141 絡み合う陰謀
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
フセヴォロドグラートから北西に100km。工業都市フリューゲルスベルク。
殆どの都市が機械兵に破壊されている中、"城壁"に囲まれたこの街の中心部は不自然なほどに破壊を免れていた。
そして中心街の地下深く、とある地下施設の一室で、エーリッキ・ヒルトゥネンとある老人が向かい合わせで会話をしていた。
「暗殺の任ご苦労、エーリッキ。御礼に、何か報酬を与えようと思うが」
老人はそう言って、エーリッキに褒美を取らせようとする。だがエーリッキは首を振って、老人の褒美を断った。
「今回、ぼくは全く働いてない。働いてくれたのは、裏切り者のミクローシュだよ」
「裏切り者?」
突然の“裏切り者”と言う単語に、老人は訝しげな表情を見せる。
「そもそも誰なのだ? そのミクローシュとは」
「まあ、理事会幹部の人が知っているわけないよね。――フセヴォロドさん」
エーリッキと話している老人。名は、フセヴォロド・ネステレンコ。
統括理事会の幹部で、最高評議会の常連メンバーとして呼ばれるほど地位のある人物である。
なお、今は亡きセレドニオ・グラナドスも生前は統括理事会の幹部の1人で、フセヴォロドと同等の地位を有していた。
一方、こちらも今は亡きヴェレシュ・ミクローシュは、数あるマキナ教団の修道士の1人。
上層部にしてみれば、幾らでも代わりがいる取るに足らない存在であった。
「簡単に言ってしまえば、ミクローシュはぼく達の用心棒だった男……てとこかな。さらに付け加えておくとしたら、“フセヴォロドグラート”で生まれ育った人間の1人だね」
「なるほど。全く我と関係のない者ではないということだな」
実はフセヴォロドグラートは、フセヴォロドが建設を提案した学園都市であった。だからこそ都市名に、彼の名が冠されたのであった。
「しかし、何故そのミクローシュと言う修道士は、汝が手を下す前にセレドニオとイゾルダを殺害したのか?」
そしてエーリッキに与えらていた暗殺の任務。それはなんと、仲間であるはずの「セレドニオとイゾルダの暗殺」であった。しかしエーリッキが実行に移す前にミクローシュが始末してしまったため、結果として自身の手を汚すことは無かった。
「さあね。ただ、彼は気性の激しい青年だった。衝動的犯行と考えるのが妥当だろうね。でも……」
「なんか、引っかかる所でもあるのか?」
「うん、実はね」
エーリッキは、ミクローシュが2人を殺害する経緯について思い当たる節があったのだ。
「そもそもミクローシュがぼく達と行動を共にし始めたのは、今から半年前だ」
「確か、マキナ教団と協力関係を築く中で、そうなったのだったな」
「でも、ぼくとセレドニオが呼んだのはイゾルダ・コヴァルスカ、彼女だけだった。だからミクローシュの参入はぼく達にとって意外だったよ」
当時のイゾルダは、その篤い信仰心と宗教的活動の熱心さから教団内でも司祭候補の1人に挙げられていた。また信頼のおける優秀な人材として統括理事会の上層部とも繋がりがあり、フセヴォロドグラート破壊に有益な情報提供を行っていた。だからその評判を聞きつけた2人が、彼女を指名するに至ったのである。
「教団内でも上層部のお墨付きがあるイゾルダに比べ、ミクローシュはイマイチぱっとしないヒラの修道士。でも教団の手助けも借りている手前、『用心棒として来た』と言われたら、さすがに断るわけわけにもいかなかったよ。でも……」
「でも、なんだ?」
「そもそも、ぼく達は沢山の機械兵を従えている。用心棒なら機械兵に任せれば事足りる話さ。だから、『用心棒』という理由を常に疑っていたよ」
「ほう」
「それに、ミクローシュはさらに疑わしい行動もとっていたしね」
「疑わしい行動?」
「セレドニオやイゾルダの会話を、木や建物の影に隠れて聞くという奇妙な行動を取っていた。それも、しょっちゅうね」
エーリッキ達は任務遂行のため、分担して作業を行っていた。
セレドニオが司令塔となり、イゾルダが情報収集。エーリッキとミクローシュが食料調達係であった。
情報収集という仕事柄、一緒にいることが多かったイゾルダとセレドニオ。
一方、エーリッキとミクローシュは、別々の単独行動を取ることは珍しく無かった。
