159 ペトラスポリスの調査
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
高台の上から望むペトラスポリス。
街を囲う城壁はなく、代わりに機械兵が大量に配置された基地が街の周囲に点在。市街地も東西南北に無尽に広がり、整然とは無縁の街並み。無機質な集合住宅も広がり、建物はどれも煤けて汚れている。
とても音楽一家の治めていた街とは思えなかった。
「これが……ペトラスポリス……?」
俺が知っている――氏澄が訪れたことのあるペトラスポリスは、こんなに無計画で汚い街じゃなかった。
立派な城壁に囲まれ、街路樹や草花が咲く大通りと石や煉瓦でできた綺麗な家が続く美しい街だった。デメトリオスによって破壊されてしまったが、あの氏澄やソティリオスが街を無計画に復興させたはずはない。
やはり、ヨルギオスを追放した連中が街を勝手に作り替えたのか? そもそもなんでヨルギオスは国外追放されたのか?
1つ言えるのは、ここは理事会や教団にとっても重要な街。そうでなきゃ、とっくの昔に街は破壊されている。
「しかし、人っ子1人いやしねえ。本当にこれ街なのか?」
「確かに変ですね……。理事会や教団の人らしき姿もありませんし……」
「潜入するぞ。街の構造を徹底的に洗い出すのだ」
俺達は理事会構成員に変装してペトラスポリスに潜入した。元調整員の恭子もいたことで、理事会の制服や紋章を真似て作るのは簡単であった。さらに変装を見破られないよう、全員に偽物のIDカードが手渡された。
潜入後も通りを歩く人の姿はなかった。それどころか家や商店には、家財道具や商品ではない全く別のシロモノで埋まっていた。
「氏景様……これ、攻撃魔法用の魔導石ですよね?」
「こっちは、移動用燃料に使われる魔導石の入った箱だらけじゃのう」
町中のあらゆる建物内にあったのは無数の魔導石のケース。しかも全て機械兵用であった。
さらに箱に書かれた配送元の地名を見ると、世界各地の都市名が確認できた。どうやら、世界中から集まれられるだけの魔導石を集積しているようだ。
「どこに目を向けても魔導石ばかり。これじゃ、街というより巨大な倉庫だねえ」
「これだけの量、全部が全部すぐに使う用だとは思えない。魔導石の備蓄倉庫なのかもね」
「本当にそうでしょうか……。備蓄用なら一箇所に集中させては却ってリスクが大きいように思いますが……」
確かに、万が一不測の事態が起こって魔導石が全て破壊・消滅したら備蓄する意味がない。
その懸念を消すためにも、分散して備蓄したほうがリスクは少ない。恭子はそう言いたいのだろう。
「それにこの街の魔導石、よく見ると粗悪品が多いようです。少なくとも機械兵を動かすには不適な魔導石ばかり。爆弾代わりに使用するにも威力が足りませんし……」
「妙な話じゃのう。他に目的でもあるのかのう?」
粗悪品だらけの魔導石か。しかしわざわざ大量に保管してあるということは、機械兵や爆弾以外に使い道があるのだろうか?
