149 二つに分かれる市民
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
「お、"救世主"のお出ましだね」
反乱軍に投降した市民が集まる施設に到着すると、五十嵐先輩と山野が外で俺を出迎えた。
ここはフリューゲルスベルク郊外にある旧・市民体育館。かつてはプロスポーツの試合が行われた施設であったが、機械兵の攻撃によって天井や壁一面に大小様々な穴が無数に開いていた。
風雨しのぎがたく、避難場所としては不敵なのだが、街の周囲に無傷の建物が一切ないため仕方なく利用しているという。
「ミサイル発射、本当に助かったよ。おかげで理事会と教団の戦力が大いに削がれ、僕たちも戦いやすくなった」
「俺としては、もっと女の子たちとイチャイチャしたかったがな……」
「五十嵐先輩ありがとうございます。それと山野は黙れ」
「ちょっ、氏景ぇ~。俺だってあの仕事に加わった仲間なんだぜ? もっと労ってくれて……」
「それより、情報収集のほうはどんな調子ですか?」
「ああ。ゲリラの司令官の人柄や経歴、それと理事会の拠点の情報は掴めたよ」
司令官の人柄や経歴を掴むとは、五十嵐先輩はやっぱ優秀だな。これで相手を無駄に殺さず、説得する材料も出来たことだろう。
さらに理事会の拠点に関する情報があれば、攻略作戦も立てやすい。
「それと、ゲリラはどうも全員がまとまって動いているわけじゃなさそうなんだ」
「え、そうなんですか?」
「何しろ反乱軍の進攻開始から日が浅く、市街地全体のゲリラを統括する組織が出来上がってない状態らしい」
「そんな状態で激しく抵抗できるなんて、凄い市民なんですね……」
「なんか、理事会と教団から街の住民に自動小銃が渡されたみたいでさ。ゲリラはそれで反乱軍に応戦してるみたいだってな」
「ただ僕の見立てだと、反乱軍は情報不足と突入早々の激しい銃撃戦に面食らって足が止まってるんだと思う。もしゲリラの内情が伝われば、オズワルトさんなら必ず各個撃破に出るんじゃないかな」
五十嵐先輩が職業軍人さながらの知見を披露する。
いつもながら、先輩や部長の異世界に対する適応力の高さには脱帽させられる。もう、先輩が部隊を率いても良いんじゃないか?
でもそうなると、結局は人殺しをしなきゃならなくなるんだよな……。戦争なんだから先輩のいうこともごもっともなんだけど、出来れば人間は殺したくない。
かつて俺がアミリア郊外で起こした大量虐殺、あの時の後味の悪さはまだトラウマだからな……。
「俺は反乱軍の皆に殺しをさせたくなんか……」
「ストップ。氏景のいうことも分かるし、僕もできればさせたくない。でも戦意を持って戦う人間は、なかなか説得に耳を貸したりはしない。説得したいなら、何かしらで戦意を喪失させる必要があるんだ」
「じゃあ、先輩は人殺しを肯定するのですか」
「いや。肯定しなくても済むように、ここで説得の糸口となる情報を探してるんだよ。相手を殺さなくても戦意を失わせる方法はあるからね」
そう言って、体育館の中に戻る五十嵐先輩。先輩なりに悲劇を起こさないよう頑張っているようだ。
◆◆◆◆◆
体育館内には部長の姿もあった。俺が中に入ると、部長は市民に対して「救世主の登場だ!」と盛んに囃したてた。
市民からも「救世主様コール」が相次ぎ、「理事会と教団を懲らしめてください!」というエールが送られる。そのこともあってか、情報収集はスムーズに進んだ。
「理事会と一部の市民は、城門が開くと同時に姿を消したんだ。もともと街の中央に理事会のビルはあったが、秘密の通路があったとしか思えないよ」
「私はもともと別の街で暮らしていたんだが、理事会と教団は私の家を訪ねて『あなた自身の成功のため、あなたを保護したい』と言ってきたんだ。私は半信半疑でこの街に移住したのだが、直後に『あなたがたは優秀な頭脳を誇るエリートである。理事会と教団はあなたがたを全力で保護し、将来の成功を約束する』と演説したんだ」
「わたしは演説の後、すぐに別の街に住む知人に電話しました。すると、『世界中の機械兵が大量虐殺を始めた』という衝撃的な事実を口にしたのです。しかし翌日から通信用端末が使えなくなり、外部からの情報は入ってこなくなりました」
「あたしゃ、街の郊外に工場をいくつか持っていたんだけど、演説翌日から城門が封鎖されて見回りにいけなくなってしまってね。従業員とも連絡がとれないし、どうしたんだろうと思ったんだけど、機械兵に虐殺されていたなんて……」
「俺の友人は理事会の人間だったんだが、フィルターに通信妨害機能を取り付ける工事を拒否して殺されたんだ。そいつは最初、人口調整計画を知らなかったんだが、後でそれを知って工事を拒否る意志を固めたらしい。俺に送った手紙にそう書いてあった」
「だから、一部の市民は通信妨害が、理事会・教団による情報封鎖だということを知っていた。最初はデモ活動で彼らの暴走を防ごうとしたけど、機械兵によってデモ隊は全滅。事件を起こして理事会と教団の排除を行った人もいたけど、殺されるか捕まって処刑されるかのどっちかだった」
「それからは、市民は表向きは理事会に従って反抗の機会を窺う人と、人口調整の利を説かれて心から理事会に従う人の二つに分かれたんだ。ゲリラ参加者の大半は、後者の人間だよ」
市民からの生の情報で、刻々と明らかになる街の状況。優秀な市民だけあって考えなしに行動する人は少なかったようだが、倫理観の違いから街は二つに割れてしまったようだ。
さらに理事会の拠点に関して新たな情報も得られた。
「実は街の中央部のビル以外にも、理事会の施設があるようです。わたしの知人が、ビルから離れたところにある廃墟に理事会や教団の人が数人出入りしているのを見たそうです」
「廃墟って、昔の工場だっていうあの廃墟か? そういやあ、あのへんもやけに機械兵が多かったが、隠し施設でもあるってのか?」
「その場所、詳しく教えてください!」
市民から理事会の隠し施設と思われる廃墟の場所が記された地図が渡される。
もしかしたら、機械兵の制御コンピュータもその廃墟にあるのかもしれない。
「ここを抑えたら、この地域の理事会の影響力はさらに低下するだろうね」
「じゃあ俺がオズワルトのおっさんに教えてくるぜ!」
「任せたよ」
情報を伝えるべく山野は体育館をあとにし、俺達は引き続き情報収集に励んだ。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。