162 機械仕掛けの破滅
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
今回の話で電磁パルスのことが出てきますが、実際の危険に対する警戒の意味を込めて作品に登場させています。
ペトラスポリス城の西から襲い掛かる山の大津波。城の10倍以上はあろう高さの水の塊に反乱軍は狼狽えた。
「バカな……! ハイパーハリケーンも発生していないのに、なぜあんな津波が内陸で……!」
「慌てるな! これから航空型機械兵を飛ばす! それに全員乗り込むのだ!」
オズワルトの指示で反乱軍の機械兵がすぐに屋上に到着。兵士達は我先にと機械兵の内部に駆け込んでいく。そうするうちにも水の塊は猛スピードでペトラスポリスに迫ってくる。
「リーダー! 全員、搭乗しました!」
「よし! ただちに上空へ飛べ! 空中で山の津波をかわすぞ!」
幸い、攻略戦の主担当は機械兵と陸上戦艦だったため兵員は500人と多くなく、搭乗完了に時間はかからなかった。
そしてオズワルトの指示によって機械兵は一斉に上空へと飛び立った。
「ふう……一時はどうなることかと思ってたけど、今回は上手く避難できたな……」
「おうよ! この山野晟、同じミスは繰り返さない男だぜ!」
「別に晟が避難指示を出したわけじゃないけどね」
「でも上空への避難は的確な判断でした。あのまま城にいれば、全員呑み込まれていたでしょうから」
水の塊はまだ来ていなかったが、無事逃げおおせたことでほっと息をつく俺達。
機械兵の中はぎゅうぎゅう詰めで狭かったが、周囲には安堵の表情が広がっていた。
しかしアヤノの神託にあった『大いなる青い塊』、まさか津波だったなんてな……。だが『神に反逆する者を滅ぼす』という部分は何とか回避できたようだ。
「けど、陸上戦艦は街に置きっぱなしだねえ……。もったいないねえ……」
「そうだ! ヨルギオスさんの棺の中が置きっぱなしに……!」
「諦めようよ……。ヨルギオスくんのことは残念だけど、みんなの命には代えられないから……」
「申し訳ございません、クロリス様、イオカスタ様……」
「ふん……どうせこんな世界じゃ、棺に入れただけでも幸せってものよ。お父様も諦めていた故郷に帰れて良かったと思ってるわ」
「でも、お父様の棺が流されていくのをただ見守るのは辛いです……」
「じゃあなによ! お父様の棺と一緒に、私達も流されて死ねっていうの!?」
「そんなこと言ってないよ! 仕方ないけど、仕方ないからこそ辛いって言ってるんだよ……?」
「だったら、口を噤みなさい。アタシだって街を破壊した上にお父様の棺を置いてくのは、とっても辛いんだから……」
故郷のペトラスポリスに葬るべく運ばれたヨルギオスの遺体。城内では彼の埋葬準備が行われていたが、自然を超越した大津波を前に放置せざるを得なかった。
ところが、悲劇はこの後すぐに起こった。突然、爆音とともに機械兵の窓の外から強い光が放たれたのだ。
「な……なんだ?」
外を見ると、機械兵よりさらに上の空中で原因不明の火花が大量に散っていた。
反乱軍の機械兵から出たにしては不自然な位置での発生、俺達は誰の仕業かと訝しげにそれを眺めていた。
だが次の瞬間、機械兵内部でショートによる火花が次々発生し、辺りは一瞬にして真っ暗となった。
「なっ、何が起こってるんだ!?」
「まさか機械兵が水に浸かったのか?」
「ち、違います! さっきの火花……恐らく電磁パルスです!」
「で、電磁パルスだって!?」
ショートによる火花は一気に激しくなり、急激に熱くなる機内。そして上下が逆転し、俺達を乗せた機械兵は水の塊が迫る地上へと落下を始めたのだった。
「う、うわあああああああああああああああっ…………!!」
そして間もなく津波が到達し、俺達は機械兵ごと巨大な水の塊に呑み込まれ意識を失った――
◆◆◆◆◆
気がつくと、俺は白い天井の病室で寝ていた。
目が覚めると、そこには恭子とトリスタンの顔があった。
