161 ペトラスポリス攻略戦
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
ペトラスポリス到着時まだ朝日は昇っていなかった。市内に人や機械兵の姿もないのは把握済み。「この隙に簡単に占領できるのでは?」と考えていた。
だが歴戦の将軍オズワルト・リーマンは、夜明けを待ってから市街地に向けて放送を始めた。
「ペトラスポリスの住民に告ぐ! 我々は1900よりこの街に総攻撃を仕掛ける! それまでは攻撃を待つゆえ、ただちに街から退去せよ!」
反乱軍は一直線にペトラスポリス城を占領することはしなかった。
ヨルギオスをはじめ多くの人が犠牲となった隠し施設爆発の件もあり、オズワルトは理事会の魔導石集積施設には罠が仕掛けられている可能性を考えていた。
粗悪品といえども、数億トンの魔導石が爆発すればどれほどの威力になるかはわからない。陸上戦艦も急造されたものであり、その爆発に耐えうるかは未知数だからだ。
魔導石を市外に移してしまえば、市街地占領後に爆発に巻き込まれる心配はなくなる。が、大量の魔導石を市外に運びだすのは攻略の面でも現実的ではない。
第一、理事会の機械兵が到着すれば、魔導石の運搬など出来なくなってしまうからだ。
そこで市街地の外から陸上戦艦と機械兵の大砲で魔導石を砲撃し、誘爆によって街ごと吹き飛ばす作戦を立てていた。
「もし退去しない場合は、街もろとも木っ端微塵になることを覚悟せよ! 以上!」
偵察では住民の姿は皆無だったが、理事会による外出禁止令で姿を見せなかったのかもしれない。
オズワルトはそう考え、まずは住民に対する退去勧告を行ってから作戦実行に移す構えであった。
とはいえ、彼もこの作戦に全く葛藤が無かったわけではなかった。
「作戦が成功すれば、理事会は東の要衝を失い、機械仕掛けの神をいつでも直接狙えますね」
「ああ。だが、理事会支持者の住民の救援は絶望的となる。そうなれば、我々は理事会や教団と同類と見なされるかも知れない」
「目的のために住民を殺したという点でか」
「それに、この街はヨルギオス殿の故郷。それを廃墟にしたうえで埋葬地にするなど、道徳的にいかがなものか……」
攻略が長引けば、理事会による大量虐殺も長引くことになる。そうならないためにも反乱軍には早期陥落が求められる。
でも目的のために手段を選ばないのであれば、それは理事会や教団と同じ。そう見なされれば、反乱軍支持者は減り、最悪全軍崩壊も考えられる。
さらに埋葬地に決めた戦友の故郷を更地にすることが故人の意に沿うのか。そんな問いに彼は苦しめられていた。
がここで、背中を押す存在がいた。
「――やっちゃってよ」
「……クロリス?」
「こんな無機質なアパート、あたし達エグザルコプロス家の街にはいらない。さっさと壊して、元の美しい街を造り直してよ」
「ペトラスポリスが味気ない街で終っちゃうのは、きっとお父様も望んでいないはず……」
「イオカスタさんまで……」
「昔、お父様に写真を見せてもらいました。そこには、芸術家の街に相応しい色とりどりの街並みがありました。お父様もそんな街を取り戻したいはずです」
「……父を失った苦しみで、やけになっているのではないのか?」
「あたし達をナメないで。いつまでもお父様の死を引きずるほどヤワじゃないわ」
「お父様の死は辛くて悲しかったけど……もっと苦しんでいる人が世界にはいっぱいいるはずだから……」
ヨルギオスの忘れ形見、クロリスとイオカスタ。
この街の新たな主ともなるべき人達の後押しもあり、オズワルトはついに作戦実行を決心した。
「……承知した。それでは予定通り、1900に市街地の爆破を行なう。総員! 大砲の準備を進めよ!」
「ははっ!」
オズワルトの張り上げる声に、反乱軍兵士は一斉に作戦の準備に取り掛かる。
そして19時、結局退去する市民の姿は無いまま作戦は結構。街は無数の砲弾を浴び、大量の魔導石の箱は次々と豪快に爆ぜたのであった。
◆◆◆◆◆
作戦終了後、街は完全に焼け野原と化した。
中央のペトラスポリス城を除いて原型を留めた建物はなく、瓦礫がひたすら広がる風景が出現した。作戦開始前は銃撃の跡も砲撃の跡も一切なかったが、様相は見事に一変した。
俺達はその様子をペトラスポリス城の中から眺めていた。
「やってしまいましたね……」
「うむ。だがこれで理事会の東方の防衛拠点は消滅した。これでキストリッツ攻略と機械神の破壊は容易となるだろう」
キストリッツまでは約100km。反乱軍関係者によれば、両都市の間に大きな町は存在しないという。
ただキストリッツは標高が高く、南北を切り立った崖に挟まれた天然の要害。さらにキストリッツの手前にはダムもあり、戦時には防壁として使われるとのこと。下手にダムを破壊すれば、溜まった大量の水が下流を襲い甚大な被害が生じる。
機械の化け物に辿り着くには、まだ障害が残っていた。
「まあ、まずは街の攻略を素直に喜ぼうぜ!」
「うんっ、そうだね~」
ともあれペトラスポリスは反乱軍の手に落ち、俺達は束の間の休息を挟んでヨルギオスの埋葬準備を進めていた。
ところがその最中、遠くから「ゴゴゴゴゴ……」と低く不気味な音が鳴り響いてきた。
「な、何なのだこの音は……」
「まさか、津波ですか……?」
「アヤノ、何を戯けたことを。ここは内陸じゃぞ。津波などあろうはずもないではないか」
ペトラスポリスは最も海に近い場所から700km離れている。標高も1000mを超えており、海から津波などこようはずもない。
「でも、こっちに大量に何かが流れてくる音にしか聞こえないけど……」
「そうですね。東方大陸ではハイパーハリケーンによる巨大津波が山間部の街も襲ったと聞きますし……」
「でも、今は別に風速400mの暴風とか吹いてないよね~? それにこの音、西側からやってきてるみたいだよ?」
「西側? 完全に山脈側ではないか」
「ねえルクレツィオ。キストリッツ近くのダムが壊れた、とかじゃないよねえ?」
「それはねえはずだぜ。ペトラスポリスは台地の上だし、周囲には低地帯が広がってる。城にあったハザードマップじゃ、ダム全壊時の水没範囲にこの街は入ってねえはずだが」
憶測が憶測を呼び、城内は騒がしくなった。だがアミリアで遭遇した津波の件もあり、ひとまず全員城の屋上へと避難を始めた。
アミリアでは中枢部隊の兵士1000人が犠牲となった。代わりにエグザルコプロス家の人を発見できたものの、反乱軍は態勢の立て直しに迫られることとなった。そう言えば、エグザルコプロス家には津波関連の出来事が多い気がする。
なにか因縁めいたものを感じながら、俺達はひたすら階段を駆け上がった。
「おい……なんだよあれ……」
「まさか本当に……津波?」
だがそこで俺達が目撃したのは、予想を遥かに上回る高さの水の塊であった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。