166 罪悪感
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
寺院からフリューゲルスベルクに戻る途中のこと。
荒涼な砂漠とかした道のりを歩いていると、能天気な山野が普段は見せない暗い顔を見せていた。
寺院にいるときはこの世の天国を謳歌していたにも関わらず、である。
「おい、山野どうしたんだ? なんかいつものお前らしくないな。いつもは何も考えずに人生を楽しんでいるお前がそんな顔するなよ」
「……あ、ああ氏景。今なんて?」
「だから、いつもの清々しいシリアスブレーカーの山野じゃないなって言ったんだよ」
「……そうだな。そうかもしれないな」
普段なら「いやいや人生楽しんでナンボの俺が落ち込んでるわけないだろ」とでも反論しそうなのに、うわの空で俺の発言も話半分にしか聞いていない。
そう言えば、寺院で子作りに協力していたときもどこか元気が空回りしていたな。享楽的な生活に興じる反面、休憩中は他人の見てないところでベッドの上で顔を俯かせていたりしてた。
「実はオドレイのことを考えていたんだ」
「オドレイのことを?」
「氏景も見てただろ? 俺に積極的にアプローチを仕掛けるオドレイを。さすがの俺も逆ナンには慣れてなかったから、彼女からのボディタッチを『しつこい』と感じてしまうこともあったんだ」
「山野……お前がそんな風に感じてたなんて意外だな。てっきり嫌がっているのはポーズだけかと」
「俺だって節度を求めたい時ぐらいあるんだよ。それはさておいて……そのオドレイはもういない。この世のどこにもな。自分と同じ種族のために行動しながら、俺に猛アタックを仕掛ける騎士の女なんてアイツぐらいしかいないのに……。今となってはアイツのボディタッチが恋しくて仕方ねえんだよ……」
オドレイは珍しく山野を好いた女であった。その一方で、加工技師として働きながら、サキュバスやドワーフの差別撤廃と自立を目指して活動する精力的な女性でもあった。
だが津波はそんな彼女の命も意志も両方奪った。彼女の死は、反乱軍随一のムードメーカーである山野の心に傷を負わせたようだった。
「寺の巫女も確かに俺に猛アタックを仕掛けてはくる。だから俺もオドレイを失った寂しさを紛らわすためにあの子らを抱き続けたが、なんか違う。オドレイには恋愛感情があったが、寺の巫女にはそれが感じられねえ」
「確かに、寺の巫女は遺伝子を残すだの人類の滅亡阻止だのの名目が無かったら、ここまで俺達を歓迎したかも怪しいからな……」
「むしろ、アイツが死んだにも関わらず、日を置かずに新しい女と交わることが許されんのかって思うと、日に日に罪悪感が募ってな……。確かに人類の滅亡阻止は大事だし、その為に俺達がこの世界にいるのは分かってる。でも、俺の心が納得しねえんだ」
「山野……」
「今更だが、俺は1人の男としてアイツの好意を受け止めてあげるべきだった。そうしなかったせいで、後悔が、止まらねえんだ……」
寺院でアヤノに子作りをねだられた時は積極的な素振りを見せた山野が、裏でこんなことを考えてたなんてな……。
俺も恭子を失ったら、コイツと同じことに……いやいや、そんな状況にさせてたまるか! 山野と同じ悲しみを繰り返すなんて愚かな真似はさせない。意地でもな。
だが俺に、恭子を好きでいつづける資格などあるだろうか? アヤノら寺の巫女に既に手をつけた後のこの俺に……。
「そこのナンパ野郎のガキ。テメェまで俺の前でウジウジしてんじゃねえ! 見てるとイラつくんだよ」
「あ、アッキーさん……?」
「ちょっとアッキー、親しい女の子が死んだら寂しくのは当然じゃないか。それを責めるなんて……」
「悲しむなとは言わねえ。泣くなとも言わねえ。だがな、もうあの加工技師の女は戻ってはこねえんだ! それをいつまでも引きずってんじゃねえ!」
「……!」
「あの女が死んじまった以上、残されたテメェがやることはなんだ? アイツの遺志を受け継ぐことだろーが」
「……」
「あの女は、いつもバカみてえに笑って、バカなことを考えて、バカばっかりやってるテメェが好きなんじゃねえのか? それを罪悪感だかなんだか知らねえが、勝手にテメェの都合でやめてんじゃねえよ。どうしてもイジけたかったら、サキュバスとドワーフの自立と繁栄に成功してからにしろ。あの女もそれを望んでるはずだ」
アッキーが山野をしきりに叱咤する。クヨクヨしている人間が嫌いな彼にとって、今の山野はストレスの温床だったようだ。
それでも山野は返事を返せずにいたが、アッキーの一喝が彼を立ち直らせてくれると願いたい。
俺達にとっても、シリアスブレーカーの山野がクヨクヨ悩んでいるのはどこか調子が狂う。一日も早く、バカをやって場を和ませる山野が戻ってきてほしいものだ。
フリューゲルスベルクに戻ってきてからのこと。
俺達が寺院からの帰還と偵察状況を報告(さすがに寺院での子作りはトリスタンだけにこっそり伝えたが)する場で、山野は次のように宣言した。
「俺、オドレイのやってきた少数種族の保護運動を引き継ぐ。バカで能天気な俺に出来るかわからねえが、出来る限りのことはやるぜ!」
オドレイの遺志を受け継ぐと決意を新たにした山野。口調こそ軽いが、力強さを併せ持った彼の宣言に反乱軍の皆からは拍手が沸き起こった。
過去を変えることは出来ない。だが未来を作ることは出来る。山野の宣言で、俺達はその真理を再び噛み締めることになった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。