151 隠し施設
今回の執筆者は企画者の呉王夫差です。
俺達は地図にあった市街地中心部の廃工場に来ていた。
市民によると理事会や教団の人間が出入りし、隠し施設と目される場所。道中も機械兵の襲撃に警戒を怠らず、それは廃工場に乗り込んだ後も同じであった。
ところが、実際に廃工場の中に入ると、完全にもぬけの殻であった。
「人がいませんね……」
「機械兵の姿もないね」
廊下は真っ暗。人はおろか、廃工場を守る機械兵もいない。それどころか、数多くある部屋には理事会や教団の資料も殆ど残っていなかった。
オズワルトによると機械兵が数体入るはずだが、気配は全くない。
「マジかよ。恭子ちゃんやクロちゃん、イオちゃんに良いカッコするチャンスだったのに……。隠し施設ってのもガセだったのかよ」
「いや、そうでもないねえ。匂いを嗅いでごらん。人が住んでなかったらしない匂いがするよ」
廊下に漂う埃の臭い。それに混じって、薬品やお香の匂いが鼻についた。しかも割りと新品の匂いだ。
また作業場と思われる部屋の机には、真新しいネジや鉄の筒、銃や機械兵の設計書が置かれていた。市民の話では、元は100年以上続く食品加工工場だったこの場所。廃墟となった後、ここで武器の密造が行われていたのは確かだった。
さらに隣の本棚が多く置かれた部屋には、食品加工や経理の本に混じって理事会の書類をまとめたファイルも幾つか置かれていた。床には、破損した端末も何個か散乱している。
当然、端末の電源はつかずデータは見れなかったが、廃墟に放置されたにしては埃が殆ど付着していなかった。
「ううむ、割りと最近まで人がいたようだねえ」
「ここが本当に隠し施設だとすると、理事会はかなり慌てて放棄したみたいだね」
「おお! この監視装置、フツーに街や郊外の様子が見えるぜ!」
本棚の部屋の向かい側には、モニターやキーボード、計測機器などの多くの機械が電源つけっ放しの状態で放置されていた。
キーボードの横には飲みかけのコーヒーが入ったカップも置かれてあり、外の様子をここで常時覗いてたようだ。
「でも、なんで理事会はここを放棄したんですかね? 理事会にしてみれば、ゲリラが反乱軍の侵入を防いでいる上に、機械兵の制御装置がある……かもしれないのに」
素人目にはどの機械が制御装置かはわからない。だが理事会の施設なら死守すべき場所だ。
それを簡単に捨てたということは、実は俺達が考えてるほど重要な施設じゃないのか?
「おーい! 地下にも部屋があるぞー!」
工場中にこだまする山野の声が、俺達を地下へと誘った。
◆◆◆◆◆
地下にも幾つか部屋があった。だが地上階と違い、使われている雰囲気の部屋はあまりない。
埃は溜り、蜘蛛の巣が隅々まで張られている。水道管が破裂したのか、腰の高さまで水没した部屋さえあった。
だがその中で、1つだけ足跡が大量にある部屋が存在した。
「この足跡……廊下から続いてますね」
薄暗い一番奥の部屋。他のと違い、部屋はきっちり整頓され、埃やゴミはほとんどない。高級そうな木製の扉や立派な机、皮の椅子もあり、この施設のリーダーが座っていたことを思わせる。
残念ながら重要資料は殆ど持ち去られていたが、その他の資料は間違いなく理事会や教団のものであった。
「しっかし、この部屋も人がいねえな。この工場、本当に今も使ってるのか?」
「機械は動いているし、ごく最近まで使ってたのは確かだね。それにこの部屋の足跡、壁に真っ直ぐ続いて途切れてるね」
さらにその部屋は廊下から部屋を通じて、何人分もの足跡が壁に向かって続いていた。しかも不自然に壁のあたりで前半分が切れた足跡も多数あった。
「これは仕掛けのニオイがぷんぷんするねえ。山野、キミあの壁を押してみてくれよ」
「えぇ!? 俺っすか? なんで氏景じゃないっすか?」
「もし壁の向こうに理事会の人がいたら、ことだからねえ。氏景に遠くから撃退してもらうから、壁を開ける人間が別に必要なんだよ」
「氏景ばっかりずるいぜ。いつもいつも損な役回りばかりだ」
それは俺のセリフだ。山野の突発的な行動に昔から何度振り回されてきたことか。
俺が壁に銃を向けるなか、山野は渋々壁を体で押す。すると回転扉のように壁の一部がくるりと回り、足を取られた山野が壁の向こうの暗闇に消えていった。山野の悲鳴がこだまする。
「山野、大丈夫か?」
五十嵐先輩が回転扉の向こうの山野に声をかける。すると向こうから「大丈夫だ、誰もいないぜ」と山野の声がした。
「どうやら、先に続いているみたいですね」
「よし、どこに辿り着くか確かめに行こう」
回転扉の先には暗いながら通路が続く。俺達は意を決して通路を進んだ。
暗いため通路の壁を伝うように歩く。もし壁に罠でも仕掛けてあったらどうしようと心配したが、特にそのようなことはなく、少し歩くと明るい光が前から差し込んだ。
「お、出口が近いな。どこに通じてるんだ?」
そして明るい光が強くなった途端、周囲が開け、俺達は驚いた。
「あ、あれ? 森の中……?」
地面は草で覆われ、樹々が生い茂る森の中。市街地の地下を歩いていたはずなのに、特にスロープや階段を上ることなく自然豊かな場所に着いたことに、吃驚せざるを得なかった。
さらに後ろを向くと、そこにあるはずのものが無くなっていた。
「つ、通路が……ない!」
振り返ると、回転扉から続く薄暗い廊下は姿を消していた。代わりにあったのは、城壁と広大な更地であった。
「どうやら、フリューゲルスベルクの郊外に来てしまったみたいだねえ」
「なんで、そんなところに? 市街地に坂とか無いはずっすよね?」
「僕達でいう近未来風の異世界だし、ワープ装置でも仕掛けてあったのかもね。それも一方通行の」
「一方通行? そんなバカな……」
「ひゃ、百歩譲ってワープだとしても、なぜわざわざ一方通行のものを?」
「双方向だと外部の人間も簡単に工場に入れてしまう。機能からして、緊急脱出を想定したものだろうねえ」
「要するに、理事会や教団の人間はあの通路を使って街の外に逃げたわけですか……」
理事会・教団構成員と機械兵が消えた秘密は分かった。反乱軍が城壁の外を固めている以上、彼らがすぐ街に戻っているということはないだろう。
つまり、反乱軍に抵抗しているのはゲリラのみ。理事会の人間が逃亡したと分かれば、ゲリラは戦意喪失するだろう。
俺達は隠し施設の全貌を報告すべく、城壁の中に戻ることにした。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。