170 『門』を使った暗殺
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
キストリッツの統括理事会本部。そこの粛清部屋で1人の男が殺されようとしていた。
「……結局あなたも無能だったってことだね、フセヴォロドさん」
「……言い訳はすまい。我は東方の重要拠点を3つも失った身。理事会には不要な人材であろう」
「そうかい……。フセヴォロドさんには僕を理事会幹部にしてくれた恩があるから助けようとも思ったけど、覚悟を決めたなら仕方ないね」
エーリッキの右手の銃口が、フセヴォロドの額にピタリとつけられる。
フセヴォロドも両腕と両脚を電子制御の金属の輪で縛られ、観念したとばかりに瞼を閉じ、最期の時を迎える覚悟を固めていた。
フリューゲルスベルクに続きペトラスポリス、そしてヴァレイダムを失陥した統括理事会。
機械兵も300体以上を失い、反乱軍の快進撃は続くばかり。恩人ではあるが、エーリッキとしてもフセヴォロドに責任を取らせずにはいられなかった。
「じゃあ、フセヴォロドさん。さようなら――」
そして一発の銃声とともに体は床に斃れ、フセヴォロド・ネステレンコは理事会幹部としてその生涯に幕を閉じたのであった。
「ヒルトゥネン執務官……本当によろしかったのでしょうか? ネステレンコ執務官は大粛清の後に残った数少ない幹部。殺してしまっては、他に有力な幹部はいなくなりますが」
「何を言ってるんだい? 統括理事会の理事長はあくまで機械仕掛けの神。彼の役に立たない人間なんて存在する意味がないんだよ。違うかい?」
エーリッキの言葉に、彼の部下は黙らざるを得なくなる。そして同時に、全員が「これ以上この少年に従って利はあるのだろうか?」と考えるようになっていた。
近しい身内ですら下手を打てば無慈悲に処刑。つまり自分達もミスを犯せば、即死亡に繋がる。
だが、それを口にしたところで結局は粛清。相討ち覚悟で襲えばエーリッキを倒せるが、自分も結局は死ぬ羽目になる。部下は反逆の狼煙を挙げられずにいた。
「そういえば、ついに面白いものを手に入れることができたんだよ」
一方で、エーリッキは懐からある小さな電子機器を取り出した。
「執務官、それは?」
「ある世界から別の世界へと移動できる道具『門』。これまでごく一部の理事会関係者か、その脱退者しか持っていなかったけど、大粛清による道具の没収を経て入手できたんだ」
「しかし、『門』を扱えるのはごく一部の人間のみ。異世界に逃れた人間などわずかですし、使う意味もないのでは?」
「まあ、単純に異世界に渡るだけならそうだろうね。でも、これは異世界同士を往復できる道具。しかも今回入手した『門』は特殊で、異世界の好きな場所に移動できるシロモノなんだ」
「そう言えば、普通の『門』は特定の地点しか行き来できないものでしたな」
「そう。だからその機能を使って実行することにしたんだ。--暗殺をね」
エーリッキが理事会の劣勢を覆すために考えた作戦、それは暗殺であった。
「なっ、暗殺ですと!?」
「好きな異世界同士の好きな地点を往復できる。つまり、異世界経由でこの世界の好きな場所にワープできるってことだよね」
「まあ、そうですが……」
「一般的な転移魔法『ムーブ』よりも時間はかかるけど、これで反乱軍やその協力者の幹部をいつでも不意打ちで抹殺できる。ねえ、すごくない?」
部下たちは戦慄した。
もともと反乱軍は中枢を除いて兵役経験のない一般市民の集まり。すなわち、指揮官を抹殺すれば統率を失い瓦解する。そうすれば、人口削減を邪魔する一大勢力が消滅することとなる。
「後は、無関係の市民を殺して暗殺の恐怖を世界中に与えるのも楽しそうだよね」
「……」
エーリッキは『門』と右手の銃を見ながら、恍惚の笑みを浮かべた。少年は大量虐殺に喜びを覚えるほどの人格破綻者に成り下がっていた。
「さて手始めに……聖光真聖会の巫女長の暗殺で練習するとしようか」
エーリッキは『門』を始動させ、理事会本部から姿を消した。
◆◆◆◆◆
聖光真聖会の大寺院。反乱軍兵士が防衛に当たって以来、巫女達は彼らとの交わりを楽しむ日々を送っていた。
初期こそ航空型機械兵の空襲を受けることが多かったが、反乱軍が新造した機械兵が到着した後は空襲はめっきり減少。安息が保たれていた。
その巫女長の部屋で、アヤノ・サリシオン・ディストールは掃除をしていた。
巫女長自身は子作りには参加していなかったが、儀式と巫女の体調の管理に勤しみ、部屋を開けている時間も珍しくない。
この時も部屋にいたのはアヤノ1人。機械兵による数々の襲撃で寺院は破壊されたが、せめて巫女長の帰還を気持ちよく迎えられるよう彼女は清掃に励んでいた。
「ふふ、少しお腹も大きくなってきましたね。あと数か月でこの子を産むことになるのですね……」
掃除の傍ら、アヤノは自分のお腹をやさしくさすった。
彼女にとっては初めての子どもであり、無事出産となれば巫女長からのお役目を果たしたことになる。そのため、彼女は出産の日を待ち遠しく感じるようになっていた。
だがこの後、魔の手が襲い掛かることを彼女は知らなかった。
「やあ。掃除頑張っているかい」
雑巾を手に窓を拭き始めると、後ろから爽やかな少年の声が聞こえた。
アヤノはその声に反応し、後ろをチラっと振り返った。
「あなたは……?」
「反乱軍の兵士の1人さ。名乗るほどの者じゃないよ。ちょっと巫女長の警備にあたってくれって上官に頼まれてさ」
そこにいたのは、反乱軍兵士を名乗る青い髪の少年。
窓の外の晴れやかな景色と同じように、心地よい笑顔を振りまいていた。
一方、アヤノは再び窓の方を向いて拭き掃除を再開した。
「それはどうも、お疲れさまです。まだ汚い部屋ですが、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな……」
アヤノは蒼髪の少年のことを少しも疑わなかった。
反乱軍は主力部隊こそ白と赤の制服に身を包んでいたが、寺院を守る兵士は新参者ばかりであり、制服の配給が届いていなかった。
そのため、彼女は少年が反乱軍兵士だと自己紹介をしても、特段疑問に感じることはなかった。
どのみち、人間は殺される側であってあくまで敵は機械兵。その思い込みが彼女を安心させていた。
だが、それは大いなる油断であった。
「――ぐはっ!?」
次の瞬間、アヤノの腹から赤い液体が勢いよく飛び出し、窓ガラスが割れる音がした。
腹に手を当てて確認すると、それは真っ赤な自分の鮮血であった。
そう、銃弾がアヤノの腹部を通過したのだ。
「……まったく、聖光真聖会の巫女とあろう方がこんなザマではいけないね」
犯人は、反乱軍兵士を名乗る少年――エーリッキ・ヒルトゥネンであった。
そしてエーリッキはトドメとばかりに、撃てるだけの銃弾をアヤノに浴びせた。
「……さて、巫女長は殺せなかったが、良い練習にはなった。今度は誰を狙おうかなあ」
『門』を片手に部屋から異世界に転移するエーリッキ。残されたのは、腹を抱えたまま血塗れになったアヤノの死体だけであった――
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。