154 崩壊する統括理事会
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
フリューゲルスベルクから西に700km。機械仕掛けの神の御膝元の街キストリッツ。
街、と見なされるものの、他の街と違い市街地の建物はすべて廊下で繋がっていた。
家も、商店も、工場も、ビルも、空港のターミナルも、軍事基地も、そして機械仕掛けの神が納められた巨大な地下施設も、すべてが一体化した街。
廊下は全区間で動く歩道が設置され、住民は移動にさほどエネルギーを要しない。機械の神のおかげで労働力はすべて人工知能が担当し、住民は労働から解放された暮らしを享受していた。
ただし、廊下は機密性の高い施設にも通じているため、居住できるのは理事会と教団関係者のみ。移住には厳しい審査をパスせねばならず、住民が外に出るにも外部の人間が街に入るにも許可が必要で、正当な理由がなければその許可も下りない。
世界を司る神の街ということから、理事会本部と教団総本山もあり、閉鎖性の強い都市であった。
だが、東方の一大拠点が陥落したことで、この街にも大量虐殺の嵐が吹き荒れることとなる――
「――さあて、この落とし前……どうやってつけてくれるんだろうね?」
「あ……あ……あがっ……」
薄い闇に包まれた一室。白く光る銀の銃口。そして――轟く銃声。
「ぐああああああああああああああっ……!」
恐怖に染まった悲鳴が部屋と廊下を駆け抜ける。
薄暗い部屋には、一人の蒼い髪の少年と、額や胸に風穴の開いた無数の死体。死臭と血の臭いが少年の鼻をつく。
「やれやれ、これだから無能は嫌いなんだよね。使えないくせに、食料や資源を無駄にするんだから。抹殺にも銃弾や魔導石が必要だし、ああいやだいやだ」
理事会幹部、エーリッキ・ヒルトゥネンは理事会事務員と教団の修道士を粛清していた。「無能は死あるのみ」、理事会の方針に従い作戦失敗の要因となった可能性のある人物を捕えさせ、粛清部屋に入れたところで地獄に送る。
「ヒルトゥネン執務官、粛清対象者を捕えました」
「ご苦労」
エーリッキの部下が、男女の別なく殺害対象とされた人物を1人、また1人と粛清部屋に連行する。
そしてエーリッキは拳銃に球を込め、銃口を連行された人間に向ける。
「やめて……! 助けて……!」
「俺にチャンスを……生き延びるチャン……」
「死にな」
「きゃああああああああああああ……!」
最後まで訴えを言わせることなく、エーリッキは容赦なく銃弾を彼らに浴びせる。
悲鳴は途切れ、流れる血とともに彼らの手足が力なく垂れる。
エーリッキは粛々と人間を冥府に送る死神と化していた。
「チャンスなんてものはない。ヘマした時点で、この世に生きる価値はない。それだけだよ」
吐き捨てるように、死体となった彼らを侮辱した。
「執務官、しかしよろしいのですか? 処刑なら機械兵にでも任せればよいのでは?」
「そうです。そのほうが効率も良いでしょうに」
「まあ、この部屋の天井は低いし、機械兵は中には入れないからね。街中での殺害は後始末が大変だし。それに……」
「それに……?」
部下の問いかけに、エーリッキは口角を最大限に上げ、凶悪な笑みを浮かべて答えた。
「無能でムカつく身内は、この手で始末したいんだよ。ねえ? フセヴォロドさんもそう思うでしょ?」
部下の後ろから、黒服姿のフセヴォロド・ネステレンコが現われる。
顔は傷や痣だらけ。服も靴もボロボロで裂けており、痛々しいほど沢山の包帯が巻かれていた。
「災難だったね。無能な部下のせいで街は陥落、学園都市の奪回はおろか戦線の押し上げも叶わず、機械兵も大勢失った。フセヴォロドさんも部下を粛清したほうがいいんじゃない?」
「エーリッキ……無能とはいえ、せめて身内のミスぐらいは大目に見るべきではないのか?」
フリューゲルスベルク陥落直前、フセヴォロドは隠し施設の地下から急いで脱出した。
重要資料の運搬を部下に任せ、自分は地下通路のワープ装置から郊外の森に出て、遠くで待機していた航空機械兵に乗ってキストリッツに退避した。
老体の身。体のあちこちを虫に刺されては、足を木の根に引っ掛けて転ぶなど、非常に慌てた様子での逃避行であった。
道中、部下の必死の励ましもあってこの街に来れたため、フセヴォロドは若く血気にはやる幹部を諭した。
「え? なんで? 働き者にせよ、怠け者にせよ、無能な輩はただの穀潰し。有能な人間の肥やしになるべきだよ。フセヴォロドさんもまだまだ甘いね」
「それが汝の答えか。しかし無能な者もいずれは成長して有能な人物となる。汝もそうして成長したのではないか?」
「……かもしれないね。でも人口削減が最優先のいま、いちいち無能人間の成長を待っている暇はない。いずれ人口調整が必要になる日が来ることは分かっていたはずだ。それに向けて対策をしなかった彼らが悪いよ」
「左様か」
「でもまさか、機械の神と有能な人間を統括するはずの理事会に、これだけ無能が溢れかえっていたなんて。ぼくは正直悲しいよ。はっはっは!」
しかし、エーリッキには響かない。むしろ、自分の正当性をかえって強める発言を促しただけであった。
「それより、オクサナと源治郎さんはどこに行ったんだ? ここで落ち合う予定だったけど」
「彼らは教団の調査に向かっている。件の修道士……名前は何だったか?」
「ヴェレッシュ・ミクローシュだよ」
「そのような名前であったな。ともかく、2人は教団が彼奴を我らが元に送り込んだ理由を調べている。今頃、キストリッツの大聖堂にいるはずだ」
「……そうかい。ぼくも後で彼らのところに行こう。フセヴォロドさんはペトラスポリスの防衛計画をまとめてね」
「承知した」
エーリッキは一通り粛清を終えると、フセヴォロドに死体処理を任せて2人のいる教団施設へと向かった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。