140 氏景の先祖と理事長の先祖
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
『なんとその幕末志士は異界に迷い込んで、そのまま世界の危機を救った、というものなのだ』
まさかその幕末志士って――
理事長が創部を許可したという話を聞き、俺はハッとなった。
氏澄も異界に迷い込んだ幕末志士。もし理事長のいう幕末志士が彼だとしたら、俺と理事長は両方とも彼の子孫だということになる。
まさか、ねえ……。でもあながち間違ってもないよな。
理事長とあろう人が、幕末志士が異世界に迷い込むなんて話、伊達や酔狂で切り出すとも思えないし。
ともあれ、創部が許可された理由よりも、理事長と俺が遠い親戚だという事実のほうが驚きだった。
待てよ、理事長が氏澄の子孫だとすると、彼の体内にも"もう1人の自分"が宿っているのだろうか?
それをアリスに訊きたいところだけど、不思議ちゃんモードでちょこちょこ歩いている今の状態じゃ、訊くに訊けないよな……。
「おー、どーしたの?」
「い、いや、なんでもない」
無垢な表情でこちらを向くアリス。表の顔と裏の顔がここまではっきり違う人も珍しいよな……。
なら、部長に聞いてみよう。理事長と直接会話した部長なら氏澄のことも知っているかもしれない。
「部長。ちなみにその幕末志士って、名前とか分かっているんですか?」
「あ、ああ。確か名前は……御厨氏澄とかいう名前だったねえ」
「……へ?」
俺は部長の返答に違和感を感じた。
幕末志士の下の名前も確かに「氏澄」。だが、苗字は理事長と同じ「御厨」。
しかし異世界の救世主でもある幕末の武士など、俺の先祖である砺波氏澄以外には思い当たらない。
同一人物だと見るのが自然だろうけど、だったらなぜ苗字が違うんだろう?
「資料の写真は、どことなく氏景に似ていたな。名前も『氏』繋がりだし。だからこそ、俺はお前を空想世界研究部に引き込んだんだ」
「え? でも俺と理事長の御先祖様は苗字が違うんじゃ……」
「そんなもの、婿養子にでもなれば説明はつくよ。実際、資料にも氏澄が御厨家に婿入りした話が載っている。しばらくしてから、御厨家の人に離婚させられて絶縁関係になったみたいだけど」
「つまり離婚後に砺波姓に戻ったってことですか?」
「そう考えるのが妥当だろうねえ」
そう言えば、部活勧誘の時から疑問だった。
部長は何故ファンタジーや異世界に興味のなかった俺を空想世界研究部に引きずり込んだのか。
それは、部長が直感的に俺が氏澄の子孫であると判断したからなのだろう。
でなければ、俺みたいなつまらない人間を積極的に引き込もうとしたりはしない。
創部の目的を達成するためなら、聖光真聖会の総本山でみた氏澄の過去を教えるべきだろうが、"もう1人の自分"に口止めされてるしな……。もどかしいこと、この上ない。
ただ俺としても、氏澄とその仲間がデウス・エクス・マキナを開発した過程は知りたいところ。
その経緯を部長に調べさせることで、氏澄の生涯を紐解いていくことにしよう。
「ヨルギオスさんは、デウス・エクス・マキナの開発について知っていることはありますか?」
「我は直接は知らんが、ペトラスポリスの我が城の地下に、中興の祖たるソティリオス様の事績に関する書物がある。そこにデウス・エクス・マキナの詳しい情報があるやもしれぬ」
「あれ? でもヨルギオスさんの一家は国外追放されたのに、城はまだ残っているんですか?」
「なんでも、貴重な書物や楽器が収蔵されている点に目をつけて、博物館として開放されているそうだ」
「だとしても、政府によって地下も洗いざらい調べられているんじゃ……」
「安心せい。本当に重要な書物は外部の人間が入れない部屋に入れておる。あの部屋の扉は、並の警察や軍隊には突破できんよ」
ペトラスポリス……氏澄とデメトリオスが壮絶な戦いを繰り広げたあの街か。
あれ? でも、あの街は住民が全滅して捨てられたとばかり思っていたけど。
俺はその疑問をヨルギオスにぶつけた(それを知った経緯については伏せながら)。
すると、彼は大きく口を開けて笑いながら疑問に答えた。
「実はデウス・エクス・マキナの開発と同時並行で、街の復興が進んだのだ」
「え?」
「開発は最初フリューゲルスベルクで行われていたのだが、設計が進むにつれて都市1つ分の大きさに匹敵する大型装置が必要になると明らかになった。そこで、装置を旧・シュトラウス公国の首都キストリッツに移設したのだ」
「キストリッツ?」
「もともと、デウス・エクス・マキナの設計思想はシュトラウス公爵家の家祖、マキナ・シュトラウスが持っていたもの。彼の故郷は山岳地帯の寒村だったが故に、巨費を投じて地下に装置を置くことにしたのだ」
「村人は移設に反対しなかったのですか?」
「最初は反対していたが、村の人気者であったマキナ殿の遺志と伝えると、殆どの者が了承したと伝わっておる。デウス・エクス・マキナの開発が進むと同時に、その者達の家も建てられたそうな」
「それで都市として発達したというわけですか……」
「そしてキストリッツの発展とともに、ペトラスポリスもデウス・エクス・マキナを守る要衝として復興を遂げたのだ。そしてソティリオス様は数年ぶりに領主として戻ってこられたというわけだ」
「なるほど。ちなみに、ペトラスポリスやキストリッツって、この平野から見てどの方角にあるんですか?」
「概ね西、といったところか」
ヨルギオスの話が本当だとすると、俺達が目指すは旧・シュトラウス公国の首都キストリッツ。そこに機械仕掛けの神はいる。
その前にまずは、フリューゲルスベルク攻略用の情報を集めに行かないとな。
俺達は樹々ばかりが生い茂る平野の森を、北西に向かって歩き続けた。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。