172 修羅場
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
せめてものお詫びに、反乱軍に寺院の警備強化をお願いした。
エーリッキを放置すれば、巫女や部員全員の子どもにも危害が及ぶ。もはや俺とアヤノだけの問題ではなかった。
だが、反乱軍からの回答は「気持ちは分かるが応じかねる」といったものであった。
「くそ……やっぱダメだったか」
「まあ、反乱軍の現状を考えればしかたないねえ……」
反乱軍とて万全の体勢とは言い難かった。
機械兵の大軍を撃破しヴァレイダムを占拠できたものの、反乱軍の被害は戦死者20万人と甚大。そのため、援軍が来るまでは理事会の機械兵からダムを護ることを最優先としていた。
援軍到着まで約1か月。しかし援軍が来ると言っても、全兵力をキストリッツ攻略に充てることは出来ない。他の支配地域も守らなければならないからだ。そんな状況で、寺院の守衛兵を増やすのは大変難しいことであった。
打ちひしがれる俺達。そして翌日、ある映像が反乱軍に届くことになる。
◆◆◆◆◆
アヤノの訃報が届いてから2日後。俺達の端末にある映像が送信された。
そこには赤い椅子に社長座りで座っているエーリッキの姿があった。そして映像が始まってすぐ、彼の『犯行声明』と『犯行予告』が始まった。
『やあ、反乱軍の皆。統括理事会幹部、エーリッキ・ヒルトゥネン執務官だ。寺院で僕が巫女を始末した件はどうだったかい? 驚いただろう? 特に僕がどうやって巫女長室に侵入したかが凄い疑問だろうね。
だから、ここでタネ明かしをしてあげるよ。そのタネというのが、この『門』だ。これを使って、僕は異世界経由でキストリッツからあの寺院に扉や窓を破ることなく侵入できたんだ。
この『門』は通常版と違って、あらゆる世界のあらゆる地点に自由に移動できるシロモノだ。つまり今の僕はこの世界の――いや、あらゆる世界のあらゆる地点に自由に移動して、暗殺を行なうことができる。
守衛兵を増やしても無駄だよ。防衛網の盲点にテレポートし、そこから狙撃してトンズラするだけだから。だから反乱軍の幹部なんて始末しようと思えば、いつどこにいようとも始末できる。ちょうどここに首が並べられた異世界の国家権力者、武装組織のリーダーと同じようにね』
そういって映像の視点が下に移ると、エーリッキの足元に20人分以上はある生首が映し出された。俺達はこの光景に思わず目を覆った。
『救世主の砺波氏景くん、お前も見ているだろう? この映像を。この殺された指導者がいた国家や組織は絶賛混乱状態。内戦が起きた国もあるらしいね。
氏景くんもこれ以上キストリッツに近づくと、君のいた世界の指導者を殺さなければならなくなる。そうなると、この世界を救うのと引き換えに、自分の生まれ育った世界が恐怖と混乱に震えることになる。果たしてこの責任、お前に負いきれるかな?』
くそ……! 異世界に自由に往復出来ることを利用して、俺達の世界を人質にとりやがって!
人口調整に飽き足らず、異世界でも殺人を犯すなんて……とても『許せない』という一言なんかじゃ言い表せない鬼畜の所業だ。
『まあ、自分の女も子どもも救えなかった『エセ救世主』に責任感があるとも思えないけどね。この映像を見ている間に、お仲間がまた1人死んでるかもね。
せいぜいその場で自分の無力さと無責任さに苦しんでいるといいよ。あーはっはっはっは! じゃあね』
映像はエーリッキが俺を見下し罵る発言をしたところで終った。
最後の発言は、俺がこの世界に来てから、いや来る前から何度も痛感させられた内容だ。だが改めて何度も復唱されると、やはり心に鋭く突き刺さる。
だが恭子は俺以上に、彼の最後の発言に打ちひしがれていた。
「氏景さん……女ってなんですか? 子どもってなんですか?」
「きょ、恭子……?」
「もう一度聞きます……。氏景さん……女ってなんですか? 子どもってなんですか?」
「う……そ、それはだな……」
アヤノが殺されたと知った時から、こうなる予感はあった。アヤノと子作りしたことがバレれば、恭子は必ず俺をきつく問い詰めるだろうと。特にアヤノは恭子の親友であり、一方で恭子を慕っているはずの俺は恭子を裏切ってしまった。
だから今の今まで口に出せずにいたが、エーリッキの犯行声明はそれをあっさりとバラシてしまった。
もちろん、子作りは他の部員もやっていたことだったが、むしろそのために彼らも弁解しづらく俺に対するフォローは一切無かった。
「まさか、アヤノさんが妊娠していたのは知っていましたが、その子どもが氏景さんのだったなんて……」
「……すまなかった! 俺はアヤノに説得され、彼女と寺の巫女と……!」
「いえ、氏景さんの思い人はアヤノさんだった。それだけのことです。ええ……それだけのことです……」
「恭子……?」
「さ……さようなら!」
彼女は大量の涙をこぼしながら、走ってその場を後にした。
「う、氏景。大丈夫、か……?」
「……いいんだ。アヤノを抱いた時から、こうなることは分かっていたんだ。自分が蒔いた種だ、自業自得。俺は自分の責務も果たせない最低のスケコマシ男だ」
「……いや、僕達の責任でもあるよ。僕達が弁解すれば、少しは恭子も理解してくれるかもしれなかったのに……」
ひたすら自分を責める人ばかり。重く暗い空気が俺達をいつまでも包み続けていた。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。