168 再び脱退
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
「ここにいたのか……」
俺はクロリスとイオカスタを追って、城の地下室の扉に到着した。
2人は年齢が若いということもあり、反乱軍の戦闘中は野営地に匿われており、そこにいるのが当たり前だと思っていたが、今日ばかりは違っていた。
やはり、一族の故郷であるこの街に強い思い入れがあるのは間違いない。
しかし俺と姉妹のわだかまりは解けていない。2人は俺の顔を見るなり、そっぽを向いて無視した。
護衛の兵士も総司令官であるはずの俺に敵意むき出しで銃を構えた。
「いくら総司令官といえど、2人に近づくことは罷りなりません。早々にお立ち退きください」
「そういう訳にはいかない。ここには俺達にとって重要な資料が隠されているんだ」
「だったら別にあなたが来る必要はないでしょう。お二方に任せて、あなたは大人しく野営地に引っ込んでなさい」
「俺は総司令官として、その様子を見届ける義務が……」
さらに言葉を続けようとしたが、バァンと銃声が鳴り俺の言葉はそこでぶった切られた。
幸い威嚇射撃だったようで体には傷がつかなかったが、銃弾は俺の顔の真横を通過し後ろの階段に当たった。
姉妹に蛇蝎のごとく嫌われているのは承知している。が、武力行使をされるとは思わなかった。
彼女達にとっては反乱軍がどうの世界がどうのより、俺と会いたくないという感情を優先しているようだ。
「――そんなにアタシとイオカスタに許してもらいたい?」
「その通りだ。でも……どうしたらいいんだ? どうしたら俺を許してくれるんだ?」
「だったら、反乱軍を辞めて。アンタには"救世主"を名乗る資格なんてないわ。さっさと元の世界に帰ることね」
「なっ……ここまできて、そういうわけにはいかないだろ!? 機械仕掛けの神のすぐ近くまで来ているのに、それを倒さずに元の世界に帰る気はない!」
「――本当に倒せると思っているのですか? あなたはお父様も、オズワルトさんも、ルクレツィオさんも、オドレイさんも、身近な人を守れなかった。そんな人の言うことなんて信用できない……」
「……っ!」
そんなことは分かってる。俺は身近な人を守れないクズな男だ。他人より突出したチカラを持っているのに、それを活かせないダメな男だ。
だが面と向かって言われると、心にグサッと刺さる。そして守れなかった4人の顔が、走馬灯のように蘇ってさらに俺を苦しめる。
だがここで引き下がっては、いよいよ彼女達との和解は絶望的になる。どうすればいい? どうすれば……
――「出来ないなら甘えていいし、仲間に頼っててもいい、迷惑をかけようとも、裏切ろうとも、善だろうとも悪だろうとも一歩進んで欲しいんだ」
そんな時、サライのあの言葉が脳裏で再生された。
身近な4人をみすみす失った以上、穢れなき善人のままでいることはできない。たとえどれほど身を汚そうと、機械仕掛けの神を倒せればそれでいい。
俺は決心した。
「……わかった。俺は反乱軍を辞める。その代わり、ソティリオスの事が書かれた書類を恭子とトリスタンに渡してほしい。それだけだ」
そして俺は扉の前から去った。
クロリスとイオカスタの闇をこれ以上深くする訳にはいかない。だったら大人しく俺が身を引くことで、目的を達成できれば良い。それで機械の怪物に打ち勝つ方法を知れるのなら、迷う必要などないのだ。
◆◆◆◆◆
「な、反乱軍を辞めるって?」
「何を言うのですか氏景さん! あなたが反乱軍を辞めたら、誰が機械仕掛けの神を倒すのですか!」
俺が反乱軍に対する辞意を示すと、恭子やトリスタンをはじめ大半の構成員は猛反対した。
自信を失ったことで1度は反乱軍から去った身。その上、せっかく復帰してのに数か月でまた辞めるとあっては、皆が反対するのも無理はない。
だが前回と違い、自信喪失で辞めるわけじゃない。むしろ「転進」を前提とした前向きな辞意であった。
「反乱軍は辞めますが、機械兵との戦いまで止めるわけじゃありません。反乱軍でなくとも、俺は皆に協力して戦います」
「でも、機械兵と戦うならやっぱり反乱軍にいたほうがいいよ~? 皆のサポートも受けやすいし。なんで辞める必要があるの~?」
「今まで俺はクロリスとイオカスタの信頼を裏切り続けてきた。これ以上裏切ったら、彼女達はもう俺達を信用しなくなる。彼女達の信頼を回復するためにも、「反乱軍を辞める」という要求に応えることにしたんだ」
「なら、総司令官は誰がやるというのですか? "救世主"が総司令官になったから軍内の混乱も収まったのに、その"救世主"が辞めたらまた皆に混乱と動揺が……!」
「だから、新しい総司令官はアッキーさんがやるべきだと思います」
「あ? 俺だと?」
「アッキーさんは物怖じしないし、指示は的確だし、威厳はあるし、総司令官にピッタリだと思います。なにより『かつての救世主』という実績もありますからね」
「ちょっと氏景君。総司令官は今や70万人の兵の命を預かっているんだ。それを簡単に辞めると言われても納得できないよ」
「むしろ70万の兵を守るためにも、俺は今日反乱軍を辞めます。アッキーさんは皆を守るのに相応しい才能を持っている。残念ながら俺はその資質に欠けてますが、それ以外の部分で反乱軍の皆を助けられればと思います」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に粛々と答えていけば、彼らも俺の脱退を認めるに違いない。なにより、クロリスとイオカスタとのわだかまりを持ったまま進軍を続けるのは得策ではないからな。
「……テメェがそう決めたんなら仕方ねぇ。俺は総司令官を引き継ぐ」
「……! お願いします」
「アッキー……本当にいいのかい? 氏景君、本当に反乱軍を辞めちゃうんだよ?」
「ああそうだな。だから氏景、ツラを貸せ」
俺はアッキーの呼びかけに応じた。そして拳を振り上げ、俺の顔面を突然殴り飛ばした。
「ぶほっ……!」
俺は力を受け流せず、殴られた勢いそのままに床に倒れた。
「あ、アッキーさん!」
「相談なしに総司令官を辞めた罰だ。俺は前向きな覚悟で反乱軍に来たのに、テメェは俺と70万の将兵の期待を裏切った。それは許さねえ」
「……」
「が、テメェに後ろ向きの覚悟をさせた小娘どもの言い分も気に入らねえ。アイツらにはあとで俺から喝を入れてやる。……さっさと行け」
そしてその夜、俺は正式に辞表を提出。その日のうちに荷物を畳んで反乱軍の野営地を後にしようと入口の扉に手をかけた。
すると、『空想世界研究部』の部員全員が俺の元に現れた。
「氏景、ちょっといいか?」
どうやら俺と話し合いたいことがあるらしい。反乱軍を離れる前に、俺は皆とこれからについての相談を始めた。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。