「仲間なんだから、別にそばで聞いていたって不審がられたりしないのに。当時のぼくはそう思ってたよ。でも……」
「今考えれば、すべては暗殺の機会を掴むため。そんなところだろう。そしてついに先日、セレドニオとイゾルダを殺して逃げた」
ここまで聞いて、フセヴォロドもミクローシュの不可解な行動におおよその合点がいった。しかし、
「だがわからん。ともすれば、何故マキナ教団はミクローシュを汝の元に送ったのだ?」
「もしかしたらぼく達と一緒かもね。――『2人が邪魔になったから』。これが理由だったりして」
「何?」
実はこの1、2か月、統括理事会はセレドニオの身勝手な暴走に悩まされていた。
彼は「人口調整」という組織目標ではなく、「人体実験」という自分の目標を優先させた行動を頻発。理事会の意向を無視して、機械兵の乱用を繰り返していた。
しかも度重なるコンピュータへの負荷が原因で、最大の武器となる『デウス・エクス・マキナ』の変調が発生。機械兵の統率を一気に乱す結果を産み出した。
さらにはイゾルダも、そんなセレドニオに感化され急接近。彼の無謀な「人体実験」に加わることも多くなっていた。
そのような事態が続き、理事会、教団とも2人を扱いきれなくなっていたのだ。
おかげで、理事会が掲げる作戦――人口調整――達成期日に間に合わなくなることが確定。獅子身中の虫たるセレドニオとイゾルダ、2人の暗殺の密命をエーリッキに下した。
「イゾルダも、セレドニオと必要以上に親しくしなければ殺されずに済んだのに。やっぱり優秀でも、感化されやすかったのかな」
「だが、教団が2人を暗殺させた理由が思い当たらん。特にイゾルダを始末した理由が……」
「ま、理事会も教団も一枚岩じゃないしね。最近は教団の異端審問も再開したようだし、イゾルダも異端者認定されたのかもね。もしくは、ミクローシュは半年前の時点で異端宗派に属し、そこからの命令で動いていたのかも」
マキナ教団は統率力を維持するべく、3か月前から“異端審問”を行っていた。
そこでは、教団の教義解釈に異を唱えるものを粛正し、反乱分子を排除。相乗効果で人口調整を早めようという狙いもあった。
だがこれが、異端者と見なされた人々の離反を引き起こし、教団はかえって力を落とす結果となった。その一部は反乱軍にも流れている。
「ま、ぼくにしてみれば、仲間を手に掛けた謗りを受けるどころか、幹部を殺した裏切り者の成敗という大功を成し遂げられた。万々歳だよ」
「ところで、その裏切り者の死体はどうした? 反逆者に対する見せしめにでもしようと思うのだが」
「ああ、ごめんね。実は彼の遺体はぼくが燃やしちゃって、塵1つ残っていないよ」
「何をやっているのだ、エーリッキ」
「だからごめんって。何せ、救世主の少年に死体を食べさせようと火にかけたら、つい温度調整を間違っちゃってさ」
悪びれる様子の無いエーリッキに、やれやれとなるフセヴォロド。この会話が、彼らの倫理感の崩壊ぶりを表していた。
一方で、救世主の少年――氏景の話は、彼にとっても気になる事であった。
「“救世主の少年”……確か名は、砺波氏景とか言ったな」
「情報によると、彼は反乱軍に戻ったらしいね。ぼく達の敵対勢力でもある聖光真世会と接触したって噂もあるし」
「そいつをこちら側に引き込めないものだろうか?」
「無理だね。彼のぼく達に対する不信感は頂点に達している。せいぜい、計画完了まで動向を監視するしかないよ」
そう言ってエーリッキは、入口の階段に目を向ける。
「じゃ、ぼくはまだ仕事があるからお暇するよ。じゃあね、フセヴォロドさん」
「待て。まだ今回の任務の報酬を渡してないが」
「今回はミクローシュが勝手にやったことだけど……ま、一応貰っとくかな」
エーリッキはフセヴォロドから約束の報酬を貰う。
「そうだ、不信感と言えば――ぼく達も一度教団を問いただした方が良いんじゃない? スパイ目的で、理事会に人材を送り込んでないかとね」
「承知した。我も汝の健闘を祈る」
「良い報告、お待ちしているよ」
こうしてエーリッキは、フセヴォロドに一礼して地下施設を後にした。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。