」
「え、ちょ、ちょちょちょちょっと……?」
「アヤノさんはもういませんが、彼女の想いと共に私のことを大事にしていただけないでしょうか……?}
氏景は恭子の大胆な行動に、どぎまぎして言葉を口にすることができなかった。
キス自体はアヤノとも交わしていたが、恭子とのそれは非常に重い意味を持ったものであった。
一方で、恭子も我に返って急に恥ずかしくなったのか、氏景に背を向けてその場をスタスタと早歩きで去っていった。
「良かったね。氏景くん……恭子」
周囲の人間も度肝を抜かれて口をパクパクするなか、サライは1人その様子を微笑みながら見守ったのであった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。