少なくとも大爆発を起こして街を壊すことはなさそうだ。
「ねえ、皆見て。あの倉庫にある魔導石の箱が動いてるよ。近くに人も機械兵もいないはずなのに……」
プリヘーリヤが指差す先に大きな倉庫があった。そこにも数え切れないほどの魔導石が入ったケースが置かれていたが、敷地の端に置かれたケースが地面の下に吸い込まれているように見えた。
よく見ると、ケースの下の地面が正方形上にパックリと開き、そこからケースが地下に輸送されているようだった。
「魔導石の箱、どこに向かってるのでしょうか……?」
輸送路は地下にあるため、地上にいる俺達からは箱がどの方角に運ばれているのかは確認できなかった。
「宮殿に通じているかもしれん。ヨルギオス殿の追放後は博物館となったそうが、この調子では何に使われているかわかったものではないからな」
俺達はペトラスポリス城――エグザルコプロス家の実家に向かった。
到着すると、入口には『音楽・歴史博物館』と書かれたプレートがあり、その奥に元・宮殿の建物があった。
しかし中に入ると、楽器や書物が展示されていただろうショーケースには、静止した状態の機械兵が鎮座していた。
「凄い数の機械兵だな……1つ、2つ……」
「ゆうに300体はありますね。しかも博物館にある機械兵はどれも大型のものばかりです。でも倉庫にあった粗悪な魔導石で動かせる物でもありませんし……」
「つまり、例の魔導石の箱は別の場所に通じているわけか」
すると恭子はショーケースの中の機械兵に右手で触れ、何かぶつぶつ唱えていた。
「恭子、何をしてるんだ……?」
「私のチカラで機械兵のコントロールを奪えるか試します。上手くいけば、ここからキストリッツの機械仕掛けの神に奇襲を仕掛けられるかも……!」
実際、恭子の呪文とともに彼女の体と機械兵が青白く光り、呪文に共鳴しているのが見て取れた。
『我が契約の血の下に、囚われし絡繰りの神を打ち倒したまえ』
実際、恭子はかつて4体の甲冑姿の機械兵を召喚し魔物を退治したことがある。彼女なら、もしかしたら博物館の機械兵も自在に操れるようになるかもしれない。
「『我が命において、世界を虐げる神を……』……きゃああああああっ!」
だが、俺達の期待空しく恭子は機械兵に拒絶されるように、後方に突然吹き飛ばされてしまった。
「い、いたた……」
「恭子! 大丈夫か!」
「わ、私は大丈夫です……。どうやらここの機械兵は、理事会でも最高幹部の人じゃないと運用できないみたいですね」
「ということは、一般の調整員じゃ権限が無いってことか?」
「そうなりますね」
最高幹部にしか操作できない機械兵か。どうやらコントロールを奪うには、機械仕掛けの神の力が必要らしい。つまり、反乱軍の人間には無用の長物のようだ。
「それより恭子、無茶はよしてくれ。もし奇襲に成功した所でこの一件がバレれば、理事会は必ずペトラスポリス防衛に戦力を集結する。そうなれば、リーダーの奇襲作戦が失敗になりかねない」
「すみません、オドレイさん……。凄惨な殺戮劇が終わるのだと思うと、いてもたってもいられなくって……」
恭子の気持ちもわかるが、オドレイの指摘ももっともであった。機械兵を乗っ取るのはペトラスポリス攻略後でもできる。反乱軍による安全確保がなされれば、機械兵の仕組みを調べて安全な運用もできたはずだ。
しかし他に気になることもあった。
「でも妙だよな~。スパイが沢山侵入してる上に機械兵が乗っ取られそうになったのに、なんで他の機械兵や理事会の人間が来ねえんだ?」
「確かにおかしいですね。理事会か教団に何かしらの緊急事態でも起こったのでしょうか?」
街を見かけてから今まで、他の人間や機械兵の姿は一切見かけていない。
ペトラスポリスは機械仕掛けの神を守る東の要衝。そんな重要拠点を無人で放置するなど、常識では考えられない。
山野がまともなことを喋った! などと感動している場合ではないのは確かであった。
「氏景、みんな。ヨルギオスさんの言ってた地下室を見つけたんだけど、ドアにロックがかかってて中には入れなかったよ」
「ロックの仕組みを解析したのじゃが、あの扉は力押しでは決して開かぬ。解除にはエグザルコプロス家特有の魔導波長が必要じゃ」
つまり結局、地下室に入るにはあの姉妹をここに連れてくるしか方法はないのか。
ヨルギオスが死んでから話しかけづらい雰囲気が立ち込めているが、なんとか仲直りできる秘策はないものだろうか?
調査終了後、俺達は再びオリエント砂漠を渡り反乱軍の本部へと戻っていった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。