171 復讐の決意
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
「アヤノが殺された!?」
ヴァレイダム占領後、態勢の立て直しを図っていた反乱軍と『空想世界研究部』に衝撃が走った。
フリューゲルスベルク近くの大寺院にいたはずのアヤノが、巫女長室で他殺体で見つかったというのだ。
この知らせに、彼女を知るメンバーはショックを隠せず狼狽えた。
「そ、そんな……なぜアヤノさんが?」
「まさか機械兵が殺ったっていうのか!? 許せねえ!」
「いや、それはないはずだよ。大寺院とその周辺は反乱軍の勢力圏。制空権もこちらが握ってるから、機械兵が来れるはずはない。なのになんで……」
「スパイがいたか、内部で裏切り者が出た以外には考えられないねえ……」
部長の言う通り、理事会の人間が今の寺院で殺人を犯すにはスパイを忍び込ませるか、裏切り者を利用するしかない。
以前にも"幻視の魔道具持ちの女スパイ"――オクサナの侵入を許しており、前科もある。
だが、アヤノ殺害の報せを届けたアリスは「違う」と首を横に振り、持っていた端末の映像を俺達に見せた。
「アリスさん、これは?」
「巫女長室の防犯カメラの映像じゃ。ここにアヤノを殺めた奴が映っておる」
防犯カメラか……。宗教施設とは言っても、やはりそこは近未来の世界といったところか。
それとはともかく、彼女に見せてもらった映像にはあまりに意外な人物と信じられない現象が記録されていた。
「え、エーリッキ……?」
映像の右側に移る蒼髪の少年、エーリッキ・ヒルトゥネン。フリューゲルスベルクの理事会施設に出入りしていたとは聞いていたが、まさか寺院に侵入してたとは。
しかも映像をよく見ると、彼は巫女長室に瞬間移動で入ったように見えた。
「『ムーヴ』で侵入したのか? 廊下の護衛兵は何をやっていたんだ!」
「いえ……『ムーヴ』は移動開始地点と到着地点の間に障害物があると使えない魔法です。だから扉をすり抜けて部屋に入るなんて不可能なはずです……」
「確かに、巫女長室の扉は閉まったままのようだね……」
『ムーヴ』を使ったのでなければ、どうやって部屋の中に侵入したのだろうか?
そして映像を進めると、アヤノと会話するエーリッキの左手に見慣れた小さな機械が見えてきた。
「これ……『門』だよな? なぜ、エーリッキがこれを?」
『門』、確か俺達がこの世界に来るときに恭子が使っていた道具だ。まさかこれを使って巫女長室に侵入したのか?
でもこの機械、異世界のある特定地点にしかテレポートできなかったはず。この方法は考えにくいか……。
だがエーリッキはアヤノ殺害後、左手の『門』を操作し部屋から一瞬で姿を消した。
「目を覆いたくなる映像だったねえ……」
「くそ! なんでアヤノちゃんが銃で撃ち殺されなきゃなんねえんだ! 理事会め……オドレイもアヤノちゃんも殺しやがって! 絶対にぶっ潰してやる!」
今回ばかりは山野に同意だ。そもそも彼女の腹には俺の子どもが宿っていたんだ。
それをエーリッキは情け容赦なく胎児ごと彼女を殺した。絶対に許すものか! 許してなるものか! 絶対に!!
俺は血が出るほど拳を強く握りしめて復讐を誓った。
「しかし、この映像には不可解な点があるのも事実だね。第一、異世界の特定地点にしか行けない『門』を使って部屋を出たところで、この世界に戻るには巫女長室に戻るしかない。アヤノが殺されれば巫女や反乱軍兵士による捜査が入り、エーリッキが戻れる状況ではなくなる」
「そうじゃのう。実際にエーリッキとやらが消えた後すぐに護衛兵が室内に入ってきておる。奴が戻ってこようものなら、護衛兵が即射殺するじゃろうのう」
「まさか、今もどこかの異世界にエーリッキが?」
「可能性としてはなくはないですね……」
そう言えば、エーリッキは以前にも教団の元・修道士ミクローシュを一切の躊躇なく殺害した前科がある。
そんな危険な殺人鬼を他の世界にのさばらせるわけにはいかない! すぐにでも奴を倒しに行かないと!
「恭子! すぐに『門』を出してくれ! エーリッキをこの手で叩き殺しに行く! だから『門』を……!」
「お、落ち着いてください氏景さん! 私の『門』は氏景さんの学校にしか通じていません! 今、氏景さんがここを離れたらヴァレイダムを守れなくなります!」
「ダムがどうしたって言うんだ。エーリッキを殺らないと、他の世界が……!」
「氏景さん!」
その瞬間、俺の左の頬に衝撃と痛みが走った。
「……!」
「冷静さを失ってどうするのですか! キストリッツはもう目の前なのですよ? エーリッキの殺人は許しがたい犯罪ですが、今ここを離れたらそれこそ理事会の虐殺は止まりませんよ!」
小さいながらも力の籠った強烈な一撃。恭子が右手で俺の顔にビンタを食らわせたのだ。
「そうだよ氏景。僕達の目的はあくまで機械仕掛けの神の討伐。エーリッキの件は気がかりだけど、だからこそその目的を果たさなければいけない」
「悔しいけど、今の俺達じゃどうすることもできないからねえ……。できることをやって前進するしかないよ」
俺は、俺はなんて無力なんだ。いや、他の皆も無力さを感じているのかもしれない。他の異世界のどこかで行われている殺戮を止められないもどかしさを……。
だからこそ、恭子はビンタしてでも俺を全力で止めたのかもしれない。
彼女だって本当はエーリッキの猟奇的行為を止めたいはずだ。でも、現状それは許されない。他の異世界に行ってしまえば、この世界の人間を救えないからだ。
「すまない……」
俺はただ謝ることしかできなかった。そして自分の無力さと見通しの甘さを悔いることしかできなかった。恭子やアリス、部員の皆――そして無念にも殺されたアヤノに対して。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。