155 理事会と教団の決裂
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
一方、オクサナと源治郎はキストリッツの大聖堂で教団幹部である枢機卿を問い詰めていた。
源治郎はいつものスーツ姿である一方、オクサナも相変わらずの半袖ミニスカートのカジュアルな格好。当然、顔や体型もスタイルの良い20代美女に変装済みである。
「ヴェレッシュ・ミクローシュ、彼を理事会の送った理由は何なの?」
「それはもちろん、理事会の用心棒としてですよ。神の真理に近づこうと求道する彼ならば、かならず助けになるでしょうってね」
「本当はセレドニオとイゾルダを暗殺するためではないのかね?」
「……まさか。誰がそんなことを言ったのですか」
「理事会幹部、エーリッキ・ヒルトゥネンだ。イゾルダ、セレドニオ、ミクローシュと行動を共にした男だ。発言は信用に値する」
「なるほど……。ですが教団はむしろ、お二方を暗殺したミクローシュに裏切られたと感じていますよ。実際、彼は破門になりましたし」
最初は冷静に答える枢機卿も、源治郎の質問に対しては若干言葉を濁した。2人は彼の一瞬のスキを見逃さず、さらに問いただす。
「しかし、ほかの教団幹部の多くはイゾルダを煙たく思っているようだったけど。証言も沢山とれたわ」
「おやおや、それは嘆かわしい。彼女は司祭候補だったのですよ? それほど立派な人物を煙たがるとは、嘘偽りも甚だしい」
「では、この証拠品はなんなのかね?」
源治郎は一枚の書類を懐から取り出す。それは、イゾルダの異端審問の請求書であった。そこには枢機卿をはじめ、教団幹部の名前が多数連ねてあった。
教団関係者がイゾルダを疎んでいるのは明らかであった。
「記入日は2人の殺害が行われる前日。この請求書を見ても、教団の彼女に対する憎しみが嘘偽りだと言えるのかね?」
「……いいでしょう、本当のことを話しましょう。確かに、彼女は修道士からは慕われていましたが、他の司祭候補には恨まれていました。自分の出世を阻む邪魔者とね」
「だから異端審問の請求を? 真理を追究する修道士も、随分な生臭坊主っぷりね。神様も泣いちゃうわ」
「しかし請求は認められませんでした。『不受理』の印鑑がなによりの証拠でしょう」
「それが上層部の答えというわけか」
「彼女の理事会寄りの姿勢が気に入らない幹部がいたことも事実。しかし、審問の不受理も神の思し召し。暗殺するようなマネはしませんよ」
教団の内情は明かしたものの、枢機卿は断じてセレドニオとイゾルダの暗殺について口を割らない。
「オクサナ、源治郎さん。ちょっといいかな?」
「エーリッキ」
業を煮やす2人。そこにエーリッキが入口の扉から現れる。
「枢機卿さん、確かにミクローシュは2人の殺害についていかにも個人的な動機で殺したかのように語っていたよ。例の"救世主"にね」
「そうでしたか。ならば彼も2人を恨んでいたのでしょう。だから殺した」
「でも、彼は口を滑らせた。2人を"暗殺"したとね」
「"暗殺"……ということは、組織的な意思があった上での殺人だな」
エーリッキの参戦で枢機卿はさらに追いつめられる。
「……決定的な証拠でもあるのですか。我らが主体的に暗殺を指示したという証拠が……あ!」
「この指示書、キミのだよね?」
「そ……それは……」
エーリッキが出したのは暗殺の指示書であった。そこには枢機卿の名前とセレドニオとイゾルダの暗殺を命令する内容が書かれていた。
「ミクローシュを殺す直前、彼の修道服から発見されたものだ。これで言い逃れできないね」
「あ……あ……」
暗殺支持の決定的な証拠をつきつけられ、言葉を失う枢機卿。セレドニオ殺害も指示されていたことで、理事会と教団の決裂は決定的なものとなった。
エーリッキは枢機卿の額に銃口をつき立てる。
「ま、待ちなさい! き……機械の神が造られし時から、教団と理事会はともに手を取り合って神に仕えてきました。今ここで私を撃てば、教団は理事会と縁を切ることになるでしょう! それでもいいのですかっ!」
「いいよ別に。教団なんて非論理的集団、これからの世界にはいらないし」
「なっ……!」
必死の命乞いも空しく、エーリッキは躊躇うことなく教団と絶交宣言を出した。
「あ、あなたは! 別に理事会の代表者でも何でもないでしょう! あなたの意見を理事会の総意に偽装するなど、神は絶対にお許しにならない……」
「まあ、ぼくは代表者じゃないけど、最上層部の意見も同じだよ。どうせ優秀な人間ばかりの世界じゃ、教団のまやかしの教えをまともに受け取る奴はいない。生き残ったところで遠からず破滅するだけだよ。それじゃ……」
「や、やめ……ぐわあああああ……!」
引き金は引かれ、銃弾は枢機卿の脳を貫く。一瞬の悲鳴ののち、枢機卿の体は大聖堂の床に倒れた。
「哀れなものね。先に神に仕える人を殺したのはこの人達なのに。むしろ、苦しまずに死ねたことを感謝してほしいぐらいね」
「さて、これから教団とも全面対決だ。忙しくなるけど、覚悟はいいかい?」
「勿論だ」
枢機卿の殺害は教団との戦争の始まりでもある。自分達の理想の世界をつくるため、理事会は教団を叩き潰す決意を固めていた。
オクサナと源治郎の引き締まった表情にエーリッキは安心して頷く。
「いい顔だ。じゃ、ぼくは上層部の人達と話してくるから、後始末は任せたよ」
エーリッキは扉を開け大聖堂を後にした。
残されたオクサナと源治郎。しかし彼らの思惑は理事会とも教団とも異なるところにあった。
「これで、人でなし集団の潰し合いが始まるわね。源治郎さん」
「ああ。あとは反乱軍の皆が街に来てくれれば、わしらの目的も達成される……」
理事会と教団に協力する2人のスパイ。だが彼らは2つの組織を潰すために密かに動いていた。彼らの目的はどこにあるのだろうか――
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。