「氏景さん……良かった。生きていらしたのですね……」
「救世主が生きてくれて本当に良かった……」
2人とも顔をくしゃくしゃにして、俺の目覚めを涙ながらに喜んだ。
「もし氏景さんが生きてなかったら、私、私……ううっ」
「救世主まで亡くしたとあっては、あなたにも世界の住民にも申し訳がたたないところでした。本当に生きてくれて良かった……」
2人は俺の手を取って、その胸の内を明かした。
俺は自分の身に何が起こったのか全く理解できていなかった。記憶の最後にあるのは、火花を豪快に散らす機械兵と迫りくる青黒い塊。そして、恐怖に悶える皆の顔――
状況を整理すべく、俺は2人に事の顛末を尋ねた。すると、信じ難い悲劇の物語が綴られた。
トリスタンの話では、俺達はフリューゲルスベルク郊外の更地で見つかったらしい。俺達の乗っていた機械兵は大破し、当初は搭乗者全員死亡という見方もあったらしい。
どうやら例の津波はペトラスポリスから600km以上離れたこの街まで到達したらしく、トリスタンは城壁のシールドを展開して津波の街への侵入を防いだという。
必死の救助活動が行われ、恭子やプリヘーリヤ、アリス、アヤノ、クロリス、イオカスタ、『空想世界研究部』の面々は助けられたらしい。
が、その他の反乱軍将兵は――ルクレツィオ、オドレイ、そして反乱軍のリーダー、オズワルトを含めて――残らず死亡が確認されてしまったそうだ。
反乱軍の屋台骨を支える人材を一挙に失い、トリスタンも立て直しに奔走しているが、軍内の動揺は収まらないという。
「そんな……ルクレツィオもオドレイも、オズワルトも死んじまったなんて……」
「私達も手を尽くしましたが、発見時にはもう手遅れでした……」
ヨルギオスが死んだことで俺達の間に深い悲しみが広がり、作戦遂行にも困難が生じるようになった。
だが、3人の死はそれ以上の衝撃だった。
ルクレツィオは理事会内部や世界情勢に詳しく、参謀の役割も担っていた。
オドレイは加工技師の腕前を活かして、武器の開発や改造に深くかかわっていた。
そしてオズワルトはいわずもがな、巧みな前線指揮で数々の作戦を成功させた。
なのに津波は、絶対的な支柱と言える3人を俺達から奪い去ってしまった。
「津波の原因、ずばり機械仕掛けの神の仕業でしょう。ダムの決壊ぐらいで、高さ200mの津波が起こるはずもありませんからな」
「た、高さ200m……!? そんなにあったのか……」
「ええ……私も驚きです……」
「さらに恐ろしいことに、津波はペトラスポリス周辺のみならずオリエント砂漠全域をも呑み込みました。砂漠地帯には高台が無かったため、津波は砂漠の民を残らず洗い流してしまったと推測されます」
「な……じゃあ、アルカスバの住民も、俺達を迎えてくれた宿の主人もみんな……?」
「おそらくは……。それどころか城壁の周囲は森が消え失せ、郊外や周辺の町村も津波で流された挙句、それによって運ばれた砂漠地帯の砂で埋まっております。犠牲者は700万を下らないでしょう」
「そんな……」
「ですから、救世主様方が見つかったのは本当に奇跡でした。私も一時は救世主様や恭子達の生存を諦めかけたほどですから……」
津波は反乱軍の中枢に打撃を与えただけでなく、オリエント砂漠や大陸東方の町をも破壊しつくしたのか……。砂漠には大陸東方に移住予定の住民も大勢いたが、移住前に死に絶えてしまったなんて……。
しかも住民だけでなく、大切な資源である森林も容赦なく破壊するとは、理事会は何を考えているのだろうか? 少なくとも人口削減の大義名分「資源保護」に基づいた行動とは思えない。
「陸上戦艦『トゥリブヌス』は大破し、我々の機械兵は電磁パルスで全滅。この先、キストリッツにどう迫ればよいのでしょうか……」
甚大な被害を被り、俺達は苦境に立たされた。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。