153 ヨルギオスの死
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
俺達は例の廃工場の近くに到着した。しかし付近は爆風で拭き取んだ建物の壁や家財道具などが散乱し、家屋も含め廃工場周辺は大規模な火災に見舞われていた。
「総員! 現場の状況に注意しつつ、迅速に救助を行え!」
オズワルトの号令で、兵士たちが一斉に被害者の救助を始める。現場はにわかに騒然となった。
俺達もヨルギオスの安否を確かめるべく、彼の捜索を始めた。
「くそ、なんて暑さだ……息がしづらい……」
「マスクを渡されたからなんとか呼吸できるけど、煙で前が見づらいな……」
世紀末の世界。瓦礫の街を歩くのはもう慣れっこだ。
だがこれほど規模の大きい火事の中を歩くのは初めてだ。周りの建物が全て音を立てて盛大に燃えている。
ありとあらゆる街が、機械兵による大量虐殺で同じ目に遭わされてきたことだろう。恭子がいた街、フセヴォロドグラートもまた……。
それより今はヨルギオスだ。彼を救助しなければ、娘のクロリスとイオカスタに恨まれることになるだろう。
「あ、あれじゃないか?」
「おーい! ヨルギオスさああん! 助けに来たぞお!」
捜索開始から1時間後、ヨルギオスは廃工場の瓦礫の下から発見された。瓦礫の隙間から顔を僅かに覗かせている状態だったが、なんとか息はあるようで、俺達4人は協力して瓦礫をどかした。
しかしヨルギオスの怪我は致命的なものであった。
「あ、有り難い……救世主殿……。だがもう、ワシの体は……動けん……」
瓦礫の下から掬い上げたヨルギオスの体は、腹から下を完全に失った状態であった。
出血も激しく、意識を保ちながら途切れ途切れでも会話できるのが奇跡の状態であった。
「皆! 応急手当だ! すぐに箱から道具を取り出せ!」
部長の指示で、俺達は救急箱から包帯を取り出し、ヨルギオスの腹部を覆う。彼の怪我は目を覆いたくなるばかりのものだったが、そこをこらえて俺達は出来る限りの手当てを行なった。
「よ、ヨルギオスさん……何があったんですか……」
「ふふふ……情けなきことぞ……。廃工場の外に……き、起爆装置を見つけ、それを解除せんと……ワシは、ワシは動いた……。だが……ワシは下手をうってしもうた……」
「き、起爆装置だって!? 俺達が行ったときにはそんなもの見つからなかった……」
「ま、まあ……あれは見つけづらかろう……。な……なにしろ……配電盤にぎ、偽装しておった……からな……」
「でも下手って……なにを……」
「か……簡単、ぞ……。き、起爆を……止めるために……ワシは……な、内部の、電線を……ふう……切っていた。……じゃが、一本間違えて……べ、別の線を切ってしもうた……。お、おかげで……見事に爆弾が爆発し……このザマ、ぞ……はぁはぁ……」
ヨルギオスは大変辛そうに事の次第を話した。
まさか爆弾が設置してあったなんて……。俺達がワープ装置の発見などにぬか喜びせず、もっとちゃんと調査してればこんな悲劇は起こらなかった……。
一通り話し終えるたところで、俺達は「もう喋らなくていいから、俺達に任せてください」と声をかけた。だが、ヨルギオスは制止も聞かず話を続けた。
「きゅ……救世主ど……の……」
「よ、ヨルギオスさん?」
「む、娘を……クロリスと……い、イオカスタを……うっ……た、頼む……」
「ヨルギオスさん! 分かりましたから、もう喋らないでください!」
「そうだ! あんたがいなくて、誰があの2人の将来を見届けるんだ! 死んじゃダメだ!」
「そ……それは……き、貴公らに……任せ、た……ぞ……。き……貴公らなら……か、必ず……や……む、娘も……喜ぶ……はず……ぞ」
「馬鹿言うな! 2人にとってあんたは唯一の肉親だ! あんたが死んだら……」
「ふ……2人……を……、わ……我が……い、一……族の……あ……と……つ……ぎ……に……」
それ以上、彼の言葉が続くことはなかった。
俺達4人が運ぶ中、静かに瞼を閉じるヨルギオス。筋力を失い、彼の顔が横に倒れる。
「ヨルギオスさん……? ヨルギオスさん……ヨルギオスさああああああああああん……!」
俺達はその後、懸命に人工呼吸や心臓マッサージを行い蘇生を願った。何度も何度も……。
だが、彼が息を吹き返すことはとうとう無かった。
「くそ……こんなことがあって……あってたまるかよっ!」
ヨルギオス・エグザルコプロス。音楽に長じた貴族として名を馳せ、国外追放後は無実の罪を晴らして貴族に復帰すべく奔走した男。
反乱軍に参加し数々の作戦を成功に導いたが、雪辱を果たすことなく唐突にこの世を去った。
◆◆◆◆◆
爆発事件は3万人以上の死者を出す大惨事となった。
廃工場周辺は集合住宅が密集しており、また反乱軍とゲリラの戦闘で避難した人の避難所が近くに多くあったことで、爆発でそれらの建物が粉々になったことが被害拡大の要因であった。
さらに捜査では、廃工場の壁や天井全体に攻撃魔法用の魔導石が溶かされた状態で注入されたことが明らかとなった。もともと一定人数を超えて工場に人が入ると起爆する仕掛けになっており、万が一に備えて効率的に人間を始末するために仕掛けられたものだという。
つまり、工場そのものが大量破壊兵器と化していたのだ。
俺はヨルギオスの死をビルに居るクロリスとイオカスタに伝えた。当然、クロリスの怒りは凄まじいものであった。
「アンタらの……アンタらの調査が適当だったから、お父様は死んだんじゃない!」
「すまない……クロリス」
「もう、アンタらの顔なんて見たくもない! こっちこないで!」
クロリスは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、俺達に石や瓦礫を投げつける。ばつが悪くなった俺達は、すぐに彼女のいる部屋から退散した。
「お父様……お父様……」
「お姉ちゃん……お父様……うわああああああああん……!
部屋からは姉妹2人の悲鳴と泣き声が響き渡る。
母親についで父親までも失ってしまった2人。俺達は責任を感じ、彼女らに対する罪悪感から号泣した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ…………!」
だが、彼の死があっても俺達は止まるわけにはいかなかった。
ヨルギオスの死から7日後、ゲリラの全部隊の降伏を確認。フリューゲルスベルクは反乱軍の手に落ちたのであった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。