160 陸上戦艦
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
「よし、ただちに反乱軍側の機械兵を向かわせよう。救世主達はこっちについてきてほしい」
2カ月に及ぶ調査――といっても、殆どが移動時間なのだが――を終え、反乱軍はただちに機械兵をペトラスポリスに派遣した。
理事会側の重要拠点で大量の魔導石が放置されており、しかも無人。ただちに攻略作戦を実行するのは当然であった。
一方、俺達はオズワルトの指示で彼の後ろを歩いていた。そしてしばらく歩くと、そこに黒鋼の巨大な戦艦が地上に現れた。
「ようこそ、陸上戦艦『トゥリブヌス』へ。これに乗ってヨルギオス殿の故郷を目指そう」
黒く輝く装甲。高い場所にある砲台。大きなプロペラを備えた推進器。なにより、全長400メートルを超える艦体。"戦艦"というにはあまりに大きな兵器であった。
「おお! ついに完成したんだねえ?」
「そうだ。『トゥリブヌス』があれば5000人以上の兵員を収容して、過酷な砂漠地帯も難なく進むことができる」
オズワルトの話では、俺達がフリューゲルスベルクに帰還する数日前に完成したとのこと。
出来れば偵察前に完成してくれれば、砂漠の暑さに苦しむことなくペトラスポリスに向かえたんだけど……。でもこんな巨大戦艦、数か月で完成したことが奇跡かもしれない。
ともあれ、俺達は陸上戦艦『トゥリブヌス』に搭乗した。
「いやー! 速いものだねえ! オアシスが次々と後ろに流れていくよ」
「最高時速50km。ペトラスポリス・フリューゲルスベルク間の距離は600kmだから、この調子だと明日未明には到着するだろう」
素早く、そして力強く砂の海を掻き分ける『トゥリブヌス』。砂漠を渡る民は陸上戦艦の推進力に腰を抜かしていた。
快適な陸の船旅を楽しむ俺達。一方で気になる情報を俺達は入手した。
「そう言えば2カ月ほど前から、理事会と教団は戦争状態に突入したそうだ」
「理事会と教団が? 両方とも人口調整のために力を合わせてたんじゃないのか?」
「詳細は不明だが、世界各地で理事会の機械兵が教会を襲い、教団の機械兵が理事会の研究所を破壊しているようだ。判明した戦力情報からも、両組織が対立状態にあるのは間違いない」
「でも、なんでまた……」
「理事会側は戦闘理由を一切明かしていないが、教団側は『理事会の言いがかりと神の冒涜に対する報復』だと発表している。その"理事会の言いがかり"は、氏景殿やルクレツィオにも直接関わっているものだ」
「お、俺が? 心当たりが全くないんだけど……」
「まさか、セレドニオとイゾルダの暗殺のことか?」
「なんでも、理事会は教団が2人の暗殺を企んでヴェレッシュ・ミクローシュ修道士を送りこんだと見ているようだ。暗殺の証拠とされる文書も教団側に送られたらしい」
「み、ミクローシュって、あの……? でも彼は、2人と理事会の行為を憎んで……!」
「だが、理事会の言い分は違うらしい。真偽はともかく、暗殺事件を教団の組織的謀略と決めつけ教団の壊滅を狙っているそうだ」
「マジかよ……」
「教団の主張も100%信用できるものではない。が、理事会が戦闘理由を明かさない理由は、あくまで理事会と教団は一枚岩であることを示すためではないかと我々は考えている。そもそも理事会は教団に明確な宣戦布告をしたわけでもないからな」
ミクローシュが話してくれたこと、嘘や偽りがあったとは思えない。俺に暗殺の理由を語った時の彼の表情は、とても演技でやったとは思えない憎しみの籠った迫真の表情だった。
でも理事会は暗殺事件を教団による企みに仕立て上げたいようだ。
「でもこれで、理事会と教団が共闘することはなくなったな。お陰で世界の解放もやりやすくなったものだ」
「それと、もう一つ興味深い情報がある。暗殺の証拠を叩きつけた人物なのだが、そこに例の女スパイと氏景殿の高校の理事長もいたそうだ」
「オクサナと御厨理事長が? でもそんなことをしたら、理事会と教団が分裂するのは予測できたはずじゃ……」
「理由は分からん。だが、少なくとも2人が教団側の人間でないことは確かなようだ」
例の2人の諜報員、なぜそこまでして理事会に与するのか? 本当に理事会のためだけに動いているのか? もし理事会のためでないとしたら、誰のために?
道中、俺の疑問は尽きることはなかった。
◆◆◆◆◆
快適な船旅を提供する陸上戦艦『トゥリブヌス』。
しかしその操舵室にはヨルギオスの棺が安置され、絶え間なく多くの将兵が花を手向けていた。
「ヨルギオスさんの遺体、運んでいたんですね……」
「故郷を遠くに想い、帰還を強く願っていたからな。生まれ育った地で葬るのが一番だと考えてな」
娘を託したものの、一番故郷に帰りたかったのはヨルギオス自身。ペトラスポリス攻略後は葬式をやって、ちゃんと送ってあげないとな……。
しかしながら、ヨルギオスの死を一番悲しんでいるはずのクロリスとイオカスタはついに棺に参列することはなかった。
「あの2人、結局来なかったな……」
「どうやら船の中にはいるらしいが、まだ親の亡骸と対面する気分にはなれないんだろうさ」
「そうか……」
俺は肉親を失った経験がない。だから親の死というものが、どこか他人事のように感じている自分がいる。でもこの世界で親兄弟や親戚を失った人は数知れない。だからこそ、参列者が絶えることもないのだろう。
そんな中、アヤノは一つ不気味な神託を得ていた。
「どうしたんだアヤノ? 随分ソワソワして、何かあったのか?」
「……氏景様。この戦い、とても不吉な予感がします。その予兆となる神託を預かったものですから」
「不吉な予感だって?」
「はい。神託には『大いなる青い塊、山より出でて、神に反逆する者を滅ぼす』と。神に反逆する者はずばり私達反乱軍。でもこの大いなる青い塊が何なのかがわからなくて……」
満を持して東の要衝に向かう陸上戦艦。その船内で静かに暗雲が立ち込める。
出発から15時間後。まだ夜も開けぬうちに俺達はペトラスポリスに到着した。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。