147 ミサイル発射
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
「あ、あの女スパイが……プリヘーリヤの娘だって?」
にわかには信じられない。プリヘーリヤの娘が『幻視の魔道具持ちの女スパイ』だなんて。
だが、プリヘーリヤは強い確信をもって「そうだよ」と頷く。
「見た目は魔道具で誤魔化しているみたいだけど、声までは誤魔化せない。あの声は娘のオクサナ……」
「そんな……そんなことって……」
「美しいから口説こうと思ったけど、とてもそんなことできる雰囲気じゃねえよな……」
久しぶりの母娘の対面がこんな形になるとは。さすがに俺も恭子も山野もショックを隠せなかった。
しかしプリヘーリヤの発言が本当だとしても、わからない。
娘さんだって、機械兵による最初の大量虐殺『真紅の学園都市事件』の被害者のはず。統括理事会もマキナ教団も憎むべき敵と言っていい。そんな彼女が統括理事会に協力する理由がどうしても見当たらない。
「なんで……? なんであの子が統括理事会に協力してるの……? なんで……」
「プリン……」
プリヘーリヤの狼狽え方からして、娘の正体は全く知らなかったようだ。
そうだろう。俺や恭子と同じ15歳の女の子が、スパイをしていたなど想像できるだろうか? しかも統括理事会とマキナ教団の仲間として。娘の思惑はどこにあるのだろうか?
「統括理事会め……どんな卑劣な手段でオクサナちゃんを誑かしたんだ?」
「晟さん。本当に誑かされたどうかまでは分かりませんよ……? 彼女自身の意志で協力しているのかも……」
「そんな……俺は信じねえぞ! かわい子ちゃんが悪の組織に与してるなんて!」
「プリン、娘さん――オクサナがスパイとして活動している素振りは過去にもあったのか?」
「ううん……全然。普通の学校に通い、普通のアパートで暮らしていただけなのに……」
少なくとも、オクサナがスパイとして明確に活動を始めたのは『真紅の学園都市事件』以降のようだ。
事件から約1年で有名になるとは、相当な才能と素質を秘めているようだ。せめて味方であれば心強かったのが悔やまれる。
「感傷に浸っている暇はないぞプリヘーリヤ。娘のことは気がかりじゃが、今は為すべき仕事があろう」
「とりあえず、ミサイルの発射準備は整いました。あとは火力強化のために、恭子様、プリヘーリヤ様、クロリス様、イオカスタ様の4名にやってもらいたいことがあります」
今ここで、オクサナの件をあれこれ言ってても始まらない。機械兵殲滅のためミサイルを打ち上げる必要がある。
しかしミサイルの火力強化に女の子4人が出来ることとは一体何なのだろうか?
「まず、プリヘーリヤは両手杖を使って、発射装置に魔力を込めてもらいたい」
「……わかった」
口数少なく指示に従うプリヘーリヤ。暗い表情はそのままだったが、ただちに両手杖を取り出し魔力を込め始める。
「次にクロリスとイオカスタは、ミサイル内部の魔導石に向かって魔力の籠った『歌』を歌ってもらいたい」
「『歌』って……エグザルコプロス家に代々伝わっている『讃美歌』のこと?」
「ミサイルの魔導石はエグザルコプロス家ゆかりの者が精錬したものを使っておる。そしてミサイルの火力調整には『讃美歌』の歌い手が必要なんじゃ」
「ボクたちを呼んだのはそのため……?」
「その通りじゃ」
音楽一家にして職人の街を治めていたエグザルコプロス家。その一族は音楽だけでなく職人としての腕前も持っていたようだ。『讃美歌』で火力調整させるところも、いかにも、という感じだ。
しかし、ヨルギオスが国外追放された後は誰がミサイルの魔導石を精錬していたのだろうか?
「そして最後、恭子には魔導石の制御装置の強化をお願いしたい」
「え? 私が?」
「このミサイルは機械仕掛けの神の技術を一部使っておる。調整員だったお主なら、いじることも容易かろう」
「アリスさんは魔導石の制御装置に触れられないのですか?」
「無理じゃな。この魔導石は機械仕掛けの神の動力源のものと同じ。そして魔導石とその制御装置をいじれるのは、シュトラウスとエグザルコプロスの血筋に連なる者だけじゃ」
「え? なぜ私がシュトラウスの者と……」
「さあ、始めようかの」
普段、ミサイルの手入れをしているアリスにも触れられない部分があるのか。
そうなると魔導石も制御装置も長らく整備されてないことになるが、本当に発射できるのだろうか?
しかし、アリスも恭子がシュトラウス公爵家の末裔だと知っていたとはな。恭子の御先祖様と直接関わっていたわけだし、有り得なくはないか。
考察を始める俺をよそに、指示を受けた4人は各々行動を始める。
恭子とプリヘーリヤがミサイルの付属品をいじる裏で、クロリス・イオカスタ姉妹はきれいな歌声を室内に響かせながら、魔導石の強化を行う。魔導石も2人の『讃美歌』に共鳴して、強い赤色の光を灯らせる。
「アリスさん、制御装置の強化終了しました!」
「発射装置のほうも大丈夫」
「2人ともご苦労。クロリスとイオカスタはそのまま歌い続けてくれ」
「では発射ボタンは、氏景に押してもらおうかのう」
「お、俺?」
「『救世主』としての大仕事、期待しておるぞ」
期待って、ただボタンを押すだけの簡単な仕事じゃないか。
そう簡単な仕事……でも緊張するな。反乱軍の行く末を左右する巨大兵器を発射するとなると。
「どうしました? 指が震えていますよ?」
「ふ、震えてなんかないって。俺は『救世主』なんだからな。はっはっは」
裏返った声で笑いながら、俺は小刻みに揺れる指でボタンを押す。
すると発射装置は「5、4、3……」と甲高い機械音声でカウントダウンを始める。
そして「0」の合図とともに、ミサイルは青空めがけて天高く打ち上げられていった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。