146 女スパイの正体
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
「あら、随分と遅い到着ね」
オフショルダートップスにショートパンツの美女。
およそ宗教施設に相応しくない服装の彼女が、なぜ弾道ミサイルの制御装置を破壊したのか? その意図する所は明らかであった。
「お、お前……統括理事会の人間か?」
「さあてね。キミたちに名乗る名前なんてないわ。とりあえず目的は果たしたし、ここともオサラバね」
「なっ、待て!」
桃色の髪の美女は靴に手をかけて、くるぶしの部分にあるダイヤルを回す。
「駆けろ、ソニックラン」
相手の正体が分からないうちに逃げられるのはマズい! 制御装置を壊したとはいえ、彼女が統括理事会の人間と決まったわけでもないからだ。
俺達は制御室の扉をすぐに閉じ、臨戦態勢をとった。
が、そんな中、1人だけ手で顔を覆いながら狼狽えている者がいた。
「う、うそ……そんな……」
「プリン? どうかしたのか?」
プリヘーリヤだけは臨戦態勢も取らず、ただその場に立ち尽くしていた。
「逃がしません!」
直後、彼女は扉ではなく球面上の天井を蹴破り、そのまま塔の外へ脱出してしまった。
予想の斜めを超える脱出方法に、俺達はただ唖然と眺めるほかなかった。
「待て! クソ!」
「恐ろしいスピードと突破力を備えた靴だな。あれを作った技師は相当腕がいいに違いない」
「感心してる場合じゃないわよ。制御装置を壊されて、ミサイルが発射できなくなったじゃない。どうすんの?」
美女のことも気になるが、ミサイルが使えなければフリューゲルスベルクにいる100万機の機械兵を掃討できない。
こうなった以上、中枢部隊の兵とともに大量の時間を費やして機械兵を少しずつ減らすしかないのか……。そう思われた矢先、アリスが大声で笑いながら得意気に語った。
「あーはっはっは! 制御室に目を付けたはいいが、所詮は小娘。こんなダミーの装置に引っかかるとはのう!」
「え、ダミー?」
「もともと街を包囲する大軍を消し去るための決戦兵器。破壊を免れるために、制御室にはダミーと本物、2つの装置があるのじゃ」
するとアリスは、制御室の壁の一部をパカっと開き、モニターとキーボードを取り出す。どうやら、こっちが本物の制御装置であったようだ。
「このような事態まで想定して罠を張られるとは、さすがアリスさん!」
「まこと、敬服の限りである」
「褒めても何も出ぬぞ? さてとミサイルのほうはと……ふむふむ、やはり火力が僅かに足りないようじゃな」
アリスはモニターとにらめっこしながら、何かぶつぶつ呟き始めた。オドレイ曰く「ミサイルの最終調整に必要なものを考えてるのでは?」とのことらしい。
俺が壁のモニターに気を取られる一方で、恭子は天井に開いた穴をじっと見つめていた。
「氏景さん、あれを見てください」
恭子は天井の穴を指差す。
「あれって、さっきの美女がぶち破った穴か?」
「はい。ですが、その穴が変なのです」
「変?」
「その……小さいんです。さっきの女性の体格を考えると、どうしても穴の大きさに違和感があるのです。むしろイオカスタさんぐらいの少女でないと説明がつかないような……」
「ふえっ? ボ、ボクですか?」
確かに恭子の言う通り、天井の穴は大人の女性と比べて二回りも小さなものであった。
桃色の髪の美女の体格は俺や山野と遜色ない。それに天井を突破したときも、接面とほぼ平行の体勢を取っていた。突破口とするには不自然といえるサイズなのは間違いない。
「まさか……彼女が『幻視の魔道具持ちの女スパイ』?」
「何?」
「実は晟さんが入手したメモリーカードの解析が進み、女スパイの詳細が分かってきました」
「おっ。俺のメモリーカードが役に立ったのか。ではお礼に俺とデートでも……ぐふっ!」
大人しい性格の恭子が、山野のみぞおちに拳を入れる。さすがにスル-スキルだけでは奴のナンパを止めるのは難しくなってきたか。
その割に、殴られた本人は恍惚の表情を浮かべているが。
「そ……それで、何かわかったのか?」
「はい。どうもその女スパイ、身長が130cmとかなり小さいようなのです」
「130cm? ボクと同じ身長、ですね……」
「でも、さっきの美女はどう見ても160cmはあったぞ?」
「はい。ですから幻視の魔道具で、身長を高く見せているのだと思います。今のところ確証はありませんが」
だから、天井の穴がやたらに小さかったのか。
だが、あの美女は魔道具なんて持っていなかった。魔法に関係ありそうなのは靴だけだったし、あれが幻視の魔道具ってことは……ぶっちゃけあったりして。
「でも仮にあのお姉さんが女スパイだとして、その正体は? 名前は……?」
「ええと、本名まではまだ……」
「――オクサナ・コンスタンティノヴナ・カスタルスカヤ。それが、あの子――女スパイの名前だね」
誰も知らないはずの美女の名前。それを口にしたのは、プリヘーリヤであった。
なんでプリヘーリヤがそれを? それにその名前、どこかで聞いた事があるような……。そう、プリヘーリヤと似たような響きの名前……まさか。
「そして――あたしの一人娘だよ」
『幻視の魔道具持ちの女スパイ』の正体。長らく行方不明であったプリヘーリヤの娘が、捜査線上に浮かび上がった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。